西中級ダンジョン(3)
ダービーは、第三階層へと続く階段の前で、静かに佇んでいた。その姿は、まるでそこに最初から存在していたかのように、広間の薄暗い闇に溶け込んでいる。先ほどまで広間を警備していた第三中隊は、第一中隊の到着を待って帰還していった。
やがて、第一中隊長オズワルが率いる第一中隊が到着した。隊員たちの表情には、疲労の色は見られない。彼らは、常に最前線で任務を遂行するエリート部隊だった。
「ダービー、第一中隊が来た。ここから先は俺たちが引き継ぐ」
オズワルの声に、ダービーは無言で頷いた。
「よし、第三階層へと降りるぞ。各自、警戒を怠るな」
オズワルの指示で、第一中隊は次々と階段を降りていく。第三階層は、第二階層よりもさらに複雑に入り組んだ構造をしており、壁には不気味な模様が刻まれていた。
「ダービー、先導を頼む」
オズワルはダービーに指示を出す。ダービーは無言で先頭を歩き、その目が絶えず周囲をスキャンしていた。
「左の通路から魔物の気配です!」
偵察をしていた隊員の一人が声を上げる。その声に、全員が戦闘態勢へと移行した。
「右翼から別の魔物の群れが!」
別の隊員が叫ぶ。第三階層は、想像以上の危険な場所だった。
「両翼に展開!ダービーは通路を確保しろ!」
オズワル中隊長の指示が飛ぶ。第一小隊と第二小隊が左右の通路に展開し、魔物たちと交戦を開始した。
ダービーは、先頭を歩きながら、次々と襲い来る魔物を掃討していく。その動きは、まるで熟練の剣士のようだった。剣に変形させた腕で魔物の攻撃を払い、隙を見つけては魔力弾を放つ。
「ダービー、そのまま進行!」
オズワルの声に、ダービーはさらに速度を上げた。彼らは、広間へ続く通路へと向かって進んでいった。
広間へとたどり着くと、そこには巨大なゴーレムが待ち構えていた。岩石のような皮膚を持ち、その目からは赤く不気味な光が放たれている。
「ボスか…!」
オズワルは思わず呟いた。
「ダービー、援護する!ゴーレムを撃破しろ!」
オズワルは、隊員たちに援護射撃を命じる。ダービーは、迷うことなくゴーレムへと向かって行った。
ゴーレムが振り下ろした拳を、ダービーは右腕で受け止める。その衝撃で、地面が揺れた。ダービーは、そのままゴーレムの懐に潜り込み、左腕を変形させた魔力弾を至近距離から放った。
轟音とともに光が弾け、ゴーレムの巨体にひびが入る。ダービーは、さらに追撃を加え、ゴーレムを圧倒していった。
「…なんてことだ」
オズワルは、信じられないものを見るかのように呟いた。ダービーの戦闘力は、彼の想像を遥かに超えていた。
「目標、全滅しました」
ダービーの声が、広間に響き渡った。オズワルは、その声に安堵の息を漏らした。このゴーレムの存在が、彼らのダンジョン攻略を、劇的に変えていく。それを確信しながら、オズワルは次の階層へと続く下階段捜索に注力した。
「中隊長!こちらです!」
隊員の一人が、ゴーレムがいた場所の後方を指差して叫んだ。そこには、第三階層よりもさらに深く、暗い闇へと続く階段が口を開けていた。
「大隊長、第四階層への下階段を発見しました」
オズワル中隊長の声が大広間に響き渡る。その声は、高揚と、確かな手応えに満ちていた。
「よし、第三中隊は、その大広間を確保。下階段からの奇襲は十分に警戒せよ。第一、第二中隊。準備でき次第、第三中隊に合流する」
ザックは通信端末に指示を飛ばした。彼の声には、決意がみなぎっていた。
「よし、いくぞ」
ザックは、静かに呟いた。
「全隊、一斉に第四階層へ突入する。今回の目標は、最深部への到達。各員、気合を入れろ!」
ザックの命令は、これまでの慎重な方針とは一変していた。ダービーという圧倒的な戦力を得た今、彼は一気にダンジョンを攻略するつもりだった。
ダンジョン全体が、ザックの決断によって震えているようだった。すべての隊員が、一斉にダンジョンの奥へと足を踏み出していく。
彼らは、新たな戦いへと挑む。そして、その先にある、ダンジョンの真の姿を、今、見つけようとしていた。
「よし、これから第四階層の探索を行う。先頭はダービーだ。第一中隊、第二中隊はあとに続いて、第四階層の調査を。第三中隊はこの大広間の確保を」
ザックの指示が、第四階層へ続く階段の広間に響き渡った。
ダービーは無言で階段を下りていく。その後に第一中隊、第二中隊が続き、第三中隊は広間の守りを固めた。
第四階層は、これまでの階層とは全く異なる様相を呈していた。壁や天井はまるで生きているかのように脈動し、血のような赤い光を放っている。足元に広がるのは、不気味な紫色に光る粘液質の床だった。
「…なんだ、この床は」
第二中隊長のカインが顔をしかめる。その粘液は、踏みしめるたびに不快な音を立てた。
そのとき、通路の奥から轟音とともに巨大な影が現れた。それは、全身を黒い甲殻で覆われた巨大なムカデのような魔物、アースワームだった。その体は通路を埋め尽くすほど巨大で、鋭い牙を剥き出しにしている。
「全隊、戦闘態勢!ダービー、行け!」
ザックが叫ぶ。ダービーは躊躇なくアースワームへと向かっていった。アースワームは、その巨体から恐ろしい毒液を吐き出す。しかし、ダービーは素早い動きでそれをかわし、懐に飛び込んだ。
「ダービー!側面から攻撃しろ!」
第一中隊のオズワルが指示を出す。ダービーは、アースワームの甲殻に魔力弾を連続して撃ち込み、その隙に第一中隊と第二中隊が一斉に攻撃を仕掛ける。
しかし、アースワームの甲殻は想像以上に硬く、攻撃はほとんど通用しない。逆に、アースワームの巨体から放たれる衝撃波が、隊員たちを吹き飛ばしていく。
「大隊長!攻撃が効きません!」
カインが絶望的な声を上げる。
そのとき、ダービーの腕が再び変形した。今度は、高出力のビームキャノンへと姿を変える。
「…あれは、試作段階の兵器では…!」
ザックが驚愕の声を上げた。ダービーは、そのビームキャノンから、まばゆい光線をアースワームへと放った。光線は、アースワームの甲殻を溶かし、その巨体を貫く。
「…なんてことだ」
オズワルが、信じられないものを見るかのように呟いた。アースワームは、絶叫を上げ、その巨大な体を痙攣させながら崩れ落ちた。
「目標、全滅しました」
ダービーの声が、第四階層に響き渡る。その無機質な声は、彼ら人間が到底及ばない、圧倒的な力の象徴のようだった。
「大隊長!こちらです!」
隊員の一人が、アースワームが出てきた通路の奥を指差して叫んだ。ザックは駆け寄る。その視線の先にあったのは、不気味な光を放つ巨大な結晶体、ダンジョンコアだった。それは、このダンジョンの心臓であり、すべての魔物を生み出す源だ。
「……信じられん。こんなに早くダンジョンコアに辿り着くとは…」
ザックは、感嘆とも呆れともつかない声を漏らした。通常、ダンジョンコアに辿り着くには、数週間の探索と、夥しい数の犠牲が必要となる。だが、今回はわずか一日で、しかもほとんど犠牲者を出さずにここまで来ることができた。すべては、ダービーという規格外の存在のおかげだった。
「…待て、破壊するな!」
ザックは、思わず叫んだ。ダンジョンコアの破壊は、この世界におけるダンジョン攻略の常識だ。だが、ザックの脳裏には、別の考えが浮かんでいた。
「ダービー!ダンジョンコアに接触、制圧しろ!」
ザックの命令に、ダービーは迷うことなくダンジョンコアへと向かって行った。その腕が変形し、ダンジョンコアへと伸びる。マナクリスタル製の腕が、ダンジョンコアに触れると、コアは激しく明滅し始めた。
『ダンジョンコアの制圧を開始します。ダンジョンコアの制御権を奪取。完了しました』
ダービーの声が、広間に響き渡る。その瞬間、脈動していた壁や床の光が収まり、血のような赤い光は消え去った。
「…成功したのか?」
隊員たちが、信じられないものを見るかのように囁き合う。
「よし、全員、拠点に帰還するぞ。このダンジョンは、我々のものになった」
ザックは、高揚した声で叫んだ。彼らは、ダンジョンを破壊するのではなく、支配するという、誰もが考えもしなかった偉業を成し遂げたのだ。
「…大隊長、今後の任務は?」
レオンが、ザックに問いかける。
「…ふむ。まずは、ダンジョンコアの制御を安定させることだ。そして、このダンジョンを我々の拠点とし、新たなマナクリスタルの採掘場とする」
ザックは、ダンジョンコアを見つめながら、今後の計画を語った。彼らの戦いは終わった。しかし、新たな時代の幕開けが、今、始まったばかりだった。
◆
西中級ダンジョン入り口の前に設営された中央指令テント内は、活気に満ちていた。テーブルの上には、山と積まれた魔石やドロップアイテムが置かれ、隊員たちがそれらを丁寧に荷造りしていく。彼らの顔には、任務の成功と、無事に生還できたことへの安堵が浮かんでいた。
「いやぁ、ダービー。あんたにはびっくりだよ」
一人の隊員が、隣で静かに立ち尽くすダービーに話しかけた。
「まさか、一晩でダンジョンコアまで到達するとはな。俺たちが何週間もかけていたことを、あんたはたった一日でやってのけたんだから」
その言葉に、別の隊員が笑いながら同意する。
「ああ、本当にそうだ。最初はただの鉄の塊だと思っていたんだ。でも、第二階層でのあの戦いを見て、考えが変わったよ。あんたは、俺たちの命を救ってくれた」
ダービーは、ただ黙って彼らの言葉を聞いていた。無機質な表情は変わらない。だが、その瞳の奥に、ほんのわずかだが、光の揺らぎが見えた。それは、喜びでも、感謝でもない。まるで、初めて耳にする温かい言葉に、何らかの感情が芽生え始めたかのような、微かな、しかし確かな変化だった。
「…ありがとう、ございます」
ダービーは、かすかに声を発した。その言葉は、まるで何年も話していなかった言葉を、ようやく思い出したかのようだった。
隊員たちは、その言葉に驚き、そして微笑んだ。彼らは、ダービーがただの機械ではないことを、理解し始めていた。このゴーレムは、彼らと同じ、ザック大隊の一員なのだと。
テントの活気は、さらに増していった。それは、任務の成功による喜びだけではなく、新たな仲間を得たことへの、温かい祝福のようだった。




