西中級ダンジョン(2)
「ダービー。第二階層へ続く階段の手前で待機だ」
カイン中隊長の指示に、ダービーは無機質な声で「了解」と応じた。第二中隊は階段の広間で集合し、第一階層の探索終了をザック大隊長へと報告する。
「よし、第二中隊は帰還せよ。交代要員として第三中隊を派遣する。ダービーは、下階段を確保しつつ、第三中隊の到着を待て」
ザックからの指示が飛ぶ。第二中隊がぞろぞろと引き上げていく中、ダービーはただ一人、薄暗い階段の入り口に佇んでいた。静寂が支配する空間で、そのマナクリスタル製の装甲が微かに輝いている。
そのとき、階段の奥から微かな物音が聞こえてきた。不気味な唸り声、そして引きずるような足音。やがて姿を現したのは、鈍い光を放つ魔物、二体のオーガだった。その巨体は階段を埋め尽くすほどで、見る者を圧倒する。
オーガたちは、まるで獲物を見つけたかのように、唸り声を上げながらダービーに向かって突進してきた。ダービーは動じない。その目が赤く輝き、瞬時に戦闘態勢へと移行する。
一体のオーガが振り下ろした巨大な棍棒を、ダービーは左腕を変形させたシールドで受け止めた。金属と木材がぶつかり合う鈍い音がダンジョンに響き渡る。シールドはひび割れることなく衝撃を吸収し、その隙にもう一体のオーガが背後に回り込もうとしていた。
ダービーは素早くシールドを解除し、右腕を変形させた魔力銃をオーガの顔面に正確に放つ。閃光が弾け、オーガはよろめいた。その一瞬の隙を逃さず、ダービーは最初の一体へと飛びかかる。
ダービーは圧倒的なスピードでオーガの懐に潜り込むと、腕部から鋭い刃を展開し、その心臓部を貫いた。オーガは絶叫を上げ、その巨体を床に叩きつけて息絶える。
残る一体のオーガは、恐怖に怯んだように後ずさり、階段の奥へと逃げようとした。だが、ダービーは容赦しない。逃げるオーガを追い、その頭部を魔力銃で撃ち抜いた。オーガの巨体が崩れ落ち、ダンジョンに再び静寂が戻ってきた。
ダービーは、任務完了とばかりに静かに立ち尽くしている。そのマナクリスタルには、かすり傷一つついていない。第三中隊が到着するまでの、ほんの短い間の出来事だった。
「ダービー!何があった報告せよ」
通信端末から、ザックの張り詰めた声が響く。先ほどまで静かだった通信回線に、突然、激しい戦闘音が割り込んできたのだ。
『第二階層から登ってきたオーガ二体と交戦。掃討を完了しました』
ダービーの返答は、あまりにも淡々としていた。感情の欠片もない声が、ザックの耳に届く。
「…オーガだと? そんなものが第一階層にまで上がってくるなど、前代未聞だぞ」
ザックは眉をひそめた。通常のダンジョンでは、階層ごとに生息する魔物の種類と強さが明確に分かれている。オーガが第一階層に出現するなど、よほどの異常事態だ。
『戦闘は、正規の戦闘手順に基づき遂行されました。規律を遵守し、任務を完了しています』
ダービーは、ただ事実を述べるだけだ。その声には、戦闘の興奮も、勝利の安堵もない。ただの機械的な報告。
「…負傷は?」
ザックは、思わず尋ねた。
『損傷、なし』
その短い返答に、ザックは安堵の息を漏らす。同時に、目の前のゴーレムがどれほどの戦力であるかを改めて思い知らされた。
「分かった。引き続き、第三中隊の到着を待て」
「了解」
通信が切れた後も、ザックはしばらくの間、通信端末を握りしめていた。
ダービーの圧倒的な戦闘能力。それは確かに頼もしい。しかし、同時にその力が、彼らがこれまで築き上げてきたダンジョン攻略の常識を、根本から覆してしまうのではないか、そんな漠然とした不安が、ザックの胸に広がり始めていた。
第三中隊が第二階層へ続く階段に到着すると、そこには、巨大なオーガの亡骸はすでにダンジョンに吸収されたあとだった。中隊長レイブンは、二個の大きな魔石を拾い上げた。鈍く光るその魔石は、たしかにオーガのものだった。
「…とんでもないやつが来たもんだ」
レイブンは、ダービーの静かな佇まいを見上げながら呟いた。
「では、ダービーを先頭に第二階層へ下りて探索を開始する。各員、準備を」
レイブンの指示で、隊員たちが次々と階段を降りていく。第二階層は、第一階層よりもさらに暗く、湿った空気が漂っていた。通路は迷路のように複雑に入り組んでおり、所々に巨大なキノコが不気味な光を放っている。
「第一小隊、左翼。第二小隊、右翼を警戒。第三小隊は、ダービーの後方に続行せよ」
レイブンは慎重に指示を出す。ダービーは無言で先頭を歩き、その目が絶えず周囲をスキャンしていた。
その時、通路の奥から複数の足音が響いてきた。
「…グールだ!」
隊員の一人が叫ぶ。暗闇から現れたのは、腐った肉を纏ったグールの一団だった。その数は十体以上。彼らは飢えた獣のように、第三中隊へと襲いかかってきた。
「ダービー、迎撃!」
レイブンの声が響く。ダービーは躊躇なく、右腕を変形させた魔力銃を構えた。放たれた閃光が、先頭のグールを撃ち抜き、その巨体を消滅させる。
「俺たちが援護する!ダービーは通路を確保しろ!」
第三小隊が援護射撃を開始する。その間に、ダービーは残るグールへと向かって突進した。一体のグールが放った鋭い爪を、ダービーは片腕で払い退け、その胸部に鋭い一撃を叩き込む。そのままの勢いで、別のグールを投げ飛ばし、壁に叩きつけた。
一瞬にしてグールたちは殲滅された。ダービーの動きは、一切の無駄がなく、流れるようだった。隊員たちは、その圧倒的な戦闘力に再び息をのんだ。
「…さすが、ダービーだ」
レイブンは、感嘆とも呆れともつかない声で呟いた。彼らがこれまで経験してきたダンジョン探索とは、まったく異なるものになりそうだ。このゴーレムの存在は、彼らの任務を劇的に変えていく。それを確信しながら、第三中隊は再び奥へと足を進めていった。
第二階層の奥深く、第三中隊は巨大な広間にたどり着いた。
広間の中央には、赤黒い瘴気を放つ魔物の群れが蠢いていた。ゴブリンの群れ、腐敗したグール、そしてその奥には、岩石のような皮膚を持つオークが二体、鈍い棍棒を構えていた。総勢二十体を超える大規模な集団だった。
「…全隊、戦闘態勢!ダービーを先頭に、広間を突破するぞ!」
レイブン中隊長が叫ぶ。
「ダービー、第一目標はオーク!グールは第三小隊が、ゴブリンは第一、第二小隊が掃討しろ!」
ダービーは無言で広間へと足を踏み入れた。同時に、隊員たちが一斉に射撃を開始する。放たれた魔法の光弾が、ゴブリンの群れを次々と消し去っていく。
ダービーは、オークへと一直線に向かっていった。一体のオークが振り下ろした棍棒を、ダービーは腕を変形させたシールドで受け止める。その衝撃で地面が揺れ、土埃が舞い上がった。
「馬鹿な、あのゴーレムがオークの攻撃を!」
隊員の一人が驚愕の声を上げた。通常、オークの攻撃は、熟練の戦士でもまともに受ければ致命傷となる。
しかし、ダービーはまるで何事もなかったかのように、シールドを解除し、懐に飛び込んだ。右腕を変形させた魔力銃をオークの胸に密着させ、ゼロ距離射撃を放つ。轟音とともに閃光が弾け、オークの巨体が吹き飛んだ。
「援護しろ!」
レイブンが叫ぶ。その間に、もう一体のオークがダービーに襲いかかる。その巨体から繰り出される拳は、岩壁をも砕く威力を持っていた。
ダービーは素早い動きでオークの攻撃をかわしながら、その腹部へ連続して魔力弾を叩き込む。無数の光弾を浴びたオークは、ついにその巨体を崩し、地面に倒れ伏した。
隊員たちは、その圧倒的な力にただ見惚れるしかなかった。ダービーが二体のオークを相手にしている間に、残りの魔物たちは各小隊によって掃討されていた。
「…目標、全滅」
ダービーが、無機質な声で告げる。
「…ああ、全滅だ。なんてことだ…」
レイブンは、信じられないものを見るかのように呟いた。これまで、この規模の戦闘となれば、必ず何らかの犠牲者が出ていた。しかし、ダービーの圧倒的な戦闘力の前では、そんな常識は通用しなかった。
「ダービー…」
レイブンは、その無機質なゴーレムを見つめた。彼は、このゴーレムが、新たな時代の幕開けを告げる存在だと、漠然と予感していた。
「一機で中隊規模の戦力だと?レイブン、ダービーのエネルギー残量を確認してくれ」
ザックからの通信指令が届いた。その声には、驚愕と興奮が入り混じっていた。レイブンは、魔物たちの残骸から魔石を回収するよう隊員たちに指示を出しながら、ダービーと向き合った。
「ダービー、エネルギーの残量はどうなんだ?」
レイブンの問いかけに、ダービーは無機質な声で答えた。
「エネルギー残量、九十七パーセント。戦闘による消費は、ごくわずかです」
「…わずかだと?」
レイブンは、思わず絶句した。あれだけの激しい戦闘を繰り広げながら、わずか三パーセントしかエネルギーを消費していないというのか。このゴーレムの性能は、彼の想像をはるかに超えていた。
「了解した。引き続き、探索を続行せよ。第三階層への下階段を発見次第、報告を頼む」
ザックからの追加指令が届く。
「中隊長!こちらです!」
隊員の一人が、オークがいた場所の後方を指差して叫んだ。そこには、第二階層よりもさらに深く、暗い闇へと続く階段が口を開けていた。
「見つけたぞ、ザック大隊長。第三階層への階段です」
レイブンは、通信端末に報告を入れる。
「よし。ダービーは、そのまま階段を確保。第一中隊を交代要員として派遣する。第三中隊は、一度広間の安全を確保しろ。第二階層の探索はこれにて終了だ。帰還する」
レイブンの指示に、隊員たちは安堵の表情を浮かべた。しかし、その顔には疲労とともに、見たことのない戦慄が浮かんでいた。彼らは今日、このダンジョンで、自分たちの常識が覆される瞬間を目撃したのだ。
レイブンは、静かに階段に立つダービーを見つめた。その姿は、彼ら人間が到底及ばない、圧倒的な力の象徴のようだった。
第一大隊長ザックは、思いがけず順調に進むダンジョン探索の様子に、もう一階層探索を継続することを決めた。
「第一中隊、出番だ。第二中隊は休憩、補給を」
ザックの声が、通信端末を通じてダンジョンの奥にいる隊員たちへと届く。
「第一中隊長オズワル、聞こえているか。第三中隊と交代し、第二階層をそのまま第三階層へ進行せよ。ダービーの運用は、オズワルに一任する。今回の目的は、あくまでマッピング。焦るな」
ザックの指示に、オズワルは静かに頷いた。彼は、今や伝説となりつつあるダービーの噂を耳にしていた。一機で中隊規模の戦力を有し、オークを易々と屠るという。
「了解しました。直ちに第三中隊と交代します」
通信が切れた後も、オズワルはしばらくの間、通信端末を握りしめていた。彼の胸中には、期待と、そしてわずかな不安が入り混じっていた。
彼らの隊員たちは、これまで何度も死線をくぐり抜けてきた。だが、ダービーのような規格外の存在が加わることで、何がどう変わるのか。それは、彼らがこれから足を踏み入れる未知の階層と同じように、誰にも予測できなかった。




