西中級ダンジョン
ザックの指揮する第一大隊は、前回の東中級ダンジョンの戦いで、最終的には勝利を収めた。だが、死傷者1名、重傷者3名、軽傷者10名を出してしまった。重傷者については、上半身やけどのもの、魔力欠乏症となったもの、左腕を失ったものがそれぞれ1名。そして死亡1名。
大隊長ザックの率いる第一大隊は、訓練場にて先のダンジョン戦の疲れをいやしつつ、連携戦略の充実にいそしんでいた。
ザックの気持ちは晴れなかった。二度のダンジョン戦では、死者1名、重傷者5名と6名の欠員を出してしまった。2名の兵の補充はあったが、4名は未だ欠員のままだ。
ザックの通信端末が鳴る。総合病院の医療ゴーレムからの業務連絡だった。
「重傷者3名の置換手術およびリハビリ完了。明日、貴大隊に復帰予定。」
淡々とした業務連絡だったが、ザックの心ははちきれんほどだった。大隊長を務めてはいるが、そんな器ではない。自分自身ではそう感じていた。部隊の兵士たちは消耗品とは到底思えない。負傷したものがいれば、その家族を慮ってしまう、そんな男なのだった。
端末をそっとポケットにしまうと、ザックは訓練を続ける隊員たちの姿を静かに見つめた。3名の復帰は心底嬉しい。同時に、イサクの姿が脳裏をよぎり、彼が背負う重荷としてずしりと圧し掛かった。
「ザック隊長」
第二中隊長カインが訓練を終え、汗を拭いながらザックに近づいてきた。
「顔色が優れませんな。また、欠員のことですか?」
カインの言葉に、ザックは何も答えなかった。しかし、その表情が全てを物語っていた。
「隊長、彼らの欠員は、隊長の責任ではありません。戦場では、いつ、誰が欠けるかわからない。それが、我々の仕事です」
「そうだな…」
ザックは、力なく呟いた。カインの言葉が正しいことは理解している。しかし、感情が追いつかない。
「ですが、隊長。今日、嬉しい連絡が入りました。3名の重傷者が明日、復帰します」
カインは、ザックの肩を叩き、明るい声で言った。
「…知っている。医療ゴーレムから連絡があった」
「そうですか!それは良かった。彼らも、きっと隊長に会いたがっているでしょう」
カインは、訓練を続ける隊員たちに視線を向け、微笑んだ。
「ザック隊長が、一人ひとりの命を大切にしているからこそ、皆、命をかけて隊長についていくんです。隊長の優しさが、俺たちの誇りです」
カインの言葉に、ザックは何も言えなかった。ただ、カインの顔を見て、静かに頷いた。彼の胸には、苦悩と安堵、そして、失った仲間への悲しみが複雑に絡み合っていた。
翌日、訓練場に、3名の隊員が戻ってきた。彼らは、ザックの姿を見るなり、駆け寄って敬礼した。
「隊長! ただいま戻りました!」
彼らの顔には、傷一つなく、健康的だった。ザックは、彼らの姿を見て、思わず涙を流した。それは、悲しみの涙ではなく、安堵の涙だった。
「…よく帰ってきた」
ザックは、一人ひとりの肩を叩き、その無事を喜んだ。
また、翌日には、嬉しい連絡が入る。以前足に重傷を負い、遊撃魔道中隊へと転属となっていたレオンが第一大隊に復帰したのだ。
ルークは、その義手の効果が遊撃魔道中隊向けとの判断から、そのままとなっていた。
これで大隊は、定員41名の隊へと復帰したのだった。
すぐさま、アリアから次の指令が届く。西中級ダンジョンの探索の指示だった。中級ダンジョンと想定されるとの報告はあるが、未知のダンジョンであることは間違いない。ザックは、通信端末を握りしめ、目を閉じた。
(イサクの分まで…)
彼の胸に、再び決意が燃え盛る。補充された兵だけでなく、復帰した仲間たちもいる。彼らと共に、新たな任務に挑む。西中級ダンジョン。そこには、どのような脅威が待ち受けているのか。そして、隊員たちは、その脅威を乗り越えることができるのか。
「全隊、集合!」
ザックの力強い声が、訓練場に響き渡る。
◆
西中級ダンジョンの入り口に立つ第一大隊長ザック。彼の背後には、第一大隊の隊員たちが静かに整列していた。レオンが復帰し、隊は完全な形を取り戻していたが、ザックの胸には、定員という数字だけでは埋まらない、イサクという名の空白がまだ残っていた。
「第一中隊は入り口付近の安全を確保しろ。第二、第三中隊はテントを設営、ここを拠点とする。偵察は三人一組の小隊で、無理はするな。目的はマッピングだ。まずはダンジョンの構造を把握する。奥に進むのはその後だ。いつもの通りだぞ」
ザックの指示は、以前にも増して慎重だった。以前のダンジョン戦での犠牲を、彼は決して忘れていない。今回は、何よりも隊員たちの安全を最優先に考えていた。
「了解!」
各中隊長が一斉に敬礼し、それぞれの持ち場へと散っていく。隊員たちの表情には、慣れ親しんだ任務への安堵と、新たなダンジョンへの緊張が入り混じっていた。
上空から大型空挺輸送機が近づいてきた。ザックの通信端末が震える。それはアリアからだった。
「ザック大隊長。アンドロイドを一機配備します。単独運用が原則ですが、大隊長にお任せします」
アリアは、強力な宿題を置いていった。
全隊員が注目するなか、着陸した空挺輸送機から降りてきたのは、”マナクリスタル・デバイス”のダービーだった。彼は迷うことなくザックへと駆け寄り、指示書を手渡す。
「最新鋭の人型ゴーレムの運用をお願いします。名前はダービー。彼には、3つの基本的な縛り(基本指令)がなされています。
・御屋形さまおよびその代理人であるザックに奉仕せよ
・規律を遵守せよ
・同僚の命を守護せよ
吉報をお待ちしております」
ザックは頭を抱えることとなった。
「各中隊、休憩。交代でダンジョン入り口を注視せよ」
ザックは、ダービーと向かい合った。全身を覆うマナクリスタル製の装甲は、西日に照らされて鈍い光を放っている。その表情は無機質で、感情を読み取ることはできない。
「ダービー、貴殿は何ができる」
ザックの問いかけに、ダービーは淀みなく答えた。
「はい。戦闘任務として、敵対勢力との交戦。偵察と監視、パトロール、武器の操作、攻撃と防衛が可能です。演習場では、訓練と演習を重ねてきました。戦闘訓練として、射撃、格闘、戦術、サバイバルなどの訓練、演習として、実戦に近い状況を想定した小規模な訓練に参加しました。技術訓練として、専門分野に応じた技術を習得、維持します。身体トレーニングも行いました」
その言葉は、まるで完璧なマニュアルを読み上げているようだった。しかし、ザックの頭の中には、先ほど受け取った指示書の内容が蘇る。
――「同僚の命を守護せよ」
ザックは、目の前のゴーレムが、イサクの穴を埋める存在なのか、それとも新たな犠牲を生む存在なのか、判断をつけかねていた。
その答えは、ダンジョンの中にあるのだろうか。
ザックは、深く息を吐き、再びダンジョンへと視線を向けた。
ザックはすぐさま三人の中隊長を招集した。
「今しがた、アリア様より連絡があった。アンドロイド……最新鋭のゴーレム”ダービー”が我々に配備された。こいつの慣らし運転をしろ、ということらしい」
ザックの言葉に、中隊長たちの間にざわめきが走る。
「第一中隊は、ダンジョン入り口付近の警備を引き続き頼む。ダンジョンの探索には、ダービーを投入する。第二中隊は、ダービーの索敵データをもとに、マッピングだ。第三中隊は、待機。ただし、あくまで訓練だ。無理はするな」
レオンは無言で敬礼し、持ち場に戻っていく。第二、第三中隊長も敬礼し、それぞれの隊員たちに指示を出し始めた。
ザックは、静かにダービーへと視線を向けた。
「ダービー。今回のダンジョンでは、先頭で探索を命ずる。ただし第二中隊と共に行動せよ。彼らの指示に従い、トラブルが発生した場合は、彼らを守れ。いいな」
「了解しました。大隊長殿」
ダービーは、無機質な声で答えた。
「では、準備でき次第出発だ」
ザックは、ダンジョンの入り口を指差した。新たな戦いが、今、始まろうとしていた。
第二中隊の隊員たちが、慎重にダンジョンの第一階層を進んでいく。薄暗い通路には、魔物たちが潜んでいる気配が満ちていた。その先頭を、無機質なマナクリスタル製のゴーレム、ダービーが静かに歩いていく。
「おい、本当にあいつに任せていいのか?」
第二中隊長カインの横で、若い隊員が不安げに囁いた。彼の視線の先には、まるで人のように、しかし一切の感情を見せずに周囲を警戒するダービーの姿があった。
「ザック大隊長の命令だ。それに、奴の動きを見てみろ」
カインは、ダービーが周囲の壁や天井をスキャンするように見つめ、ときおり細かく停止しては何かを探知している様子を指し示した。その動きは滑らかで、一切の無駄がない。
第二中隊は、その情報をもとにマッピングに余念がない。
そのとき、通路の奥から低い唸り声が聞こえてきた。三体のゴブリンが、ボロ布を纏い、錆びついた剣を構えて襲いかかってくる。
「戦闘開始!」
カイン中隊長の号令よりも早く、ダービーの腕が変形した。マナクリスタルが複雑に組み合わさり、高出力の魔力銃へと姿を変える。
放たれた閃光が、先頭のゴブリンの頭を正確に撃ち抜いた。残る二体は怯むことなく突進してくるが、ダービーは動じない。一歩踏み出し、懐に飛び込んできたゴブリンの剣を片手で受け止めると、そのままの勢いで投げ飛ばし、壁に叩きつけた。もう一体が背後から襲いかかるも、ダービーは振り返ることもなく、正確な回し蹴りを放つ。鈍い音を立ててゴブリンは壁に激突し、動かなくなった。
一連の動作は、わずか数秒のできごとだった。隊員たちが呆然と立ち尽くす中、ダービーは再び元の姿に戻り、何事もなかったかのように静かに立ち尽くしている。
「…とんでもないやつが来たもんだな」
中隊長は、感嘆とも呆れともつかない呟きを漏らした。ダービーの圧倒的な戦闘能力を目の当たりにし、彼らはザックがなぜこのアンドロイドを危険視したのか、少し理解したような気がした。
第二中隊は、慎重に薄暗い通路を進み、やがて開けた小広間にたどり着いた。広間の奥には、等間隔に並んだ四つの入り口が口を開けている。
「よし、全員止まれ」
第二中隊長のカインが、静かに号令をかける。隊員たちが一斉に足を止め、周囲を警戒する。カインは四つの入り口を順に指差しながら、テキパキと指示を出した。
「右端の入り口はダービー。次は第一小隊、次は第二小隊、左端は第三小隊の担当とする。あくまで探索、マッピングが命令だ。第二階層への下階段発見を第一指令とするが、会敵した場合は、各自の判断で戦闘を開始しろ。以上」
各小隊長が敬礼し、それぞれの入り口へと散っていく。
ダービーは無言で、右端の通路へと足を踏み入れた。隊員たちは、その姿を複雑な表情で見守っていた。第二中隊からの報告で、ダービーの圧倒的な戦闘能力はすでに周知の事実となっていたからだ。彼らは、自分たちの役目がダービーの「慣らし運転」であり、このゴーレムの性能を試すための実験係であることを理解していた。
「まあ、頼もしいことには変わりないか…」
カインが呟く。危険な魔物と遭遇しても、ダービーがいてくれれば、隊員たちの命は守られる。それは、ザックがこのアンドロイドを配備した目的の一つでもあった。
その後、各小隊から順次、マッピング完了の報告が入る。大きなトラブルはなく、順調に探索は進んでいた。そして最後に、ダービーから連絡が入った。
『マッピング完了。探索範囲内にて、第二階層へ続く階段を発見しました』
その報告を聞き、カインは安堵の息を漏らした。第一階層の探索はこれにて終了。彼らはダービーが発見した階段を目指し、再び動き始めた。ダンジョンはまだ、その全貌を現してはいない。だが、確かな手応えを感じながら、彼らは次の階層へと足を踏み出そうとしていた。




