マナクリスタル・デバイス
マナクリスタル・デバイス
2メートルのアンドロイドをベースとした、汎用型ゴーレム。頭部、胴体部、上肢、下肢、バックパックの部位からなる様々なパーツ、ジェネレータを組み合わせることにより、様々なミッションを可能にする。更には携行武装やパーツにより高度なミッション遂行も可能。
書架が並ぶ静かな実験室に、金属と機械の匂いが満ちていた。無機質な表情の技術担当ゴーレムは、その丸い目がモニターを捉えたまま、淡々とした声で説明を続ける。
「ダービーの生体臓器――すなわち、脳、脊柱、そして左腕を、一つのモジュールとしてユニット化に成功しました」
クレーンの滑車がきしむ音と共に、透明なカプセルがゆっくりと吊り上げられる。その中には、複雑な配線と生命維持装置に囲まれた、ダービーの脳と脊柱が浮かんでいた。その横に、奇妙に生々しい左腕が、まるで眠っているかのように添えられている。
「特殊なアダプタを介して、胴体部との接続に成功。現在接続している胴体部はD4-Bタイプ。汎用型としての機体をビルドします」
冷たい金属製の胴体が台座に運ばれ、その上にダービー・ユニットが降ろされていく。カプセルが胴体の首部分に吸い込まれるように嵌合し、カチリと接続音が響いた。
「左腕を活かすため、左上肢部分はダービー左腕として特別に用意しました。生体では力不足のため、強化筋肉により補完を行います。右上肢はDW-2タイプです」
ダービーの胴体がクレーンに持ち上げられ、新たな腕が装着される。右腕は無難な汎用型アームだが、左腕は元の腕を大きく包み込むような、流線型の外装に覆われていた。生身の感触を思わせる質感と、それを補強する機械的な力が同居している。
「下肢は、汎用タイプのDL-1タイプです」
さらに下部が結合され、新しい「体」が完成していく。
「胴体部分にジェネレータとしてDD-2、バックパックにはDP-3を装着します」
技術担当が最後に呟き、アセンブリが完了した。
「マナクリスタルジェネレータ、起動!」
実験室の照明が落ち、胴体の中央、胸の部分に青い光が灯る。それはゆっくりと鼓動を打つかのように明滅し、全身の回路にエネルギーが流れ込んでいくのが見て取れた。
無数のコードとケーブルが接続され、モニターに緑色の文字が流れ始める。
その光の点滅が止まった瞬間、新しい「ダービー」の目がゆっくりと開かれた。機械的な瞳の中に宿る、青い光。
それは、ダービーとして復活した、イサクの意識だった。
「続いて、稼働実験を行います。まずは歩行訓練です……」
技術担当ゴーレムの、その丸い目が赤黒く点滅した。まるで警告を告げるサイレンのように。
再構築された「ダービー」の、その足がゆっくりと台座から下ろされる。床に触れた瞬間、金属の関節がきしみをあげた。マナクリスタルジェネレータが青い光を放ち、その全身をエネルギーが駆け巡る。
一歩。
二歩。
ギクシャクした動きが、徐々に滑らかになっていく。生体臓器と機械が融合したその2メートルの機体は、完璧なバランスを取り、まるで生きているかのように歩き始めた。強化された左腕は、その巨大な力を秘めているかのように微かに震え、DW-2タイプの右腕がそれに続く。
この日、技術の粋と生命の断片が融合した最強の戦闘ユニットである“マナクリスタル・デバイス”が誕生した。その名は、イサク。そして、彼を動かすその体は、もはや「ダービー」としか呼べない存在だった。
◆
北の大山脈の懐に抱かれた「マナの泉」のほとり。遊撃魔道中隊の陣地に、緊張が走った。
第四小隊長のジョンは、目の当たりにした光景を信じられずにいた。
今日のワイバーンの襲撃は、まるで狂ったかのように執拗だった。警戒任務中に襲来した二機のワイバーンを、なんとか撃退したばかりだ。墜ちたワイバーンは探索ゴーレムが回収し、今晩の夕食になるはずだった。ここまではいつものこと。ごく普通の日常任務だった。
だが、休憩に入った直後、第二波三機の襲来を受けた。交代で出撃したのは、第三小隊の三人。もはや中堅の域に達している歴戦の魔導士たちだが、それでも三機のワイバーン撃墜には苦戦し、なんとか撃退したときには、三人とも疲労困憊で、地面にへたり込んでいた。
すぐにでも、自分たち第四小隊が交代してやりたかった。だが、それは不可能だった。先の戦闘で魔力を使い果たし、まだ回復しきっていない。この状態で戦闘に突入すれば、魔力切れを起こし、命の危険に晒される。
その時、遠い空に、再びワイバーンの影が見えた。
「ワイバーン襲撃、第三波!三機のワイバーン、接近中!」
通信兵の絶叫が、静まり返っていた陣地に響き渡った。
ジョンは息をのんだ。
ワイバーンが迫る大空に、信じられない光景が広がっていたからだ。
ワイバーンの頭上に、純白の翼を広げた存在が舞い降りてくる。天使だ。神話の中にしか存在しない、そんな神々しい姿がそこにあった。
「あれは……」
誰かが呟いた。
天使の頭上に、三つの光輪が展開した。次の瞬間、その輪から放たれた三筋の光線が、一直線にワイバーンを貫く。
「グアァァァァ!」
断末魔の叫びと共に、ワイバーンが火花を散らし、黒煙を上げて墜落していく。一体、二体、そして三体。あっという間の出来事だった。
ワイバーンの残骸が地面に叩きつけられる音を確認すると、天使はゆっくりと、こちらに向かって飛んできた。
ジョンが呆然と立ち尽くしていると、いつの間にか隣に御屋形さまが立っていた。いつからそこにいたのか、気配すら感じなかった。
御屋形さまは、空高く旋回する天使を静かに見つめ、満足げに微笑んだ。
「初回テストとしては上々かな?」
その言葉に、ジョンはハッと我に返る。天使がテスト?一体どういうことだ。困惑するジョンの耳に、通信機から聞こえてくる無機質な声が届いた。
「次は、高速上昇と高速下降演習を行います。」
技術担当ゴーレムの声だった。
次の瞬間、天使は大きく広げた翼を翻し、重力から解き放たれたかのように、大空高く駆けあがっていった。その速度は、ワイバーンの比ではない。光の筋となって、みるみるうちに空の彼方へと消えていく。ジョンは、ただその光景を、息をのんで見つめることしかできなかった。
ルークの義手やレオンの義足、かつて作られた義手義足。それらの発展系なのだろうか。だが、これほどまでに洗練された、神々しい存在は見たことがない。
遥か上空で、一瞬の光源が点滅する。次の瞬間、天使の姿がみるみるうちに降下し、接近してきた。その速度は、音速を超えているようにさえ感じられた。しかし、上空五百メートルに達したところで、ぴたりと減速し、そのまま静止する。
まるで、指示を待っているかのように。
誰もが、その信じられない光景に我を忘れて見入っていた。空に静止する、白銀の天使。その美しさと圧倒的な力に、誰もが言葉を失っていた。しかし、その静寂は一瞬で破られた。
「ワイバーン襲撃、第四波!三機のワイバーン、接近中!」
通信兵の悲痛な叫びが、再び陣地に響き渡る。疲れ切った隊員たちが、絶望に顔を歪ませた。
その時、静かに事態を見守っていた御屋形さまが、通信機に向かって短く指示を出した。
「よし、ダービー。武装の使用を許可する。左腕のライフルを使え」
次の瞬間、ダービーと呼ばれた天使は、まるで糸が切れたかのように反転し、ワイバーンの群れへと向かった。その左腕を覆っていた外装が、滑るように開いていく。中から現れたのは、強化筋肉と生身の腕に接続された、無骨なライフルの銃身だった。
ワイバーンを迎え撃つべく、天使はさらに加速する。
今日のワイバーンの襲撃は、まるで狂ったかのように執拗だった。
第一小隊、第二小隊との交代までの間、実に第八波までの襲撃が続いた。そして、その全てを、天使、すなわちダービーが一人で迎撃したのだ。
その戦いは、まるで武装練習そのものだった。アサルトライフルを連射し、空中を滑るように舞い、ワイバーンの群れを撃ち落とす。接近戦では、生身の腕から生成されたブレードやサーベルを振るい、巨大な翼を切り裂いた。時にはハンドガンで牽制し、時にはキャノンで一気に殲滅する。
ジョンは、その光景をただ呆然と見つめるしかなかった。この天使は、もはやワイバーンの天敵だ。その圧倒的な力は、遊撃魔道中隊の存在意義すら揺るがしかねないほどだった。
「これで、もうワイバーンに怯えることはないのだろうか……」
ジョンは、目の前で繰り広げられる一方的な戦闘を見ながら、そう呟いた。
「ダービー、帰還せよ」
通信機の向こうで、技術担当ゴーレムが指示を出した。
◆
ダービーには、3つの基本的な縛り(基本指令)が技術担当ゴーレムによってプログラムされていた。
・御屋形さまに奉仕せよ
・規律を遵守せよ
・同僚の命を守護せよ
これらは、イサクが“マナクリスタル・デバイス”ダービーとして生まれ変わる際に行動原理として確立され、彼を縛る鎖となるはずだった。これらの指令に従って、ダービーの行動原理が確立され次第、元の大隊、つまりザックのもとへと戻される予定となっていた。
俺は、静かにモニターを見つめていた。そこには、今日の訓練データが表示されている。
「本日の飛行訓練、上昇下降訓練、射撃訓練は順調なスコアをマークしました。今日をもって、総合訓練は終了です。」
淡々としたゴーレムの声を聞きながら、俺は静かに頷いた。訓練は終わったのだ。
ダービーのための専用空挺輸送機が用意され、その機内には、メンテンナンスチーム、武装置換チーム、マナクリスタル補給チームなど、専門のスタッフゴーレムたちが配置されていた。




