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32歳、人生リセット、ただし異世界で  作者: トール
三章 魔法と錬金術の探求と「特別な力」の獲得

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斥候とこの大陸の地図(東)

 御屋形さまの指令室の扉が静かに開き、斥候担当のフェルディナントが姿を現した。彼は深く一礼すると、静かな足取りで廊下を歩き出す。


 その途中、一人の男とすれ違う。同じく斥候担当のジルベルトだ。二人は互いに目線を交わし、軽く頷き合った。言葉はなくとも、それぞれの使命を理解している。フェルディナントの瞳には、これから始まる旅の決意が宿り、ジルベルトの瞳には、これから下されるであろう新たな指令への覚悟が秘められていた。


 フェルディナントと入れ替わるように、ジルベルトが指令室の扉をノックする。


「御屋形さま、斥候担当のジルベルト、参上いたしました」


 扉の内側から、静かで重厚な声が響いた。


「よく来た、ジルベルト。そこに座りなさい」


 ジルベルトは無言で、しかし恭しく御屋形さまの向かいに腰を下ろした。御屋形さまは、地図の隣に重ねて置かれた別の羊皮紙を指し示す。


「指令だ。本日より、我らの領地の周囲の土地、国家、武装勢力、そしてその武力について調査、報告してもらいたい。ジルベルトの受け持ち区域は、この仮拠点から東側だ」


 簡潔にして、明確な命令。それは、新たな領地の未来を切り拓くための、最初の、そして最も重要な一歩となるものだった。ジルベルトは言葉を返すことなく、その命令を深く胸に刻み込む。彼の脳裏には、先ほどすれ違ったフェルディナントやヴァルターの姿が浮かんだ。彼らが任されたのは、一体どの地区だったのだろうか。


 御屋形さまは、そんなジルベルトの思考を見透かしたかのように、古めかしい羊皮紙の地図を指でなぞりながら、行き先を丁寧に指示していく。


「北の大山脈があるだろう。その麓に沿って東へ進んでくれ。そうすれば、やがてグランダーリバーに突き当たるはずだ。それを超えて東の大山脈との合流地点まで調査してくれ。そこから東の大森林沿いに南へ下っていけば、オルドヴァン伯爵領地に行き着くことになるだろう」


 その指先が示す先に、ジルベルトの新たな旅路が始まろうとしていた。


 御屋形さまの声が、静かな室内に響き渡る。その指は、古めかしい羊皮紙の地図の上を滑らかに南へと進んでいく。


「そこからは、アルカディア王国を目指して、ひたすら南へ進め」


 御屋形さまは、古めかしい羊皮紙の地図の上を指でなぞり、東の大山脈の南の端、アルカディア王国の領域を指し示しながら、言葉を続けた。


「アルカディア王国との国境に出たら、そこから東のアースガルド王国へと侵入し、かの国の様子を、その目で確かめてきてほしい」


 それは、単なる偵察ではなく、ゼノクラシア王国が長らく接点を持たなかった東の隣国、アースガルド王国の実態を探る、極めて重要な使命だった。ジルベルトは、その言葉の重みを理解し、静かに深く頷いた。


 御屋形さまは、ジルベルトの決意に満ちた瞳に応えるように、言葉を続けた。


「物資の輸送や技術面でのサポートは、技術担当ゴーレムに確認してくれ。あいつなら、お前が必要とするものを用意してくれるだろう」


 それは、単なる事務的な指示ではなく、ジルベルトの任務を円滑に進めるための、確固たる配慮が感じられる言葉だった。


 そして、御屋形さまは最後に、静かで厳格な口調で締めくくった。


「準備ができ次第、出発だ。定期的な報告を怠るな」


 ジルベルトは、その命令を背筋を伸ばして受け止めた。しかし、御屋形さまの表情が、その口調とは裏腹に、わずかに柔らかくなったように見えた。


「そして、一番大事なことは――命、大事に」


 その言葉は、主君としての命令ではなく、まるで肉親が旅立つ者にかけるような、温かく切実な響きを持っていた。ジルベルトは、その真意を悟り、深く、深く頭を垂れた。


 ジルベルトの調査の足となるのは、最新鋭のスピーダーバイクだった。大地を蹴るように疾走するその機体には、すでに二つのゴーレムがスタンバイしている。


 一体は探索ゴーレム。もう一体は、御屋形さまの言葉にあった、技術担当ゴーレムから派遣された地図作成ゴーレムだった。地図作成ゴーレムは、その名の通り、周囲の地形を正確に測定し、詳細な地図をリアルタイムで作り上げていく。


 ジルベルトは、その正確無比な地図作成をゴーレムに任せることで、自身の最も重要な任務に集中できる。すなわち、道中で遭遇する国家、武装勢力、そして彼らの持つ武力を見極めるという、斥候としての真価が問われる任務だ。


 物資を積み込み、機体の最終チェックを終えたジルベルトは、静かにスピーダーバイクのエンジンを始動させた。唸りを上げるエンジンの音だけが、彼の出発の時を告げ、東の未知なる大地へと誘っていた。


 ◆


 東地区担当の斥候ジルベルトが最初に向かったのは、拠点からほど近い北の大山脈の麓だった。そこに達してからは進路を東へと変え、北と東の大山脈がぶつかり合う地点を目指す。その先には、巨大な河川グランダーリバーが横たわっているはずだ。


 スピーダーバイクを走らせる道中、彼の視界には、どこまでも広く広がる大草原が展開していた。風に揺れる草々が、まるで生き物のようにうねり、彼を東へと誘っているかのようだった。


 広大な草原をスピーダーバイクで疾走しながら、ジルベルトは考えを巡らせていた。このあたりでは、穀物は栽培できないのだろうか、あるいは人手が足りず、耕作が放置されているのだろうか。ときおり、野良の羊や犬、兎などの気配を感じるが、人間の営みの痕跡は少ない。


 やがて、遠くに巨大な森の縁が見えてきた。大森林だ。そこに近づけば、さらなる種類の動物や魔物たちと出会うことになるだろう。ジルベルトは、スピーダーバイクの速度をわずかに落とし、森の持つ気配を鋭く探りながら、東へと進路を取った。


 大草原を抜けると、やがて水の匂いが鼻をかすめた。ジルベルトはスピーダーバイクの速度をさらに落とす。そして、木々の間から聞こえてきたのは、巨大な河川、グランダーリバーの水の音だった。


 彼はバイクを停め、川岸へと歩みを進める。目の前に現れたのは、轟音を立てて流れる、圧倒的な水量を持つ大河だった。その幅は数百メートルにも及び、対岸はかすんで見えない。この大河が、北と東の大山脈がぶつかり合う地点から流れ出し、この大草原を潤しているのだろう。


 ジルベルトは、この大河が、ゼノクラシア王国の東の国境を守る天然の要塞であること、そして同時に、東の他国へと通じる重要な水路であることを理解した。


 水のあるところには、生き物の営みがある。グランダーリバーの岸辺にも、水鳥が羽を休め、魚が跳ねる姿が見られた。しかし、人の営みの痕跡はどこにも見当たらなかった。耕された畑も、人の手が加わった道も、一つもない。


 ジルベルトは、スピーダーバイクの速度を落とし、大河沿いにゆっくりと南下を進める。川の流れは、彼を南へと誘うように静かに、しかし力強く流れていた。


 ジルベルトは、スピーダーバイクを停め、グランダーリバーの流れをじっと見つめていた。大河の向こうに広がる広大な大草原。人の営みの痕跡はほとんどないが、その土地は肥沃で、水も豊かだ。


 彼は、この未開の地が持つ可能性を悟った。この土地を領地化すれば、ゼノクラシア王国はさらなる繁栄を手にすることができるだろう。


「この周辺の領地化を、御屋形さまに進言しよう」


 ジルベルトは、静かに、しかし確固たる決意を胸に、大河の流れを背に南へと進み始めた。


 グランダーリバー沿いに南下を進めると、風景は再び変化を見せ始めた。広大な草原の中に、耕作地がちらほらと見かけられるようになり、その畑を耕す農民たちの姿もぽつぽつと発見できた。


 その光景は、彼がオルドヴァン伯爵家領地へと足を踏み入れたことを示していた。これまでの未開の地とは違い、人の営みがそこにはあった。ジルベルトは、スピーダーバイクの速度をさらに落とし、彼らの生活の様子を注意深く観察した。


 ここには、東の国境を守るかのような、天然の要塞があった。巨大な河川グランダーリバー、そしてその先のそびえ立つ東の大山脈。これらが、東の大国アースガルド王国からの侵略を阻んでいるのだろう。


 このあたりの農村では、武装した兵士の姿は全く見かけなかった。それは、この地の住人たちが、天然の境界線がもたらす平和を享受していることを示していた。


 ジルベルトは、スピーダーバイクを南へと走らせ、オルドヴァン伯爵領の様子を注意深く観察した。東の大河と大山脈が、アースガルド王国からの侵略を防ぐ天然の要塞となっている一方で、南部ではアルカディア王国と国境を接している。


 この地でも、国境沿いの防衛に力を入れているのだろうか。


 ジルベルトは、農村地帯を抜けて南へ向かうにつれ、その答えを見つけた。時折、街道沿いで武装した兵士の姿を見かけるようになった。彼らはグランデルやオルドヴィスの衛兵よりも重厚な鎧を身につけ、険しい表情で周囲を警戒している。


 それらの兵士の数と装備から、オルドヴァン伯爵は南部での防衛に力を入れていることは明らかだった。それは、アルカディア王国が持つ軍事的な脅威を、オルドヴァン伯爵家が十分に認識していることを物語っていた。


 東の大国アースガルド王国とゼノクラシア王国との間には、東の大山脈とアルカディア王国が横たわっている。オルドヴァン伯爵がこの地で安泰していられるのは、まさにその天然の障壁と他国を挟んでいることによるものだろう。


 しかし、ジルベルトは考えを巡らせる。もし、アースガルド王国がその障壁を突破する、あるいはアルカディア王国を懐柔し、彼らの領地を迂回するような戦術を取ったとしたら――。


 この地の平和は、一瞬にして崩れ去るだろう。オルドヴァン伯爵が南部の防衛に力を入れているのは、その脅威を肌で感じているからに他ならない。ジルベルトは、この地の平和が、脆い均衡の上に成り立っていることを悟り、その情報を心に刻んだ。


 ジルベルトは、スピーダーバイクを走らせ、アルカディア王国との境界線に沿って東へと進んだ。やがて、東のアースガルド王国に侵入し、その先には巨大な城壁と、立ち並ぶ家々が見えてきた。


 それは、アルカディア王国との戦闘地域最前線を支える拠点都市だった。


 ジルベルトは、スピーダーバイクを停め、東のアースガルド王国の要塞都市の門をくぐった。その都市は、アルカディア王国との国境での絶え間ない小競り合いに備え、堅固な城壁と櫓で固められている。


 しかし、その内部に足を踏み入れたジルベルトが目にしたのは、意外な光景だった。兵士たちの様子に、張り詰めた緊張感はない。彼らはのんびりとした様子で、談笑したり、武器の手入れをしたりしている。


 その光景から、ジルベルトは、この国境線での争いが、おそらく小競り合いの域を出ていないことを悟った。今後はわからないが、少なくとも現状では、この都市が大規模な戦場となる可能性は低いだろう。


 ジルベルトが街の様子を観察すると、兵装や補給品が充実していることに気づいた。兵士たちが身につけているのは、剣と槍、そして盾。どれも質の良い鉄でできており、丁寧に手入れされている。


 軍需産業が活性化しているせいなのか、町中も活気に満ちている。鍛冶場からは槌の音が響き、商人が忙しなく行き交い、人々は楽しそうに談笑している。その活気は、決して悪い雰囲気ではなかった。


 ジルベルトは、この町が持つ独自の空気を感じ取った。それは、絶え間ない緊張感と、それゆえに培われた連帯感と、生活を豊かにするための活気が共存している、不思議な場所だった。


 ジルベルトは、最前線の町を出て北へと向かった。しかし、わずか5キロメートルばかり進んだところで、彼の視界は突如として遮られる。前方に、巨大な壁が見えてきたのだ。


 それは、東西に張り巡らされた、まるで中国の万里の長城を思わせる、とてつもなく高く、分厚い壁だった。自然の地形を利用し、まるで大地そのものが盛り上がったかのように、威圧的な存在感を放っている。


「これはいかん」


 ジルベルトは、思わず声を漏らした。この壁が、東のアースガルド王国が築いた防衛線であることは明らかだった。彼は、スピーダーバイクを停め、その壁を観察する。切り立った崖のようにそびえるその壁に、突破口は見当たらない。


 ジルベルトは、スピーダーバイクを東へと走らせた。しかし、万里の長城のように続く巨大な壁に、切れ目は全く見えない。彼は、このままでは目的地にたどり着けないと判断し、一度、東海岸の港町に立ち寄ることにした。


 彼の目の前には、広大な海が広がっていた。そして、この港町で、彼は予期せぬ幸運に巡り合う。


 ある商店の片隅で、彼は見慣れない品々を発見した。それは、ウコン、クミン、クローブ、コリアンダー、トウガラシ、フェヌグリーク、シナモン、カルダモン、ブラックペッパーといった、色とりどりのスパイスや香辛料だった。


 店主に尋ねると、これらの品々は、東南の海の向こうの大陸から、様々な危険を乗り越えてやってくるのだという。一年を通じて高温多湿な熱帯モンスーン気候で、気温の年較差は少ない、という気候の話も聞かされた。そのほとんどは王都へと運ばれるが、海運中に樽が壊れたなどの理由で、ごく少量がこの港町に荷揚げされたのだという。


 ジルベルトは、思わず小躍りした。


 彼は、このスパイスが、ただの香辛料ではないことを知っていた。それは、遠く離れた未知の土地、そしてその地に住む人々の文化や技術、経済力を探るための、重要な手がかりとなるのだ。


 その頃には、定期的に空から現れる高速な空挺輸送機が、彼の補給を担うようになっていた。それは、単なる物資の供給だけでなく、彼が送る報告書に対する、御屋形さまからの返答でもあった。


 ジルベルトは、港町で売っていたスパイスを、全種類、持てる金額で買えるだけ買い、空挺輸送機に詰め込み、送り出した。もちろん、追加の資金をねだるメッセージも添えて。


 返事は焦らず待とう。この旅は、ただの情報収集ではない。ゼノクラシア王国の未来を築くための、重要な礎を築くことなのだ。彼は、そう信じていた。


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