斥候とこの大陸の地図(南)(3)
アーサー・ジュバル
ゼノクラシア王国の王都にあって、皆が畏敬の念をもってその名をかたる。
彼は大剣を片手で軽々と振り回し、その一撃は岩をも砕くと言われていた。ある時、村を襲う巨大な火竜が出現した。剣が通じないと思われた火竜の硬い鱗を、彼はその重さを乗せた一撃で叩き割り、見事に討伐したという。
また、彼は大剣を盾のように構え、敵の攻撃を受け流したり、弾き返したりした。特に、魔法使いが放つ強力な火球を、大剣を振るって打ち返す姿は、見る者の度肝を抜いたと語られている。
さらに、こんな逸話もある。魔物の群れに囲まれ、退路を断たれた時も、彼は逃げることなく大剣を構え、圧倒的な一撃を放った。その一撃は、魔物だけでなく周囲の木々までをもなぎ倒し、まるで台風が通ったかのように森を切り開いたという。
彼に関する逸話は数えきれないほど多く、そのどれもが彼の並外れた強さを物語っていた。
もしも、若き天才剣士イーサン・ボルヘスと、大剣の英雄アーサー・ジュバルが戦うことになったら――その光景は、剣の歴史に新たな一ページを刻むだろう。
イーサン・ボルヘスは、超高速で繰り出される「三段突き」を最大の武器とする。その剣は、まるで光の軌跡のように、一瞬にして相手の急所を突くだろう。彼の強みは、その類まれな「速さ」だ。アーサー・ジュバルが自慢の大剣を振り下ろすより先に、彼の剣はすでに三度、相手の胸を貫いているかもしれない。
一方、アーサー・ジュバルは、大剣を片手で軽々と振り回し、その一撃は岩をも砕く。彼の強みは、その圧倒的な「重さ」と「破壊力」だ。イーサンの三段突きが、彼の硬い鎧を貫いたとしても、彼はひるむことなく、その大剣を振り抜くだろう。その一撃は、イーサンの剣術を根底から覆す、純粋な暴力となりうる。
二人の戦いは、まさに「速さ」と「重さ」のぶつかり合いだ。イーサンは、アーサーの攻撃をいかにかわし、致命的な一撃を叩き込めるか。アーサーは、イーサンの高速な攻撃をいかに受け流し、その一瞬の隙をついて大剣を振り抜けるか。
もしも、この二人が対峙する時が来たならば、それは単なる剣士同士の戦いではなく、剣術の極意を巡る、歴史的な一戦となるだろう。
フェルディナントは、スピーダーバイクを走らせながら、二人の天才剣士の激突を夢想していた。超高速の「三段突き」を繰り出すイーサンと、岩をも砕く一撃を持つアーサー。彼らの戦いを想像するうちに、己の胸に再び、熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
しかし、感傷に浸っている暇はない。彼の旅は続く。ヴォルガスト伯爵領を抜け、彼は再び南へと進路を向ける。目指すは、広大な大地を誇るカーライル伯爵領だ。
新たな風景、新たな人々、そして新たな情報が、彼の行く手を待ち受けている。フェルディナントは、ただの斥候ではない。彼は、この王国の未来を切り拓くための、重要なピースを運ぶ者なのだ。
スピーダーバイクのエンジン音が、彼の決意を乗せて、南へと響き渡る。
ヴォルガスト伯爵領を抜け、フェルディナントはスピーダーバイクを南へと向ける。大陸南部のカーライル伯爵領に入ると、穀倉地帯の様子は一変した。これまで見慣れた大麦やライ麦、オーツ麦の姿は消え、代わりにどこまでも続く黄金色の小麦畑が広がっている。
それは、まるで気候と土壌が、この地の豊かさを物語っているかのようだった。フェルディナントは、この広大な小麦畑が、王国の食糧庫として、いかに重要な役割を担っているかを肌で感じていた。
南部地域へ進むにつれて、風景はさらに変化していった。黄金色の小麦畑の間に、豊かな果樹園が姿を見せ始める。ブドウやオリーブはもちろん、オレンジやレモン、マンダリンといった柑橘類、そしてイチジクなど、北部まで運ぶことができない、珍しい果実を実らせた木々も多く見られた。
また、道中にはトマトやズッキーニの畑が広がり、真っ赤な実や鮮やかな緑色の野菜が、太陽の光を浴びて輝いている。そして、珍しいところではコルクガシの木々も見られた。それは、この地の温暖な気候と肥沃な大地が、この豊かな恵みをもたらしていることを物語っていた。
フェルディナントは、この地域の多様な農作物が、王国の食卓をいかに豊かにしているかを肌で感じながら、旅を続けた。
カーライル伯爵領都に到着したフェルディナントは、いつものように冒険者ギルドへと足を向けた。彼の行動は変わらない。まず、あらゆる情報が集まるこの場所で、耳を澄ませることだ。
ギルドの扉をくぐると、熱気と喧騒が彼を包み込んだ。張り出された依頼書、剣を磨く冒険者、そして酒を酌み交わしながら語られる武勇伝。フェルディナントは、そのざわめきの中に身を置き、エト村や、道中で集めた情報に関する手がかりがないか、慎重に聞き耳を立てる。
富と権力を誇るカーライル伯爵領。この地で交わされる会話は、一体どのような内容なのだろうか。フェルディナントは、この町の持つ光と影を探るべく、静かに観察を続けた。
フェルディナントは、カーライル伯爵領都の冒険者ギルドで、人々が語る武勇伝に耳を傾けていた。そこで、彼の耳に頻繁に飛び込んでくる名前があった。
それは、デュラン・オーエン。
彼は、双剣使いとして、この地では名の知れた存在のようだ。人々は、その素早い動きと、二本の剣から繰り出される予測不能な攻撃を熱心に語り合っていた。
それは、イーサン・ボルヘスの「速さ」とも、アーサー・ジュバルの「重さ」とも違う、独自の剣術を予感させた。フェルディナントは、この新たな才能に関する情報を、注意深く心に刻んだ。
フェルディナントは、ついに南洋海岸の港町サンライズベイへと入った。活気に満ちたその町の光景は、彼の想像をはるかに超えていた。
グランベール王国やアースガルド王国の船が行き交い、交易で賑わっているように見える。しかし、彼はすぐにその賑わいの裏に潜む違和感に気づく。町の漁村はどこも寂れており、漁師たちの顔には疲労と諦めが滲んでいた。
やはり、海洋の魔物が遠洋漁業を妨害しているのだろう。
活発な海洋貿易と、衰退した漁業。その矛盾した光景は、この港町が持つ光と影を物語っていた。フェルディナントは、この情報を心に刻み、次の目的地へと向かう。
フェルディナントは、この探索の最後の場所、アルカディア王国との国境を目指していた。この地域では、南のカーライル伯爵正規軍との小競り合いが絶えないが、それは常に小競り合いで終わっていた。両地域とも食糧に困窮しているわけではないため、本格的な争いには発展しないのだ。
しかし、東へと目を向けると、状況は一変する。アルカディア王国は、東側の国境でアースガルド王国と隣接しており、こちらでも諍いは絶えない。だが、その様相は小競り合いではなく、本格的な戦闘に発展する寸前だった。アースガルド王国は、北からの冷たい風が吹き抜けるため、麦の生育が思わしくなく、食糧事情が豊かではなかった。
だが、アースガルド王国は、その厳しい環境と引き換えに、豊かな鉱物資源に恵まれていた。そのため、鍛冶技術が発達し、彼らが持つ剣や盾の質は、他国を圧倒するほど優れている。
フェルディナントは、この国境地帯で、それぞれの国の利害と思惑が複雑に絡み合っていることを知る。そして、これらの情報が、ゼノクラシア王国の未来を左右する、重要な鍵となることを確信した。
この国でも深い森には魔物が出る。フェルディナントは、東部国境に近づくにつれて、頻繁にゴブリンの群れと遭遇するようになった。彼らはその姿こそおぞましいが、戦闘力はかなり低い。単独では、狼のシャドウウルフや猪のレッサーボアにも勝てないだろう。
フェルディナントは、スピーダーバイクの武装を使い、次々とゴブリンを討伐していく。その傍らで、彼は注意深くアルカディア王国の兵士の様子を伺っていた。彼らがゴブリンの出現にどう対処し、どのような戦術を用いているのか。そして、この地の魔物の出現が、国境の緊張にどのように影響しているのか。
隣で探索ゴーレムが、猪のレッサーボアを討伐していた。血に染まった土の上、冷たくなった猪が横たわっていた。その巨体は、つい数時間前まで森を駆け巡っていた命の輝きを宿していたが、今は静かに、その役目を終えたかのように見えた。
探索ゴーレムは静かに、しかし迷いなくそのそばにひざまずいた。斧を片手に、彼はまず猪の首筋に深く、そして鋭く刃を立てた。ごぼり、と鈍い音がして、命の温もりが最後の雫となって地面に吸い込まれていく。それは、ただの終わりではなく、新たな始まりの儀式のようだった。探索ゴーレムは無言で猪の脚を縄で吊るし、古木の枝にかけた。フェルディナントはそれを手伝う。今晩はごちそうだ。
逆さまになった猪の体から、最後の血がしたたり落ちる。命をいただくことへの敬意と、一切の無駄を許さない覚悟が、フェルディナントの背中からにじみ出ていた。
皮を剥ぐ作業は、祈りにも似ていた。肉を傷つけないよう、皮膚と筋肉のわずかな隙間にナイフを滑り込ませる。一枚、また一枚と、獣の毛皮が剥がれていくたびに、野性的な力強さが露わになっていった。それは、彼が狩猟という行為を通して受け継いできた、太古からの知恵と経験の結晶だった。
内臓を取り出すとき、まだ温かい心臓、巨大な肝臓、そして生命の営みを支えてきた複雑な臓器の数々を目の当たりにする。彼はそれらを丁寧に、まるで宝物を扱うかのように取り分けた。そして、最後に残った肉塊。ロース、バラ、モモ。フェルディナントはそれぞれの部位を切り分けながら、今夜の食卓、そしてこれから続く日々の糧を思い描いた。
冷たい風が吹き、フェルディナントの額に汗がにじむ。しかし彼の表情は、達成感と、そして小さな感謝の念で満ちていた。この命は、彼自身の、そして家族の命へと変わっていく。猪の解体は、ただの作業ではなかった。それは、命と向き合い、その恩恵を最大限に受け取るための、厳かで美しい儀式だった。
フェルディナントは、静かに探索ゴーレムに感謝の言葉を述べた。




