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32歳、人生リセット、ただし異世界で  作者: トール
一章 異世界へ

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自己との対峙

 火を囲みながら、俺は静かに自分自身を振り返っていた。見知らぬ世界に放り出され、ゴブリンを、そしてレッサーボアを殺めた。以前の俺ならば、こんなことは想像すらできなかっただろう。


 佐藤 通、32歳。平凡な会社員。得意なことも、特別な趣味もなかった。毎日、満員電車に揺られ、定時を過ぎても終わらない仕事に追われる日々。まるで、誰かが敷いたレールの上を、ただひたすらに歩かされているような人生だった。


 しかし、トールとなった今はどうだ。


 自分の力で水を見つけ、火を熾し、食料を確保し、道具まで作り出した。恐怖に震えながらも、魔物と戦い、生き延びた。あの時、レッサーボアの殺気に、身体が硬直したのは事実だ。だが、それでも俺は諦めなかった。


「……変わった。俺は、もう元の世界にいた俺ではない。」


 子供の体になったこと。見慣れない景色。不思議な力を持つ棒。そして、自分の手で命を奪ったこと。


 この世界のすべてが、俺を少しずつ変えていく。それは、恐怖でもあり、同時に、新しい自分を発見する喜びでもあった。


 この世界では、誰も俺の人生のレールを敷いてくれない。俺が歩く道は、俺自身で切り開くしかない。それは、かつて感じていた不満や閉塞感から、俺を解放してくれたようにも思えた。


「この旅の目的は、元の世界に帰ること…なのか?」


 火の粉が、音もなく空へと舞い上がっていく。その光を見つめながら、俺は自問自答を繰り返した。


「それとも、この世界で生きていく道を探すこと…なのか?」


 答えは、まだ見つからない。だが、今の俺は、以前の俺とは違う。この新しい世界で、俺は自分の人生を、自分の足で歩き始めている。



 俺は、火のそばで横になりながら、目を閉じた。脳裏に浮かぶのは、元の世界でのありふれた日常。


 PCのファンが回る音。スマートフォンの画面を指でスクロールする感触。蛇口をひねれば、いつでも飲める安全な水。コンロのスイッチを入れれば、一瞬で熱を得られるオール電化の便利さ。そして、何よりも、魔物に怯えることのない、安心できる社会。


 かけがえのないものだった。


 満員電車での通勤も、山積みの仕事も、あの頃はただ辛いだけだった。しかし、今思えば、それは守られた日常の中での小さな不満に過ぎなかった。


 この世界に来て、初めて気づいた。俺たちが、どれだけ恵まれた環境で生きていたのか。命の危険と隣り合わせの生活を送って初めて、当たり前だと思っていたものが、いかに尊いものだったのかを痛感する。


「ああ、家に帰りたい……。」


 心の中で、小さな声が漏れた。


 特に恋しくなったのは、食への安心感だ。元の世界では、スーパーに行けば、パッケージに生産地や消費期限が明記された、清潔で安全な食材が手に入った。何時間もかけて燻製にしなくても、食べたい時に、食べたいものを、手軽に選べた。


 そして、コンビニだ。


 深夜、残業で疲れた体を引きずり、ふと小腹が空けば、たった数分歩くだけで、温かい鶏の唐揚げ弁当や、甘いプリンが手に入った。あの眩しいほどの蛍光灯の光、自動ドアが開いたときの涼しい空気、そして陳列された色とりどりの商品たち。温められた唐揚げの香ばしい匂い、ほくほくとしたご飯の感触、それらがすべて、ただの店ではなく、いつでも俺を温かく迎え入れてくれる、小さな灯台のような存在だった。


 この世界で生きる道を探すこと。元の世界に帰ること。この二つの道が、俺の心の中で、まるで綱引きのようにせめぎ合っていた。


 この世界で生き抜くために、俺は変わっていく。だが、この胸に灯る、故郷への想いは、決して消えることはない。それは、俺が人間である証であり、この旅を続ける原動力となるのだろう。


 俺は、火を囲みながら、この世界が何なのか、改めて考えを巡らせていた。


 ここは、剣と魔法、そして魔物が存在する中世ヨーロッパのような世界なのか?あるいは、遠い未来、人類が宇宙へと旅立ち、地球がかつての姿を取り戻した、新世界なのか?


「もし、後者だとしたら……。」


 俺は、ふと、この世界の生態系に思いを馳せた。光を放つ植物、不気味な鳴き声の鳥、そして魔物。これらは、人類が去った後に進化した生命体なのだろうか。


 だとしたら、俺が手にしているこの黒い棒は、一体何なのだろう。そして、あの女性の声は?


「この世界は、まだまだ、俺が知らないことばかりだ。」


 俺は、ナイフを握り直し、改めて決意を固める。この旅の目的は、まずこの世界の謎を解き明かすことだ。


「俺はもう自重はしない!!」

「俺のしたいようにする!!」


 この世界は、俺が読んできた物語とよく似ている。

 だが、違和感もある。

 よくあるチート能力も、神様からのありがたいお告げもない。

 ただ、この身一つで、がむしゃらに生き抜いてきた。


 次に目指すは集落かもしれない。きっとそこも、中世ヨーロッパの物語よろしく、厳しい身分制度や権力争いが渦巻いているのだろう。

 奴隷としてこき使われるのも、理不尽な税に苦しむのも、まっぴらごめんだ。

 権力とは距離を置き、自由に生きたい。


 そのためには、誰も手出しできないほどの、特別な力が必要だ。 魔法や錬金術を極めれば、軍事、経済、医療……あらゆる分野で絶大な力を持つことができるはず。 いつかはこの旅で出会う仲間と共に、自由な思想を広める新たな共同体を作り、自治都市を築く。 まるで戦国時代の堺の町のように、経済力を武器に、貴族や領主とも対等に渡り合う。 時には争いを仲裁するほどの政治力も手に入れ、この世界で俺だけの道を切り開いてみせる。


 そんなことを思い巡らせながら、うとうとと眠りにつくのだった。


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