東中級ダンジョン(3)
第二階層の偵察を再開した第二中隊のカイン中隊長からの連絡が入る。
「第二階層の構造把握完了!地図は完成しました。」
カイン中隊長からの報告に、ザックは静かに頷いた。
無線機から響く、興奮と達成感に満ちた声。ザックは、広域魔力中和魔法陣による一時的な魔力中和が、いかにこのダンジョン攻略に貢献したかを改めて実感した。
「よし、カイン! 地図を本部に送れ。第三中隊は、引き続き魔法陣の維持に努めろ。第一中隊は、行方不明の隊員捜索を続行。第二中隊は、引き続き偵察を続けろ。この階層の最深部に、次の階段があるはずだ」
ザックの指示は淀みがなかった。第二階層の脅威は一時的に消え去ったが、油断はできない。いつ魔力が回復し、再び不完全な魔物たちが現れるか分からないからだ。
「この調子で、第三階層へと進むぞ!」
ザックの言葉に、隊員たちの士気が高まる。
ザックは、カインから送られてきた第二階層の地図を広げた。第一階層とは異なり、第二階層は単調な構造の通路が複雑に絡み合っていた。しかし、地図には、最深部へと続く一本道が示されていた。
「この先に、行方不明の隊員が……!」
ザックは、地図に示された道を見つめ、静かに呟いた。彼の胸には、希望と、そして、新たな決意が燃え盛っていた。
「よし、第三階層へ向かう! 全隊、準備を急げ!」
ザックの力強い号令が、東中級ダンジョンの深淵に響き渡る。彼らの行く手には、さらなる試練と、そして、失われた仲間との再会が待っていることを、彼は信じていた。
ザックの号令を受け、各中隊は迅速に行動を開始した。第一中隊は、偵察を終えた第二中隊の地図を頼りに、行方不明の隊員の捜索を再開する。隊員たちは、ザックの言葉に奮い立ち、その眼差しは希望に満ちていた。
しかし、ダンジョンは彼らに更なる試練を突きつけた。
「ザック隊長! 第三中隊からです! 広域魔力中和魔法陣が…!」
第三中隊からの通信に、ザックの表情が険しくなる。魔法陣の維持を担当する彼らからの連絡は、通常、異常事態を意味する。
「魔法陣がどうした!?」
「魔力の回復が予想より早まっています! 魔法陣の出力が追いつきません!」
カインの報告からわずか数分後、ダンジョン全体が微かに震え、床や壁に刻まれた紋様が鈍い光を放ち始めた。消えかかっていた魔力の霧が再び濃くなり、不気味な気配が空間を満たしていく。
「くそっ、このままでは不完全な魔物たちが再び…!」
ザックは奥歯を噛みしめる。予想外の事態に、士気が高まっていた隊員たちの顔に再び緊張が走る。
その時、地図に記された最深部の道から、異様なうめき声が響いてきた。声の主は、間違いなく不完全な魔物、それもこれまで遭遇したどの個体よりも強力な気配を放っていた。
「行方不明の隊員は、あの中に…!」
ザックは直感した。この異常な魔力回復と、最深部に現れた強力な魔物。すべては、行方不明の隊員が引き起こしたものに違いない。隊員を救出するためには、この最深部にいる魔物を倒すしかない。
「第一中隊! 捜索を中断し、第二中隊と合流せよ! 第三中隊は、魔法陣の維持に全力を尽くせ! 俺は最深部に向かう!」
ザックは決断した。隊員全員を危険に晒すわけにはいかない。そして、何より、仲間を見捨てることはできない。
ザックは剣を抜き、単身、最深部へと続く道へ踏み出した。その背中には、仲間を信じ、そして必ず生きて帰るという強い意志が燃え盛っていた。
第三中隊長レイブンは、魔法陣の維持に使える膨大な魔力を用意しなくてはと決意した。大規模な魔法陣を構築するには、膨大な魔力と時間が必要だ。
魔道ゴーレムたちの、高純度マナのエネルギー残量がみるみる減少していく。
「このままでは、広域魔力中和魔法陣が崩壊してしまう…」
その時、レイブンは自らの背に背負ったバックパックが、微かに熱を帯びていることに気が付いた。それは、アリア首席補佐官から全中隊長が頂戴したライフルタイプの魔導銃専用のエネルギーパックが入っている。
レイブンは、迷うことなくその身を魔法陣の中心へと投じた。
「第三中隊、全魔力、俺に集中せよ!」
レイブンの叫び声に、中隊の魔導士たちが一斉に魔力を解放する。彼らの魔力がレイブンの背負うエネルギーパックから高純度魔力を誘導し、魔法陣へと注ぎ込まれていく。レイブンの全身を、まるで高圧電流が走るような激痛が襲う。しかし、彼は歯を食いしばり、耐え抜いた。
「これが…東中級ダンジョンのマナか…!」
魔導ゴーレムとは比較にならないほどの高純度な魔力が、レイブンの肉体を通り、魔法陣の出力は一気に跳ね上がった。
『これで、最深部へと進むザック大隊長の道筋は確保された…』
レイブンの意識が朦朧としていく。それでも、彼は魔法陣の維持に全力を尽くした。
「第三中隊、魔法陣の維持に成功!」
だが、彼の戦いはまだ終わっていなかった。いつ魔力が回復し、再び不完全な魔物たちが現れるか分からないからだ。
「この調子で、第三階層へと進むぞ!」
ザックの言葉に、隊員たちの士気が高まる。
ザックは、カインから送られてきた第二階層の地図を広げた。第一階層とは異なり、第二階層は単調な構造の通路が複雑に絡み合っていた。しかし、地図には、最深部へと続く一本道が示されていた。
「この先に、行方不明の隊員が……!」
ザックは、地図に示された道を見つめ、静かに呟いた。彼の胸には、希望と、そして、新たな決意が燃え盛っていた。
「よし、第三階層へ向かう! 全隊、準備を急げ!」
ザックの力強い号令が、東中級ダンジョンの深淵に響き渡る。彼らの行く手には、さらなる試練と、そして、失われた仲間との再会が待っていることを、彼は信じていた。
ザックは、狭く薄暗い通路を駆け抜けた。耳元をかすめる風の音と、自身の足音だけが響く。魔力の霧はさらに濃くなり、視界はほとんど効かない。しかし、彼の五感は研ぎ澄まされ、最深部から放たれる圧倒的な魔力の波動を捉えていた。
最深部へと続く扉の前に立ったザックは、一瞬立ち止まる。扉は、おぞましい魔力で歪み、まるで生きているかのように蠢いていた。躊躇なく扉を開けると、そこには、異形の魔物が待ち構えていた。
それは、まるで人間と魔物を無理やり融合させたかのような姿をしていた。体は不完全な魔物のように溶けかけ、そこから無数の触手が伸びている。そして、その顔は……行方不明となった隊員、イサクの顔だった。
「イサク…!」
ザックの脳裏に、イサクの笑顔がよぎる。しかし、目の前の魔物の瞳には、かつての面影はなかった。濁った瞳は、ただ敵意と狂気だけを宿していた。
「許せ、イサク…!」
ザックは、魔物の攻撃をかわしながら、イサクの顔めがけて剣を突き出した。しかし、剣はまるでゴムのように弾かれ、ザックの体は吹き飛ばされる。
「くそっ、硬い…!」
魔物は、ザックの攻撃をものともせず、触手を鞭のように振るい、ザックを追い詰める。ザックは、間一髪で攻撃をかわし、距離を取る。このままではジリ貧だ。彼は、イサクを救うため、そして、自分自身も生き残るために、新たな戦術を模索した。
イサクの姿は、見るも無惨なものだった。
彼の体は、ダンジョンの魔力によって不完全な魔物と融合し、皮膚は溶け崩れ、骨格が露出している。無数の触手は、もはや彼の意志とは関係なく、ただ目の前の敵を排除しようと暴れ狂っていた。
「う、うああああああああああ!」
その口からは、人間とも魔物ともつかない、断末魔の叫びが漏れ出す。その叫び声は、ザックの胸を抉る。イサクは、苦しんでいた。
「イサク、聞こえるか!?」
ザックは叫んだ。しかし、魔物の瞳は、ザックの言葉に反応しない。いや、反応できないのだ。イサクの意識は、すでに深い闇の中に閉じ込められている。
「俺は…お前を助ける!」
ザックは、剣を構え直した。このまま攻撃を続けても、イサクを傷つけるだけだ。ザックは、イサクの体を覆う魔力の塊に狙いを定めた。
「『魔力崩壊』!」
ザックは、自らの魔力を剣に集中させ、イサクの体を覆う魔力の塊を一点突破する。剣は、まるでガラスを砕くように魔力の塊を貫き、イサクの胸に突き刺さる。
「ぐっ…!」
ザックは激痛に耐えながら、剣をさらに深く突き刺した。そして、剣から魔力を解放し、イサクの体に注入する。
「うぐぅ…ああ…」
イサクの体から、黒い煙が立ち上る。それは、イサクの体に宿っていたダンジョンの魔力が、ザックの魔力によって浄化されている証だった。
「イサク…!」
ザックは、イサクの体を支える。イサクの体から力が抜け、そのままザックにもたれかかってきた。イサクの瞳に、わずかに正気が戻る。
「大隊長…」
イサクの声は、か細く震えていた。
「よかった、助かったんだな…」
ザックは、安堵の息を漏らす。しかし、イサクの表情は、どこか悲しげだった。
「…逃げて…」
イサクは、ザックの胸に顔を埋め、囁いた。
「もう、俺は…」
その時、イサクの背後から、無数の触手がザックに襲い掛かる。
しかし、触手はザックには届かなかった。
イサクが最後の自身の魔力を絞りだし、そして魔物に打ち勝ったのだ。彼の体から、わずかに残っていた魔力が光となり、ザックの周囲に薄い光の壁を形成する。触手は、その壁に触れると、まるで熱い鉄に触れたかのように瞬時に萎縮し、忌まわしいうめき声をあげて後退した。
「イサク、お前…!」
ザックは、驚きと同時に、イサクの体に温かな光が満ちていくのを感じた。それは、ダンジョンの魔力ではなく、イサク自身の、純粋な魔力だった。
「大隊長…俺は…皆の足を引っ張った…」
イサクは、力なく笑う。彼の体から、力が抜けていった。
「ちがう、お前は…!」
「ありがとう…皆によろしく…」
イサクの言葉が、ザックの耳に届く。彼の体は完全に脱力した。ただ、温かい光の残滓が、ザックの掌に静かに留まっているだけだった。
「イサク…!」
ザックの瞳から、一筋の涙が溢れ出した。部下を失った悲しみと、彼が最後の最後まで仲間を想ってくれたという事実に、胸が張り裂けそうだった。
その時、イサクの体から後退した触手から、ダンジョン全体の魔力が一気に凝縮され、一つの巨大な球体へと姿を変えた。それは、このダンジョンの核、コアの魔力だった。イサクは、自らの命を対価に、ダンジョンのコアを露出させたのだ。
「イサク…お前の想い、無駄にはしない…!」
ザックは、脱力したイサクの体を第一中隊長オズワルに渡し、ダンジョンのコアに向かって駆け出した。
オズワルは、崩れ落ちるイサクの体をしっかりと受け止めた。彼の表情は悲痛に満ちていたが、ザックの行動を理解し、無言で頷いた。
「皆…! 俺に続け!」
ザックの力強い声が、最深部の空間に響き渡る。第三中隊の魔法陣によって一時的に魔力中和が維持され、第二中隊の偵察によってコアの位置が判明した。そして、イサクが自らの命を犠牲にして、コアを露出させた。この勝利は、彼ら全員の犠牲によって得られたものだ。
「最後の敵だ!総員攻撃態勢を取れ!」
ザックの号令に、第二中隊の隊員たちが一斉に動き出す。彼らの剣や魔法は、仲間を失った悲しみを怒りに変え、その矛先は、巨大なコアへと向けられた。
「第一中隊第一小隊!イサクを保護し、退却。中央指令テントで治療に専念してくれ」
早々、イサクを抱きかかえ、出口へと向かう第一小隊を見送り、
「第一中隊、第一戦闘配備!敵コアを迎撃!!」
オズワルの指令が響く。第一大隊の、いや、このダンジョン攻略部隊の総力が、今、ここに集結する。
「全魔力を、コアに集中!」
ザックの叫びに、各隊員がそれぞれの力を解き放つ。第二中隊の剣士たちは、剣に魔力を纏わせ、光の刃を形成する。第三中隊の魔導士たちは、複雑な呪文を詠唱し、膨大な魔力の奔流をコアへと向ける。そして、第一中隊の戦士たちは、オズワルの指揮のもと、堅固な壁となって後衛を守りながら、自らの魔力をザックへと流し込む。
「皆の想い、受け取った!」
ザックの体が、眩い光に包まれる。彼は、自らの魔力に加えて、仲間たちの魔力すべてを一身に受け、それを剣へと注ぎ込んだ。剣は、まるで生きているかのように脈動し、巨大な光の剣へと姿を変える。
「イサク…これが、俺たちの答えだ…!」
ザックは、光の剣をコアへと突き出した。放たれた光の奔流は、ダンジョン全体を照らし、巨大なコアを貫く。
轟音と共に、コアは粉々に砕け散った。
コアが消滅した瞬間、ダンジョン全体が激しい振動に包まれる。壁や天井に亀裂が走り、岩が降り注ぐ。魔力の霧は急速に消え失せ、代わりに清浄な空気が満ちていく。
「撤収だ! 全隊、直ちに脱出!」
ザックの号令に、隊員たちは一斉に出口へと向かう。
彼らの背後で、東中級ダンジョンは、静かにその姿を消していった。




