遊撃魔道中隊長の憂鬱(3)
自称首席補佐官のアリアは心配そうに尋ねた。
「遊撃魔道中隊の新規拠点空港は完成したのかしら?」
技術担当ゴーレムは胸を張って答えた。
「はい、ほぼ完成しております。それに、空挺輸送機『グリフォン』も3機配備可能です」
それは、クイーンビーとの約束が、彼らにとってどれほど重要だったかを物語っていた。遊撃魔道中隊は、いずれ2つの場所で「みつばちの巣」のお守りをする必要があった。その中間点に、彼らの新しい拠点として空港と技術開発施設を設けたのだ。
1つの部隊で2つの重要な地点を守る。しかも、その片方は領地から遠く離れた険しい山岳地帯だ。遊撃魔道中隊だけでは、人員も時間も、明らかに不足している。
「わたくしたちの技術を試す時が来たようね。遊撃魔道中隊には、我々が開発した遠隔操作型ドローン部隊の運用を任せましょう。1つの部隊で、2つの地点の防御を担うことができるはずよ」
アリアは、自信に満ちた笑みを浮かべた。彼女はすでに、この困難な課題に対する解決策を用意していたのだ。
「遠隔操作型ドローン部隊……」
アリアは腕を組み、満足そうに頷いた。
「空港基地の管制塔から遠隔操作できるのね? 主な任務は偵察、巡視、斥候といった監視業務。でも、必要となれば魔道銃や爆弾を装備して、戦闘にも対応できるわ」
技術担当ゴーレムは、アリアの言葉に力強く頷く。
「はい。このドローン部隊は、遊撃魔道中隊の人員不足を補うだけでなく、彼らの活動範囲を飛躍的に広げます。たとえ険しい山岳地帯であっても、ドローンなら瞬時に偵察が可能です」
ドローン部隊の導入は、遊撃魔道中隊が二つの「みつばちの巣」を守る上で、人員と時間の問題を解決する切り札となるだろう。
アリアの脳裏には、そのさらに先のことがあった。
都市国家の北側にそびえ立つ北大山脈。その険しい山岳地帯に生息する未知の魔物たち。彼女は、その調査を考えていた。
その危険性を考慮すると、人間の部隊を派遣するのはあまりにもリスクが高すぎる。そこで、遠隔操作が可能な無人ドローンの導入が急がれていたのだ。ドローンならば、たとえ損害が出ても人的被害はない。アリアは、ドローンを先行させ、北大山脈の魔物たちに関する情報を収集するつもりだった。
「これで、みつばちの巣の安全を確保しつつ、北大山脈の秘密にも迫ることができる」
アリアは、冷徹なまでに合理的な判断を下していた。彼女にとって、ドローンは単なる偵察機器ではなかった。それは、未来の脅威に立ち向かうための、新たな兵器だったのだ。
アリアは、かつて御屋形様から生い立ちを尋ねられた時のことを思い出した。
「私の故郷は、北にあるローゼリア王国の首都、シルヴァネスです」
彼女は静かに語った。
「父は、王都に屋敷を構える子爵でしたが、政治的な陰謀に巻き込まれ、家は取り潰しになりました。私と母、そして姉妹は……」
ローゼリア王国は、北大山脈のさらに向こうにある国。今となっては、故郷に感傷はなかった。だが、家族のことは忘れられない。その記憶は、アリアの心の奥深くにしまわれ、彼女を強くする原動力となっていた。
御屋形さまは、アリアの言葉を静かに聞き、そして何も語らなかった。その無言の優しさが、彼女の心を救った。そして今、アリアは御屋形さまの元で、故郷から遠く離れたこの地で、新たな使命を背負っている。
◆
リアの通信端末が震えた。画面に映し出されたのは、いつもの御屋形さまではなく、首席補佐官のアリアだ。リアは慣れた様子で、すぐに背筋を伸ばした。
「遊撃魔道中隊のひとつの部隊で、二つの重要な地点を守る。しかも、片方は領地から離れた険しい山岳地帯です。先日、第四小隊を増設しましたが、今回はその中間点に新しい基地と空港を建設しました」
リアは黙ってアリアの言葉に耳を傾けていた。
「新しい装備として、空挺輸送機『グリフォン』を3機、そして遠隔操作型ドローン部隊も配備します。運用はあなたにお任せしますね。では、準備ができ次第、新しい基地への移動をお願いします」
アリアは淡々と告げた。その声には、任務の重要性と、それに対する揺るぎない決意がにじみ出ていた。
「ところで、ジョン小隊長の部隊の様子はどうかしら?」
アリアは、ふと柔らかい声色で尋ねた。彼女の厳しい表情が、一瞬だけ和らいだ。
「第四小隊には早速クイーンビーの警護任務に従事させています。ワイバーンの迎撃も経験し、問題は見当たりません。義手、義足もよく馴染んでいるようです」
リアは淡々と答えた。ジョンは、かつて第二大隊第二中隊長として活躍していたが、部隊壊滅の責任を負い、小隊長に降格したという重い過去を背負っている。ルークとレオンは、戦場で重傷を負い、義手と義足の魔導義肢を身につけたばかりの魔導士だった。彼らの状況を知るアリアは、リアの報告に静かに耳を傾けた。
「そう……」
アリアは短く応じ、それ以上は何も尋ねなかった。彼女は、リアの報告の裏に隠された、それぞれの隊員が背負う重い過去と、それでもなお前向きに任務を遂行している現実を理解していた。
通信端末が切れると、リアはひとり静かに呟いた。
「遠隔操作型ドローン部隊……」
彼女は新しい任務と、そのために与えられた新たな装備について考えを巡らせていた。ドローンは、人員や時間の制約を克服するだけでなく、危険な任務における人的リスクを大幅に軽減する。それは、かつてジョンが経験したような悲劇を繰り返さないための、アリアからの配慮なのかもしれない。
リアは、その深い意味を理解し、改めて気を引き締めた。新しい基地への引っ越し、そしてドローン部隊の運用。やるべきことは山積みだが、彼女の表情に迷いはなかった。
彼女の憂鬱は、少しおさまってきたかのようだった。
◆
天翔空港と名付けられた、遊撃魔道中隊の新しい基地空港は、十分大隊規模が運用できる広さを誇っていた。管制塔の隣には、技術開発棟も設置されている。
更に、遠隔操作型ドローン部隊が12機。運用は任されている。
「よし、全員整列!」
雷鳴のような号令が、新しい滑走路に響き渡った。遊撃魔道中隊の新基地空港――通称「天翔空港」だ。その名が示すように、空を翔ける者たちの新たな拠点となる。整備を終えたばかりの地面はまだ真新しいコンクリートの匂いを放ち、陽光を反射して眩い。
管制塔の隣にそびえ立つ技術開発棟は、ここが単なる空港ではないことを物語っていた。空の支配を巡る戦いが激化することが予想され、遊撃魔道中隊は常に最前線を担ってきた。そして、彼らに与えられたこの巨大な基地は、十分大隊規模が運用できる広さを誇り、これまでの中隊本部とは比較にならないほど恵まれた環境だった。
中隊長のリアは、その場に立つ精鋭たちを静かに見つめていた。彼の視線の先には、整然と並んだ部隊員の顔があった。皆、それぞれが異なる魔道機を操る個性派揃いだ。
「今日からここが、お前たちの新しい家となる。これまでは狭い格納庫で身を寄せ合っていたが、もうそんな時代は終わった」
リアの声は低く、しかし、隊員たちの心に深く響く力があった。彼は、この基地が持つ無限の可能性を誰よりも理解していた。
「この空港には、我々だけの技術開発棟がある。そして、遠隔操作型ドローン部隊が12機、すでに配備されている」
隊員たちの間に、ざわめきが広がった。ドローン部隊の存在は、まだ一部の者しか知らなかったからだ。
「偵察、警戒、哨戒そして……攻撃支援。これまでの単独飛行とは次元が違う、複合的な戦術が可能になる。ドローンと魔導機を組み合わせることで、我々は新たな戦場を創造できるだろう」
リアの言葉に、隊員たちの顔に高揚の色が浮かぶ。彼らは、ただのスピーダーバイク乗りではない。魔導技術を駆使し、空を舞台に戦う遊撃隊だ。新しい翼と、新たな仲間を得た今、その力は未知数だった。
リアは、遠くの滑走路を見つめた。その向こうには、護衛対象の「みつばちの巣」がある。これからこの天翔空港から飛び立つたびに、彼らはその巣を襲う魔物に挑み、空の自由を守るために戦うのだ。
「さて、どうしたものか」
リアは心の中で呟いた。与えられた広大な土地と、12機のドローン。この新しい力を、いかにして最大限に引き出すか。彼女の思考は、すでに未来の戦術へと向かっていた。これは、ただの始まりにすぎない。新たな伝説が、ここ天翔空港から始まるのだ。




