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32歳、人生リセット、ただし異世界で  作者: トール
三章 魔法と錬金術の探求と「特別な力」の獲得

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かわいらしいポーチ(3)

 ある日の夜、「始まりの村のパン屋」の閉店後かなりの時間が経過したころ、初めての出来事が起きた。


 塀を乗り越えて侵入者が現れたのである。がしかし次の瞬間、影に取り込まれてその姿は見えなくなった。


 侵入者は、跳ねる小鹿商会の地下二階に捕らえられていた。


「不法侵入者を確保しました。能力は低めです。」

 警備担当ゴーレムは、合成音声で淡々と報告した。


「そうか、使えなさそうかな?」

 そう答えたのはパン屋の店長ギルフォード。彼は自身のスキルで侵入者を鑑定していく。


 ギルフォードのスキルが発動し、侵入者の能力が浮かび上がる。そこには、盗賊や暗殺者といった特殊なスキルは一切見当たらなかった。表示されたのは「農奴(見習い)」という肩書きと、いくつかの基本的な生活スキルのみ。


「なるほど、これではただの腹を空かせた子供か…」


 ギルフォードはため息をつき、拘束を解くようにゴーレムに命じた。


「おい、顔を上げな」


 青年は怯えた様子で顔を上げる。その顔には泥と煤がついており、年齢は10代後半といったところだろうか。見るからに飢えており、その目は絶望に満ちていた。


「このパンを食べて、話を聞かせてくれないか?」


 ギルフォードは焼きたてのパンを差し出した。青年の目が一瞬輝き、震える手でパンを受け取ると、無我夢中でかぶりついた。涙を流しながらパンを貪る姿は、見る者の胸を締め付ける。


 青年は数日ぶりの食事だったのだろう。パンを平らげると、彼は静かに語り始めた。


「俺は、手に職をつけることに憧れて、ずっと探し歩いていたんです。でも、どこの町も村も雇ってはくれなくて…」


 彼の故郷は、スタンプ伯爵領地の外れの農村で、数年続く不作で飢饉に瀕していた。村人たちは生きるために村を離れ、彼もまた、希望を求めてこの「始まりの村」にたどり着いたのだという。しかし、理想と現実は大きく違っていた。どこにも断られ続け、所持金も尽き、空腹に耐えかねて、つい出来心で侵入してしまったのだ。


「すいません、許してください…」


 青年は再び涙を流しながら謝罪した。


(スタンプ伯爵って、かなり遠方の南部地域じゃないか。飢饉だなんて情報は聞いてない。)


 ギルフォードは、静かに青年を見つめていた。その言葉に偽りはないだろう。彼の瞳には、純粋な憧れと、それに裏切られた悲しみが宿っていた。


「わかった、お前の話は信じよう」


 ギルフォードはそう言って、青年に手を差し伸べた。


「こんなこと、二度としてはならない。だが、お前が本当に手に職をつけたいというなら、俺のところで働いてみるか?」


「はい、ありがとうございます。名前はテオといいます。」


「テオ、か。いい名前だ」


 ギルフォードは微笑んだ。


(まあ勤務場所はここではなく、戦闘訓練場のほうだがな。許せ)


 御屋形さまのノースミッドタワーのトレーニングルームには、二体の守護がいる。その名前を蒼龍、飛龍という。戦闘特化型の人型ゴーレムである。


 その蒼龍と飛龍が守護するノースミッドタワーのトレーニングルーム。そこは、新たな戦士を生み出すための秘密基地だった。夜な夜な行われる過酷な訓練で、新兵たちは限界まで追い込まれる。だが、トレーナーゴーレムや栄養士ゴーレムの完璧なサポートにより、彼らは疲れを翌日に持ち越すことなく、急速な成長を遂げていた。


 最初にこの部屋に送られたのは、スタンプ伯爵領から来たという青年。彼は逃亡農奴だったが、アリアの意向により“自由民”として扱われることになった。



 トレーニングルームに集められた新兵たちは、大きく二つのグループに分けられる。


 自由民(逃亡農奴)

 スタンプ伯爵領から来た青年を筆頭に、厳しい生活から逃れるために故郷を捨てた者たち。彼らは自由な身分を求めてこの村にたどり着いた。土地を持たず、生活の保証もないため、戦士となる道を選んだ。彼らの瞳には、自由への強い渇望が宿っている。


 犯罪奴隷(侵入者)

 貴族の使い走りや商会の調査員など、悪意を持って侵入してきた者たち。彼らは捕獲され、犯罪奴隷としてトレーニングルームに送られた。彼らは生活のために犯罪に手を染めた者もいれば、任務に失敗して見捨てられた者もいる。自由を奪われた彼らは、生きるために戦うしかない。


 御屋形さまがこれらの新兵を第二大隊に送り込む目的は、単なる兵力補充ではない。


 1. 異なる背景を持つ新兵たちの融合

 逃亡農奴と犯罪奴隷。社会的地位も生き方も全く異なる彼らが、一つの部隊として機能するには、強力なリーダーが必要だ。御屋形さまは、ライアスがそのリーダーシップを発揮し、彼らをまとめ上げることができるか試している。


 2. 第二中隊の再編成

 10人集まれば、一つの中隊が編成できる。これらの新兵は、ライアスが再建に苦慮している第二中隊の核となるだろう。彼らを鍛え上げ、優秀な兵士へと育てることが、ライアスに課せられた新たな使命だ。


 3. 新たな戦術の可能性

 中には剣や武器の扱いに長けた者もいる。彼らが持つ独自のスキルや経験は、第二大隊の既存の戦術に新しい風を吹き込む。ライアスは、彼らの能力を最大限に引き出し、ヒュージスライム戦での失敗を繰り返さないための、新たな戦術を模索することになるだろう。


 ライアスはまだ、この秘密のトレーニングルームの存在を知らない。しかし、彼の知らないところで、第二大隊の未来を担う新たな力が、着実に成長している。


 ◆


 その日の朝、グランデルのバルザック商会は、おもちゃ箱をひっくり返したような大騒ぎとなった。


 跳ねる小鹿商会から小包が届いたのだ。厳重に梱包されたその箱を開けると、そこには、更に美しい木箱が10箱収められていた。職員たちが息をのんで、その一つの木箱の蓋を開けると、中には、特別な高級ポーチが収められていた。


 しかし、そのポーチはただのポーチではなかった。


「これは…」


 バルザック商会の職人たちは、驚きと戸惑いの声を上げた。このポーチは、『始まりの村のパン屋』の職員たちが、働く際に身に着けているものと同じものだ。そして、そのフラップには、ミョルニルのロゴマークが光を放っていた。


「どういうことだ?」


 バルザック商会長が、困惑しながら小包の底を覗き込んだ。すると、そこには一通の手紙が添えられていた。


『バルザック商会の皆様。


 この度、我々「始まりの村のパン屋」の従業員が身につけております品を送らせていただきます。


 このポーチは、貴社の職員たちの魂と、我々がパンに込める情熱を繋ぐ架け橋です。


 つきましては、恐縮ながら、合計九個のポーチを、貴社の女性従業員の皆様に贈らせていただきたく存じます。


 皆様の卓越した技能と本物へのこだわりが、これからも光り輝くことを願って。


 跳ねる小鹿商会 会長代理リナ』


 手紙を読み終えた職員たちは、言葉を失った。


「まさか、こんなことが…」


 バルザックは、継紙をめくって続きに目を通していく。


「なお、特別なお色の品については、ストーンゲート男爵夫人の注文の品でございます。貴社から直接、ご本人に販売、お渡しいただきたく存じます。つきましては、お手数をおかけしますが、ご面会のお約束を取り付けていただけないでしょうか。


 同商品の発注を心よりお待ちしております。


 敬具

 跳ねる小鹿商会 会長代理リナ』


 手紙を読み終えたバルザック商会長は、静かに木箱の中を見つめた。九つのポーチは、全てパン屋の従業員が身につけているものと同じライトブラウンだった。そして、最後に残った一つ。そこには、深みのあるワインレッドのポーチが収められていた。


 バルザック商会長は、リナの並外れた知恵と、このパン屋が持つ哲学に感銘を受けていた。彼らは、ただ商品を売買しているのではない。人々の心に響く物語を紡ぎ、その物語に自社の製品と職人を巻き込んでいく。このポーチは、単なる革製品ではなく、パン屋と革職人、そして貴族をつなぐ、一つの文化の象徴なのだ。


「皆、よく聞け!」


 バルザックの声が、騒然とした商会内に響き渡った。


「我々は、これより、単なる革製品を売るのではない。このポーチに込められた物語の語り手となるのだ。ストーンゲート男爵夫人への面会を、ただちに取り付けろ!」


 この日、このかわいらしいポーチは、バルザック商会の女性職員の腰元で静かに存在感を放つ。彼女たちは、働く広告塔として、誇らしく仕事にまい進するのだった。


 そして、このプレゼントが、クレメンス子爵街オルドヴィス、しいては王都の貴族層を巻き込んでの騒動に発展していくのだった。


 ◆


「ストーンゲート男爵夫人。お待ちしておりました。」


 店長のギルフォードは、にこやかな笑みを浮かべ、夫人を出迎えた。彼の顔は、まるで太陽のように晴れやかだった。夫人は、その笑顔に、このパン屋が持つ温かさを改めて感じた。


「本日は、ご足労いただき、ありがとうございます。奥様にお似合いになるだろうと、特別な品をご用意いたしました」


 そう言って、ギルフォードは焼きたてのクイニーアマンを差し出した。バターとカラメルが香ばしく溶け合う、黄金色のそのパンは、まるで宝石のようだった。夫人は、その香りに顔をほころばせた。


「まあ、ありがとう。本当に嬉しいわ」


 夫人がパンを受け取ると、ギルフォードは少し声を落として続けた。


「それと、もう一つ。グランデルのバルザック商会にて、特別におひとつ夫人にだけ、ポーチを販売なさるそうです。お帰りの際は、バルザック商会でお買い物をお勧めします」


 夫人の目が、大きく見開かれた。


「あら、そうなの?!」


 彼女の声には、驚きと、隠しきれない喜びが混じっていた。


「はい。ただ、我々からの依頼ではございません。バルザック商会が、夫人の審美眼を高く評価し、特別に販売を決定されたと伺いました」


 ギルフォードは、さりげなくそう付け加えた。それは、このポーチが単なる商品ではなく、夫人の価値を認めた「本物」からの贈り物であるということを示唆していた。夫人は、その言葉の真意を理解し、満足そうに頷いた。


「素晴らしいわ。あなた方のお店は、本当に私の期待を超えてくださる」


 夫人の心は、再び満たされた。彼女は、ただ美味しいパンを手に入れたのではない。最高の職人たちが作り上げた「物語」の、特別な語り手として認められたのだ。そして、その物語は、今、彼女の手によって王都の社交界へと運ばれようとしていた。




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