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32歳、人生リセット、ただし異世界で  作者: トール
一章 異世界へ

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生存への一歩

 ゴブリンを倒したことで、俺は妙な高揚感と、どこか冷めた冷静さを同時に感じていた。血飛沫で汚れた服を払いながら、改めて周囲を探索する。見渡す限り森しかなく、道も、建物も、人の気配も全く見当たらない。


「ここは、いったいどこなんだ…? まさか、異世界にでも転生したというのか?」


 まるで、小説やゲームの世界に迷い込んだかのような非現実的な状況。しかし、手に残る黒い棒の感触、目の前のゴブリンの残骸が、それが現実だと突きつけてくる。


 俺の体は、どうやら自分の物ではないようだ。手足は短く、視野も狭い。鏡がなくてもわかる。身長は150センチメートルほど、どう見ても十歳くらいの子供の体になっていた。思考は三十代のままだというのに、年齢まで退行している。頭が混乱し、思考がまとまらない。


 この状況が、異世界転生と呼ばれるものなのだろうか?小説や漫画で読んだことはある。しかし、そこには必ず、神様や女神様が登場し、転生した経緯を説明したり、特別なスキルを与えたりするものだ。


「……異世界に転生でもしたのなら、この世界の女神さまから経緯の説明でもあるはずなのだが。スキルも貰った覚えがないなぁ。」


 そう呟きながら、思いついた言葉を口にする。


「ステータスオープン!!」


 何の反応もなかった。


「インベントリ!!」


 巨大な倉庫の扉が開くことはなかった。


 この世界で生き抜くには、自分の力で考え、行動するしかない。俺は、がっくりと肩を落とした後、すぐに顔を上げた。絶望している暇はない。落ち着いて、まずはすべきことに優先順位をつけよう。


 幸いにも、着ている服や靴はこの新しい体に合わせてサイズが調整されているようだ。それはまるで、誰かがこの事態を予見していたかのような、奇妙な安心感をもたらした。


 まずは石刃を作ろう。ナイフがあるのとないのとではその後の行動に大きな違いが生まれる。石をぶつけあい、欠け具合を見ながら手ごろな石刃を見繕っていく。



 生きるために最も重要なのは、飲み水の確保だ。人は水がなければ数日で命を落とす。魔物がいたということは、この森のどこかに水源があるはず。


 俺は、水源を探すべく、足元の青い葉が朝露に濡れて光る、深い霧に覆われた獣道をゆっくりと歩き始めた。森の奥から聞こえてくる、聞いたこともない鳥の鳴き声。それはまるで金属が擦れるような、不気味な音だった。


 獣道を歩き始めて数分、足元の落ち葉をかき分けながら進んでいると、小川のせせらぎが聞こえてきた。その音に導かれるように、森の奥へと足を踏み入れる。木々の合間から、微かに光が差し込み、その先に小さな滝と、澄んだ水が流れる小川が見えてきた。


「見つけた……!」


 俺は、思わず声を上げていた。疲労困憊の体で、水面までたどり着き、両手ですくって一口飲んだ。冷たくて、清らかで、五臓六腑に染み渡る。この水は、俺の心を潤し、生きる活力を与えてくれた。


 喉の渇きが癒えたことで、冷静な思考が戻ってきた。まだ日は高いが夜になれば、この森の危険は増すだろう。一刻も早く、安全な場所を見つけなければ。


 俺は、小川に沿って上流へと歩を進めることにした。水辺は魔物が集まる可能性もあるが、同時に食料や、洞窟のような隠れ家を見つけやすい。

 木々の間から差し込む光が、次第にオレンジ色へと変わっていく。長い影が地面を這い、鳥の鳴き声が遠のき、代わりに不気味な獣の唸り声が聞こえ始めた。


 どれほど歩いただろうか。森が一段と深くなったあたりで、俺は巨大な岩壁に突き当たった。壁には小さな滝が流れ落ち、その水が小川へと注いでいる。そして、滝の裏側に、ぽっかりと口を開けた洞窟を見つけた。


「よし、ここだ。」


 直感的に、ここが今夜の隠れ家だと判断した。洞窟の入り口は滝の水に隠され、外からは見えにくい。内部は意外と広く、雨風を凌ぐには十分だ。入り口を倒木などでカモフラージュすれば、立派な住処になりそうだ。



 飲料水の確保と、夜を過ごす拠点の確保。これで、とりあえずの命は繋いだ。次に必要なのは、食料だ。


 洞窟から出て、あたりを注意深く探索する。幸いにも、この森には食べ物が豊富にあり、極端に飢えるということはなさそうだった。見慣れない果実や、鮮やかなキノコが目につく。だが、むやみに口にすることはできない。毒を持つ植物もいるからだ。


 俺は、食料になりそうなものを見つけるたびに、ほんの少しだけ口に含み、しばらく様子を見るというパッチテストを繰り返した。その結果、見た目は普通だが、ほのかに甘い匂いのする赤い果実が安全だとわかった。


 その果実をいくつか採取し、洞窟へと戻る。日が完全に沈み、あたりが闇に包まれる前に、今日の成果を確かめる。手の中にある果実は、この世界で初めて手にした「命を繋ぐもの」だった。


 日が昇り、洞窟の外へ出た俺は、改めて考えを巡らせる。飲み水も食料も、とりあえずは確保できた。だが、この森にいつまでも留まるわけにはいかない。文明の痕跡を探し、人と出会う必要がある。


「だが、このまま闇雲に歩き回るのは危険だ。」


 俺は、食料を確保してから移動すべきだと判断した。町へ向かう道中、何があるかわからない。いつ食料が尽きてもいいように、保存のきく燻製干し肉やドライフルーツなど、食料をしっかりと揃えてから出発すると決めた。


 まずは、火を熾おこさねばならない。異世界転生なら魔法が使えるはずだ、という安易な期待が頭をよぎる。


「ファイア!!」


 声に出してみたが、何の反応もなかった。空を切るだけの、虚しい響き。やはり、この世界は俺が知っている物語のようにはいかないらしい。ご都合主義的な「魔法」は存在しないようだ。


 落胆しかけたその時、ふと、この世界に来てからずっと握りしめている黒い棒に目がとまった。雷に打たれた時に手にした、不思議な力を持つ棒だ。もしかして、これを使えば……?


 俺は、改めて黒い棒を強く握り直した。次の瞬間、微かな静電気が指先を痺れさせ、黒い棒の先端から青白い光が放たれた。まるで、遠雷の力を宿しているかのようだ。光は次第に熱を帯び、火花を散らし始めた。


 パチパチッ!


 乾燥した木の枝に近づけると、すぐに火が燃え上がった。


「……火が、熾った。」


 それは、ただの火ではなかった。この世界で初めて、自分の力で生み出した「希望の光」だ。この黒い棒は、もはやただの拾い物ではない。それは、この世界で生きるための、唯一の希望だ。



 翌日、俺は再び行動を開始した。まずは現在位置を確認するため、洞窟近くで最も高い木を選んで登ることにした。

 慎重に、そして着実に枝を掴み、足場を確かめながら登っていく。


 以前、水場を探したときも木に登った。あの時は、とにかく川の発見に注力していたため、周囲をじっくり見渡す余裕はなかった。今回は、焦らずに、この森の全体像を把握するつもりだ。


 葉が茂る枝をかき分け、さらに高く、さらに高く登り続ける。周囲を遮るものがなくなり、風が頬をかすめる高さに到達した。


 改めて、辺りを見渡す。


 360度、見渡す限り、ひたすら森だった。どこまでも続く緑の海。遠くの山々が見えるが、道や建物、煙が立ち昇る集落など、人工物は何も見当たらない。


「…やはり、簡単には見つからないか。」


 絶望を感じつつも、すぐに気持ちを切り替えた。この広大な森を抜けるには、相応の時間と準備が必要だ。日持ちする食料を多く確保しなければ、この旅はすぐに終わってしまうだろう。


 幸いにも、この森には食べ物が豊富だ。果実だけでは栄養が偏る。動物を罠で捕らえ、燻製にして保存するのが最も効率的だ。


 俺は、食料確保のため、本格的に狩りを始めることを決意した。



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