遊撃魔道中隊の受難(3)
コン、コン、コン
リアは、重い気持ちを振り払うかのように、堅い樫材製のドアをノックした。
「遊撃魔道中隊長リア、入ります」
「入室を許可する」
◆
御屋形さまの指令室は、いつもながら静謐な空気に満ちていた。磨き抜かれた床には、夕日が差し込み、御屋形さまの座る重厚な机の影を長く落としている。御屋形さまは、私が入室しても顔を上げず、机に広げられた地図をじっと見つめている。
「よく無事に戻った、リア。座りなさい」
御屋形さまはそう言うと、地図の隣に置かれた羊皮紙を指さした。
「先程、そなたが切り結んだクイーンビーの新しい営巣場所が届いた。この地図の、この地点だ」
御屋形さまの指が、地図上のとある場所に向けられる。そこは、我々の領地からさらに奥、険しい山岳地帯に位置する場所だった。
「ご報告が遅れ、申し訳ございません。ワイバーンの襲撃があり、交渉の機会を逸してしまいました。任務は失敗でございます」
リアは、深く頭を下げた。失敗を素直に認めるしかない。御屋形さまの期待に応えられなかった悔しさが、彼女の胸にこみ上げてくる。
しかし、御屋形さまは静かに首を振った。
「いや、失敗ではない。そなたのおかげで、我々は重要な情報を得た。クイーンビーは言葉を理解し、コミュニケーションが取れる可能性がある。そして、何よりも、はちみつを巡る争奪戦に、ワイバーンという新たな勢力が加わったこともな」
リアは顔を上げた。御屋形さまは、すべてを見通していたかのように、静かに微笑んだ。
「この新たな巣は、『マナの泉』と呼ばれる、極めて強力な魔力の源泉の近くにある。クイーンビーがそこで巣作りを完了すれば、今まで以上に高品質なはちみつが手に入るだろう。そして、ワイバーンもまた、そのマナの泉を狙っているはずだ」
御屋形さまは、机の上の羊皮紙をリアの前に差し出した。そこには、今回の任務の詳細が記されていた。
「そなたに、再び任務を与える。この地点に向かい、クイーンビーと交渉せよ。ただし、今回は、ワイバーンからクイーンビーを守るという、護衛の任務も加わる」
「承知いたしました! ですが……」
リアは言葉を詰まらせた。前回は、ワイバーンを偶然撃退できたに過ぎない。今回は、クイーンビーを守りながら、交渉を成立させなければならない。
「今回の任務の鍵は、力ではない。交渉と信頼だ。ワイバーンからクイーンビーを守り、我々が友好的な存在であることを証明せよ。そうすれば、クイーンビーは必ず、そなたたちに心を開くだろう」
御屋形さまの言葉に、リアの心臓が強く鼓動した。
「次は、失敗は許されぬぞ。これは、はちみつの安定供給という経済的な側面だけでなく、我々が魔物と共存できるかという、領地の未来を左右する重要な任務なのだから」
リアは立ち上がり、深く敬礼した。
「遊撃魔道中隊長リア、必ずやこの任務を完遂してみせます!」
「まあ、そう強張るな。そなたたちの出撃に新型兵器が間に合った。スピーダーバイク搭載型だから、エネルギーもスピーダーバイクから供給となる。今回はその新型のテストも兼ねて出撃してくれ。」
指令室を出ると、リアは深く息を吐いた。新たな任務は、前回よりもはるかに困難だ。しかし、御屋形さまの信頼に応えたいという気持ちが、彼女を奮い立たせる。
「行くぞ! 今度こそ、クイーンビーと腹を割って話すんだ!」
リアは、再び訓練場へ向けて駆け出した。今度こそ、彼女の運命を呪うことはないだろう。
◆
「みつばちに遊ばれたんだって?」
第二大隊第三中隊長のクレアがニヤニヤしながら、からかうように言った。彼女の横には、ピカピカに磨かれた重装甲ゴーレムが鎮座している。
「うるさい! 遊ばれたわけじゃない! あれは……」
リアは、言葉に詰まった。ワイバーンとの死闘も、クイーンビーとの「交渉」も、話せば話すほど、奇妙な冒険譚に聞こえてしまう。
「はちみつの安定供給を任されたんだろ? 遊撃魔道中隊が、今度は御用聞きかよ」
クレアは、笑いをこらえきれないといった様子で肩を震わせた。彼女の言葉は、図星だった。
「違う! これは、我々が魔物と共存できるかという、領地の未来を左右する重要な任務だ! それに、今度はワイバーンからクイーンビーを守る護衛任務も加わったんだ!」
リアは必死に反論する。しかし、クレアはますます面白そうに笑った。
「そうか、そうか。大変な任務だな、リア。ワイバーンを倒して、クイーンビーに媚を売るのか。そっちの方がよっぽど難しいだろうな」
クレアの言葉に、リアは何も言い返せなかった。確かに、その通りだ。戦うことは得意でも、交渉は苦手だ。しかも、相手は魔物。
「まあ、頑張れよ。もし、はちみつが手に入ったら、少し分けてくれよな。俺たちのゴーレムの動力源に混ぜると、燃費が良くなるって噂だぜ」
クレアは、そう言って、ゴーレムの訓練に戻っていった。
リアは、残された。クレアの言葉が、脳内で反響する。
「ワイバーンを倒して、クイーンビーに媚を売るのか……」
「はちみつの安定供給……御用聞き……」
悔しいが、クレアの言う通りかもしれない。遊撃魔道中隊として、初任務で奇妙な役割を押し付けられてしまった。
「でも、負けてたまるか!」
リアは、心の中で叫んだ。これは、はちみつのためだけではない。御屋形さまの期待に応え、遊撃魔道中隊の真価を証明する、重要な任務なのだ。
リアは、スピーダーバイクに跨り、新たな任務へと向かう。今度は、マナの泉と呼ばれる、険しい山岳地帯が舞台だ。
「行くぞ! 遊撃魔道中隊、出撃!」
リアの号令に、10機のスピーダーバイクが再び空へ舞い上がった。
◆
険しい山岳地帯の奥にできた、新しいミツバチの巣を目指し、遊撃魔道中隊は飛行を続けていた。
空の道は、これまでとは全く違う。
眼下に広がるのは、緑豊かな森ではなく、ゴツゴツとした岩肌と、鋭く尖った山々の連なりだ。風は強く、スピーダーバイクを容赦なく揺さぶる。一歩間違えれば、滑落してしまいそうな断崖絶壁が続く。
「隊長、もうすぐ目標地点です」
通信機から、部下の声が聞こえてきた。しかし、その声にいつものような活気はない。隊員たちの表情は皆、どこか重苦しい。
無理もない。
前回の任務は、ワイバーンを倒し、ミツバチを助けるという、わかりやすいものだった。だが、今回は違う。ワイバーンを倒し、ミツバチと交渉する。しかも、御用聞きのように、はちみつの安定供給を依頼するのだ。
「こんなことなら、クレアの重装甲ゴーレムの方が良かったんじゃないか……」
誰かが、ポツリとつぶやいた。その言葉が、遊撃魔道中隊の重い足取りを、さらに重くする。
彼らは、戦闘に特化したエリート部隊だ。なのに、今、自分たちは何をしているのだろう? はちみつを巡る、わけのわからない交渉に、命を懸けている。
リアは、その雰囲気を察した。
「みんな、気にするな! これは、御屋形さまが我々に与えてくださった、新たな試練だ! ワイバーンを倒し、クイーンビーと信頼を築く! これこそが、遊撃魔道中隊の真価を証明するチャンスだ!」
リアは、自分自身に言い聞かせるように、そう叫んだ。しかし、その言葉は、空虚に響く。彼らの足取りは、依然として重かった。
◆
やがて、目的地の山頂が見えてきた。そこには、予想もしなかった光景が広がっていた。
山頂の窪地に、巨大なマナの泉が光を放っている。その泉の周りには、ワイバーンの姿がいくつも見える。彼らは、マナの泉の力を巡って、争っているようだった。
そして、そのマナの泉のすぐ隣に、新しいミツバチの巣が形成されていた。
それは、ワイバーンたちの戦いに巻き込まれないよう、まるで要塞のように、険しい岩壁にへばりつくように作られていた。
「クソッ! ワイバーンが、すでに集まっているだと!?」
リアは、歯を食いしばる。ワイバーンたちは、マナの泉だけでなく、クイーンビーが作り出すであろう、高品質なはちみつをも狙っているのだ。
リアは、歯を食いしばる。ワイバーンたちは、マナの泉だけでなく、クイーンビーが作り出すであろう、高品質なはちみつをも狙っているのだ。
「皆! 新型兵器の操作はマスターしているか?」
リアは、迷うことなく、部下たちに問いかけた。その声に、迷いは一切なかった。
「はいっ!!」
隊員たちの返事が、山岳地帯に響き渡る。その声には、先ほどまでの重苦しさはなく、戦闘態勢に入った兵士たちの、引き締まったものだった。
今回の出撃は、スピーダーバイク搭載型の新型兵器のテストも兼ねていた。それは、ワイバーンに対抗するために開発された、対空戦用の魔力砲だ。
「よし! 迎撃目標は、もちろん、ワイバーンだ! 全隊、散開し、ワイバーンの注意をこちらに引きつけろ! 第一小隊、新型兵器の発射準備!」
リアの号令で、遊撃魔道中隊のスピーダーバイクが一斉に動き出す。彼らは、ワイバーンの注意を引くため、魔力弾を放ちながら、山岳地帯を縦横無尽に飛び回る。
ワイバーンたちは、突如現れた遊撃魔道中隊に戸惑い、咆哮をあげた。その隙に、第一小隊が、スピーダーバイクの底部から、新型兵器を起動させる。
ブゥゥゥン……!
重々しい起動音が響く。魔力砲の先端が光を帯び、徐々にその光を強めていく。
「よし、撃てぇぇぇい!」
リアの号令で、光の筋が放たれた。それは、ワイバーンの一機に命中し、ワイバーンは悲鳴をあげ、墜落していった。
「やったぞ、隊長! 新型兵器、強力です!」
部下の歓喜の声が聞こえてくる。
「喜ぶな! ワイバーンは群れで襲ってくる! 気を引き締めろ!」
リアは、次の標的を定める。ワイバーンたちは、仲間が倒されたことに怒り、一斉に遊撃魔道中隊に襲いかかってきた。
マナの泉を巡る、ワイバーンとの激しい空中戦が、今、始まった。
そして、その下では、ミツバチの魔物たちが、静かに、この戦いの行方を見守っていた。
◆
新型兵器の前には、ワイバーンは敵ではなかった。
ドシュン! ドシュン!
遊撃魔道中隊のスピーダーバイクから放たれる新型兵器の魔力砲弾は、ワイバーンの装甲をやすやすと貫き、一撃で仕留めていく。ワイバーンたちは、悲鳴をあげながら次々と墜落していった。
隊員たちのドッグファイトのスキルも、前回の実戦戦闘を経験し、かなりこなれてきていた。彼らは、ワイバーンの動きを先読みし、巧みに連携して攻撃を仕掛ける。リアの指示がなくとも、互いの動きを読み合い、流れるように任務をこなしていく。
「隊長! 11時の方向に、最後の1機!」
リアは、そのワイバーンに狙いを定めた。ワイバーンは、敗北を悟ったかのように、マナの泉から離れ、逃走しようとする。
「逃がすな! 新型兵器、最大出力でいけ!」
リアの号令に、隊員たちが一斉に魔力砲弾を放つ。それは、まるで流星群のように、ワイバーンに向かって飛んでいく。
ドォォォォン!!
最後のワイバーンは、爆発と共に、空から消え去った。
「ワイバーン殲滅を確認。作戦成功です」
第一小隊の隊員が、勝利の歓喜に満ちた声で叫ぶ。他の隊員たちからも、安堵と達成感の入り混じった声が聞こえてくる。彼らの顔には、先ほどまでの重苦しい雰囲気は微塵もなかった。
◆
ワイバーンを全機撃破した遊撃魔道中隊は、山頂の窪地に着陸した。隊員たちはスピーダーバイクから降り、ヘルメットを脱ぎ、安堵の表情を見せている。マナの泉は、ワイバーンたちの戦いで少し荒れたものの、その光は以前と変わらず、神々しく輝いていた。そして、その横にある新しいミツバチの巣は、無傷で静かにたたずんでいた。
リアは一人、スピーダーバイクを降りて、ゆっくりと巣に近づいていった。警戒しているのか、ミツバチの魔物たちがリアを取り囲むようにホバリングしている。
しかし、彼らの間に敵意はなかった。
その時、クイーンビーが、リアに向かって、かすかな魔力の波動を送ってきた。それは、再度クイーンビーが、言葉として理解できる「意思」をリア伝えてきたのだ。
「お前たちは、我々の敵ではない。そして、我らも、お前たちの敵ではない。だが、我らはお前たちの行為に感謝する。望みを述べよ。」
リアは、その言葉に安堵し、そして興奮した。クイーンビーは、やはり意思疎通ができる。ワイバーンを倒したことで、彼らの信頼を得ることができたのだ。
「クイーンビーよ、我々がこうしてワイバーンを倒し、あなた方を助けたのは、他でもない、友好関係を結びたいと願っているからだ」
リアは、誠意を込めて語りかけた。彼女の言葉は、クイーンビーに直接届いた。
「友好、か。信じよう。お前たちの望みを聞こう。何を求める?」
リアは、大きく息を吸い込んだ。ここからが、本当の交渉だ。
「我らが領地は、あなた方がマナの結晶樹から生み出す、高品質なはちみつを必要としている。我々は、あなた方のはちみつを、安定的に、そして適正な対価を支払って、仕入れたい」
クイーンビーは、リアの言葉を理解したようだ。しばしの沈黙が流れる。
そして、クイーンビーから、再び魔力の波動が送られてきた。
「なるほど。お前たちは、我らがはちみつを求めるか。ならば、我らの願いも聞いてもらおうか。」
「喜んで! あなたの願いは、何ですか?」
リアは、前のめりになって尋ねる。
「我らは、この『マナの泉』の力を利用して、より良質なはちみつを生み出したい。そのためには、この泉を、ワイバーンや他の魔物から守る必要がある。」
「護衛ですね! それは、我々の得意とするところです!」
リアは、胸を張って答える。
「そして、もう一つ。我らは、新しい巣を作るために、安全な場所を求めている。この泉だけでは不十分だ。お前たちの領地の中に、安全な場所を提供してもらえないか。」
その言葉に、リアは驚きを隠せない。クイーンビーは、領地内に巣を作りたいと望んでいる。それは、御屋形さまの、はちみつ安定供給という願いを、完全に叶えることになる。
「クイーンビーよ、我々の領地に巣を移すことを、御屋形さまに進言しよう。きっと、喜んでくれるはずだ。」
「そうか。では、契約成立だ。お前たちの護衛と、新しい営巣場所の提供。その対価として、我らがはちみつを、お前たちに提供しよう。」
クイーンビーの言葉に、リアの胸は高鳴った。任務成功だ。いや、それ以上の成果だ。
「承知いたしました! 遊撃魔道中隊が、あなた方と、マナの泉を、他の魔物から守ります!」
リアは、深々と頭を下げた。
こうして、遊撃魔道中隊とミツバチの魔物、そして御屋形さまの領地は、はちみつを巡る、新たな共存の時代を築き始めたのだった。




