西初級ダンジョン(4)
翌朝、第三中隊長クレアの率いる第三中隊は、第一階層を通過し、第二階層への入り口下階段から、第二階層の様子を伺っていた。
「温度とヒュージスライムの生き残りに注意。突入する。」
昨日ゴーレム隊が作成した地図を元に、第二階層を慎重に進んでいく。奥には第三階層への下階段が見えてきた。
第二階層の奥深く、クレアの部隊はついに第三階層へと続く下り階段にたどり着いた。
「第二階層異常なし、会敵なし」
中央指令テントへの報告を終え、クレアは部下に第三階層への突入を命じた。階段を降りていくと、空気は一層冷たく湿り気を帯び、壁を伝う水の滴る音が静寂に響く。視界が開けた先に広がるのは、薄暗い岩の広間だ。
クレアは周囲を注意深く見渡す。すると、遠方の岩陰に潜む、中型犬ほどの大きさの魔物が目に入った。赤茶色の硬そうな鱗に覆われたその姿は、まるで地を這う小さな竜のようだ。
「サラマンダーリザード発見」
クレアは小声で部隊に警告を発した。
「数は?一体だけか?」
部下の一人が問う。
「いや、違う。あそこにもいるぞ」
別の部下が、岩の隙間から覗く同様の魔物を発見した。一匹、また一匹と、その数は次第に増えていく。広間のあちこちに、サラマンダーリザードの赤茶色の鱗が点々と確認できた。
「全員、静かに。奴らの鱗は硬いものの、剣や魔法で十分貫通できる。だが、尻尾による打撃攻撃には注意しろ。特に太い尻尾は危険だ。」
クレアは冷静に指示を出す。部隊は一斉に武器を構え、その手に力がこもる。不意打ちをかけるか、それとも正面から突破するか。クレアはしばし考え、決断を下した。
「よし、このまま慎重に進む。見つからないように、一人ずつ岩陰に隠れながら進め。」
彼女の指示に従い、第三中隊は再び静かに、そして慎重に、魔物の潜む広間を突破しようと試みた。しかし、その時、一人の隊員が足を滑らせ、岩を一つ崩してしまう。ガラガラと大きな音が広間に響き渡り、静寂は破られた。
「クソッ!」
クレアが舌打ちした瞬間、岩陰に潜んでいた全てのサラマンダーリザードが、一斉に彼らのほうを向いた。そして、その口から小さな火炎弾を放ち始めた。
「散開!迎撃開始!」
クレアの叫びと共に、第三中隊は炎と鱗の魔物との激しい戦闘に突入した。
「いいぞ!そのまま押し込め!」
クレアの号令が、火炎弾と剣戟の飛び交う広間に響き渡る。サラマンダーリザードの火炎弾は、第三中隊の装備する頑強な金属製の盾には全く歯が立たなかった。火球が盾にぶつかるたびに、甲高い金属音が響くものの、隊員たちはびくともせず、その堅牢な守りを維持する。
「隊長!奴らの尻尾攻撃、意外と速いです!」
一人の隊員が、危うく太い尻尾の打撃をかわしながら叫んだ。クレアはすぐさま返事をする。
「わかっている!側面から回り込め!一撃で仕留めろ!」
第三中隊の隊員たちは、指示通りに素早く動いた。二人がかりで盾を構え、サラマンダーリザードの注意を惹きつけ、その隙にもう一人が側面からロングソードを突き立てる。剣先は、硬い鱗をいとも簡単に貫き、サラマンダーリザードは苦悶の叫びを上げて絶命した。
一匹、また一匹と、サラマンダーリザードの数が減っていく。広間は次第に静まり返り、焦げ付いた岩と、魔物の亡骸だけが残された。
「よし、戦闘終了!負傷者はいないか?」
クレアの問いかけに、隊員たちは各々、無事であることを確認し合う。
「異常なし!全員無事です!」
報告を聞き、クレアは安堵の息をついた。予想外の会敵だったが、被害なく突破できたことは大きい。彼女は再び第三階層への下り階段に目を向けた。
「この先、何が待ち受けているかわからない。だが、この調子なら…」
クレアは静かに呟く。第三中隊は、再び陣形を組み直し、さらに深く、暗いダンジョンへと足を踏み入れていった。
第三階層をマッピングしながら、慎重に歩みを進めていく。所々にてサラマンダーリザードと戦闘に入るが、損耗少なく撃退していった。
「最奥です。下り階段は見当たりません」
斥候を務めていた隊員が、静まり返った声でクレアに報告する。クレアは眉をひそめ、広間の奥へと進んだ。第三階層をくまなくマッピングしながら進んできたが、その地図の最奥には、何も描かれていなかったのだ。
第二大隊の西初級ダンジョン調査は、以上で終了した。中央指令テントに戻った第三中隊を皆が出迎える。
「クレア、肩透かしだったな」
第一大隊の担当した東初級ダンジョンからは、次のダンジョンの手がかりであろう古ぼけた鍵が見つかったと聞いている。まあ、類推しても仕方ないところだが。
「よし、第二大隊は帰投する」
クレアは、第二大隊長ライアスの言葉に頷き、部下たちに帰投の準備を命じた。テントを出るクレアは、ダンジョンの入り口を睨む。
「…何だったんだ、あのダンジョンは…」
◆
「みつばちに遊ばれたんだって?」
クレアがニヤニヤしながら、からかうように言った。彼女の横には、ピカピカに磨かれた重装甲ゴーレムが鎮座している。
「うるさい! 遊ばれたわけじゃない! あれは……」
リアは、言葉に詰まった。ワイバーンとの死闘も、クイーンビーとの「交渉」も、話せば話すほど、奇妙な冒険譚に聞こえてしまう。
「はちみつの安定供給を任されたんだろ? 遊撃魔道中隊が、今度は御用聞きかよ」
クレアは、笑いをこらえきれないといった様子で肩を震わせた。彼女の言葉は、図星だった。
「違う! これは、我々が魔物と共存できるかという、領地の未来を左右する重要な任務だ! それに、今度はワイバーンからクイーンビーを守る護衛任務も加わったんだ!」
リアは必死に反論する。しかし、クレアはますます面白そうに笑った。
「そうか、そうか。大変な任務だな、リア。ワイバーンを倒して、クイーンビーに媚を売るのか。そっちの方がよっぽど難しいだろうな」
クレアの言葉に、リアは何も言い返せなかった。確かに、その通りだ。戦うことは得意でも、交渉は苦手だ。しかも、相手は魔物。
「まあ、頑張れよ。もし、はちみつが手に入ったら、少し分けてくれよな。俺たちのゴーレムの動力源に混ぜると、燃費が良くなるって噂だぜ」
クレアは、そう言って、ゴーレムの訓練に戻っていった。
◆
第二大隊がダンジョンから帰投して数日が経った。短期間の休養を終え、彼らは再び日常の訓練へと戻っていた。しかし、その訓練は以前とは少し違っていた。御屋形さまから、新型の重装甲ゴーレムが配備されたのだ。
「うおっ、すげえ!」
訓練場に並んだゴーレムは、これまでのゴーレムとは一線を画していた。ずんぐりとした旧式とは異なり、無駄を削ぎ落とした流線型のフォルム。そして、全身を覆う黒光りする装甲は、まるで巨大な甲虫のようにも見える。
「皆、よく聞け!この新型ゴーレムは、これまでのものとは違う。出力も段違いで細かな連携も要求される。慎重に慣らし運転を行え!」
第二大隊員は、配備された新型の重装甲ゴーレムのエージングを行いながら初級ダンジョンでの失敗を踏まえ、次の出撃への備えを行っていくのだった。




