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32歳、人生リセット、ただし異世界で  作者: トール
二章 自治都市への基盤

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遊撃魔道中隊の受難

 コン、コン、コン


 リアは、逸る気持ちを振り払うかのように、堅い樫材製のドアをノックした。


「遊撃魔道中隊長リア、入ります」


「入室を許可する」



 御屋形さまの指令室は、いつもながら静謐な空気に満ちていた。磨き抜かれた床には、夕日が差し込み、御屋形さまの座る重厚な机の影を長く落としている。御屋形さまは、私が入室しても顔を上げず、机に広げられた地図をじっと見つめている。


「御屋形さま、遊撃魔道中隊長リア、参りました」


 私は一歩進み出て、背筋を伸ばして敬礼した。革のブーツが床に響く。

 すると、御屋形さまはゆっくりと顔を上げた。その鋭い眼差しに射抜かれ、私はごくりと唾を飲み込む。

「よく来た、リア。座りなさい」

 御屋形さまはそう言うと、地図の隣に置かれた羊皮紙を指さした。


「本日、我らの領地を脅かす新たな報告が届いた。この地図の、この地点だ」

 御屋形さまの指が、地図上のとある場所に向けられる。そこは、魔物の森として知られる危険な場所だった。

「どうやら、最近森の奥で不穏な動きがあるようだ。そなたの魔道中隊には、この脅威を調査してもらいたい。だが、無理はするなよ」

「承知いたしました。ですが、一体どのような脅威なのでしょうか?」

「まだ詳しいことはわからぬ。だが、複数の偵察隊が森の奥で未知の魔力反応を感知した。これまで経験したことのない、異質なものだそうだ」


 御屋形さまの言葉に、私の胸は高鳴る。未知の脅威。それは、私の魔道中隊の腕の見せ所だ。

「御屋形さま、この任務、必ずや完遂してみせます」

「うむ。期待しているぞ、リア」


 私は一礼し、指令室を後にした。ドアを閉め、深呼吸をする。

「遊撃魔道中隊長リア、出撃!」

 私は、仲間たちの待つ訓練場へ向けて駆け出した。



「どうだ、カッコイイだろう?」


 クレアは、ニヤニヤしながら私にそう言った。彼女の第二大隊は、新開発の重装甲ゴーレムを訓練場に並べていた。装甲の厚みと、威圧感のあるシルエットは、確かに目を引く。しかし、私の自慢は、そんな重鈍な代物ではない。


「ふん、そんなノロマなゴーレム、私のスピーダーバイクの敵じゃないさ」


 私は、自分の愛機に跨り、クレアに向かって言い放つ。風を切り裂く流線型のボディと、魔力炉から発せられる淡い光は、見る者の心を躍らせる。


「遊撃魔道中隊は、3つの小隊編成。専属の通信兵はまだいない。だが、私たちには偵察ゴーレムがいる。そして何より、この速度と機動性! これこそが、私たちの最大の武器だ!」


 クレアは肩をすくめて、つまらなさそうに言った。


「まぁ、無事に帰ってこいよ、リア」


 私は彼女の言葉を背中に受けながら、部下たちに目を向けた。10人の隊員たちが、各自のスピーダーバイクに跨り、私の一言を待っている。彼らの瞳は、期待と少しの緊張で輝いていた。


「本日、遊撃魔道中隊は初出撃する! 訓練通り行えば何の心配もいらない。偵察ゴーレムからの情報を各自確認しているか?」


「はいっ!!」


 隊員たちの返事が、訓練場に響き渡る。御屋形さまから受けた任務を思い出し、私は右手を高々と掲げた。


「遊撃魔道中隊!発進!!」


 私の号令と共に、10機のスピーダーバイクが一斉に滑空を開始した。風を切り裂く音が、耳を劈く。地上に広がる景色が、あっという間に遠ざかっていく。


 眼下には、緑豊かな森が広がっている。しかし、偵察ゴーレムからの情報では、この森の奥で未知の魔力反応が確認されている。


「隊長、森の奥で魔力の揺らぎを感知!」


 先頭を飛んでいた隊員が、魔道通信機で報告してきた。


 いよいよだ。私は、スピーダーバイクのアクセルをさらに踏み込んだ。


「よし、このまま森の奥へと突入する!」


 私達を待つ未知の脅威とは、一体何なのか。私の胸は高鳴っていた。


 ◆


 巨大な「マナの結晶樹」が、まるで生きているかのように脈打っている。否、よく見ると、樹の幹に張り付いた何かが激しく体を振動させているのだ。その震動は樹全体を揺さぶり、マナの結晶をキラキラと音を立てて落としている。


「何だ?あれは?」


 リアは、スピーダーバイクをホバリングさせながら、双眼鏡でその物体を覗き込む。


「隊長、偵察ゴーレムからの追加情報です! あれは、ミツバチの魔物です! どうやら、分巣のために、集合している模様!」


 部下からの報告に、リアは驚きを隠せない。ミツバチの魔物は、通常は温厚な魔物だ。だが、分巣の時期になると、新しい女王蜂を中心に群れを成し、新たな巣を探し回る。


「くそっ、厄介な時期に来てしまったな」


 リアは舌打ちをした。偵察ゴーレムからの報告は、ミツバチの魔物が群生していることを伝えていた。温厚な魔物とはいえ、分巣のために集結しているとなると話は別だ。彼らが攻撃的になるのは時間の問題だろう。正面から戦って無傷で済む相手ではない。


「全隊に告ぐ! 第一小隊、第二小隊は、着陸して、中央指令テントの設営! 第三小隊は、御屋形さまに報告! 各自散開せよ!」


 リアは即座に命令を下した。スピーダーバイクをホバリングさせたままでは、この数の魔物に対応するのは難しい。敵の行動パターンを観察し、安全な場所から指示を出す必要がある。そして、何よりも重要なのは、御屋形さまへの状況報告だ。


 隊員たちは命令に従い、即座に散開した。

 第一小隊と第二小隊は、マナの結晶樹から距離を取り、慎重にスピーダーバイクを着陸させていく。彼らは慣れた手つきで、魔法陣を展開し、指令テントの設営を開始した。


 一方、第三小隊は、隊長であるリアを追従し、高度を上げていく。彼らの任務は、この異常事態を御屋形さまに伝えること。専属の通信兵がいない今、彼らが直接戻って報告するしかない。


 リアは、第三小隊の隊員たちに視線を向けた。

「頼んだぞ! くれぐれも無茶はするな!」

「はい! 隊長!」

 第三小隊の面々は敬礼すると、来た道を戻っていった。


 リアは一人、マナの結晶樹をホバリングしながら見つめる。無数のミツバチの魔物が、幹に張り付いたまま、不気味な振動を続けている。

「これは、ただの分巣ではないかもしれない……」


 彼女の胸に、嫌な予感がよぎった。御屋形さまが言っていた「異質な魔力反応」とは、これのことなのだろうか。


「何か、おかしい……」


 リアは、さらに高度を下げ、魔物たちを観察し始めた。すると、奇妙なものが目に留まった。ミツバチの魔物たちが固まっている中心部分から、薄紫色の光が漏れ出しているのだ。


「これは、何だ!?」


 リアは双眼鏡を覗き込み、その光の正体を見極めようとする。その光は、マナの結晶樹とは異なる、不穏な魔力を放っていた。


 ◆


 指令室の前庭に、第三小隊のスピーダーバイクが着陸した。埃を払い、隊員たちは緊張した面持ちで、指令室の扉が開くのを待つ。やがて、重厚な扉が開き、御屋形さまが静かに姿を現した。その隣には、首席補佐官なのだろうか、普段見かけない美人の姿もあった。


「報告、ご苦労であった」


 御屋形さまの言葉に、第三小隊の面々は一斉に敬礼する。


「遊撃魔道中隊、第三小隊長、ただいま帰還いたしました。御屋形さまにおかれては、ご壮健にお過ごしでしょうか」


「うむ、元気だ。して、そなたたちが報告した『異質な魔力反応』とは、ミツバチの魔物、その中でもクイーンビーであろうかと?」


「はっ! その通りでございます。ミツバチに囲まれていて肉眼では確認できませんでしたが、あの反応の大きさはクイーンビーに間違いないかと。クイーンビーは、通常のミツバチとは比べ物にならない魔力を帯びており、このまま放置すれば、我々の領地に甚大な被害を及ぼす可能性があります」


 第三小隊長は、口早に状況を説明する。リアから託された使命を、完璧に果たそうと必死だ。しかし、御屋形さまの次の言葉は、彼らの予想を遥かに超えるものだった。


「クイーンビーの存在を確認後、それとコンタクトを取れ。目的は、はちみつの安定的仕入れだ。」


 その言葉に、第三小隊の面々は、唖然として顔を見合わせた。

「え…? はちみつ、でございますか?」


 第三小隊長は、信じられないという表情で聞き返す。

「そうだ。あのマナの結晶樹は、良質なマナを吸収し、極めて高品質なはちみつを生み出す。それは、我らが領地の貴重な財源となる」


 御屋形さまは、淡々と続ける。

「クイーンビーを刺激してはならない。破壊するのではなく、交渉によって、我々との友好関係を築くのだ。それが、そなたたちの新たな使命だ」


 隊員たちは、呆然として立ち尽くした。自分たちは、命がけで戦う覚悟で戻ってきたのだ。しかし、与えられた使命は「交渉」。しかも、相手は「魔物」だ。

 第三小隊長は、ようやく事態を飲み込み、戸惑いながらも、御屋形さまに敬礼した。


「はっ、承知いたしました。我々、第三小隊、必ずや御屋形さまのご期待に応えてみせます」


 御屋形さまは、満足そうに頷くと、再び指令室の奥へと消えていった。


 第三小隊の面々は、その場に残された。

「おい、聞いたか? はちみつの安定的仕入れだってさ」

「冗談だろ……俺たち、いったい何しに戻ってきたんだ?」


 困惑と呆れの入り混じった声が、飛び交う。しかし、彼らは皆、悟っていた。この突拍子もない指令が、御屋形さまの真意であること。

 そして、自分たちの新たな任務は、戦うことではなく、「話し合うこと」なのだと。


 第三小隊長は、静かにスピーダーバイクに跨った。

「行くぞ、みんな。今度は、リア隊長と合流して、一緒にハチミツを仕入れに行くんだ」


 隊員たちは、笑いながらも、どこか引き締まった表情で頷いた。

 彼らのスピーダーバイクが、再び空へと舞い上がる。向かうは、マナの結晶樹が輝く森の奥。

 未知なる魔物との「交渉」という、前代未聞の任務を帯びて。



 この時ほど自分の運命を呪ったことはない。


 ミツバチの群れをなんとかかわし、ホバリングしながら様子をうかがっていたリアは、第三小隊からの通信を受け取り、耳を疑った。


「クイーンビーと交渉をする……? はちみつを安く仕入れるために、魔物と交渉しろだと!?」


 彼女は天高く叫んだ。


「どうやるんだぁぁぁぁぁ!」


 空中に響き渡る絶叫。その声は、森の奥深くにいる仲間たちにも届いただろうか。

 どうやって交渉するのか? 言葉は通じるのか? それとも身振り手振りか? それ以前に、どうやってクイーンビーに近づけばいい? 警戒して、魔力弾を浴びせられたらどうする?


 リアの頭の中は、一瞬にして疑問符で埋め尽くされた。

 遊撃魔道中隊長として、これまで数々の訓練を重ねてきた。魔物の群れを殲滅する魔法絨毯爆撃訓練、空中でのドッグファイト訓練、時には高高度の輸送訓練も行った。しかし、魔物と交渉するなんて前代未聞だ。


「まさか、これが御屋形さまのいう『異質な魔力反応』だったというのか……? いや、そんな馬鹿な!」


 リアは混乱し、頭をかきむしる。

「こんなことなら、クレアの重装甲ゴーレムの方がよっぽど役に立ったじゃないか! 交渉なんて、一体どんな訓練をすればできるようになるんだ!」


 彼女はスピーダーバイクの上で、天を仰いだ。

 目の前には、未だマナの結晶樹に固着し、不気味な震動を続けるクイーンビーと、無数のミツバチの魔物たち。


「くっそー! こうなったら、やってやる!」


 リアは覚悟を決めた。たとえ無謀な任務でも、それが御屋形さまの命令だ。それに、交渉という新たな試みは、遊撃魔道中隊の存在意義を広げるチャンスかもしれない。


「全隊に告ぐ! 交渉を開始する! 第一小隊、第二小隊は、偵察ゴーレムを飛ばし、安全なルートを確保せよ! そして、第三小隊と合流し、全員で『交渉作戦』に備えろ!」


 リアは、クイーンビーに向かって、ゆっくりとスピーダーバイクを近づけていく。

「いいか、交渉は力じゃない! 誠意だ! とりあえず、はちみつを舐めさせてもらえないか、お願いしてみるか……」


 彼女は、はちみつをこっそり持ち帰るために、隊員に指示を出していたことを思い出した。

「くそっ、本当にどうなるんだ、この作戦は……」


 リアの新たな戦いが、今、始まった。


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