西初級ダンジョン(3)
第二大隊長ライアスは、中央指令テントのテーブルに広げられた地図を前に、静かに作戦を練っていた。地図には、第一中隊と第二中隊が命がけで持ち帰った、第一階層と未完成の第二階層の情報が細かく書き込まれている。魔物の生息域、罠の位置、そして隠された通路……それら一つひとつが、血と汗の結晶だ。
テントに集まった中隊長たちに目を向ける。第一中隊長のハンス、第二中隊長のジョン、そして第三中隊長のクレア。どの顔にも、疲労の色は見えない。
「スライムの体は、斬撃や刺突に弱いが、打撃属性の攻撃には強い耐性を持つ。しかし、第一中隊のウォーハンマーとメイスは、特殊な加工によりスライムに通用した。」
彼は、第一中隊の疲労度と第二中隊の損耗を気にかけつつも、冷静に状況を分析する。そして、スライムの弱点に言及した。
「スライムの弱点は、炎だ。ここは、火属性魔法使いに出番を依頼しよう。」
火属性ゴーレムの炎で焼き払い、雷属性の痺れるような攻撃で動きを封じるのだ。
「御屋形さまに、火ゴーレムと雷ゴーレムの出動依頼を」
第二大隊長ライアスは、静かに言葉を続けた。
「魔物との戦闘で消耗した第一中隊、第二中隊は、しばらく後方で待機する。魔物との戦闘経験の浅い第三中隊は、斥候として第一階層、第二階層への入り口付近の討伐を行い、ゴーレムの露払いとなる。」
疲労を考慮した部隊配置だ。ゴーレム到着後、第三中隊が第二階層の情報を持ち帰れば、残りの部隊は無理に進入せず、次の作戦を練ることができる。慎重かつ大胆な、ライアスらしい采配だった。
「これは第二中隊長ジョンからの進言だが、第二階層は上り坂が続く。そのため、魔物たちは下から来る攻撃に警戒していない可能性がある。奇襲を仕掛けるなら、地下からが効果的だろう。」
ジョンは、地形を利用した奇襲作戦を提案した。
「火炎ゴーレムと雷ゴーレムは、御屋形様の元から借りることができた。この2体で、第二階層を焼き払い、麻痺させる。」
「いいだろう。作戦は決まった。」
ライアスは、力強く言い放った。彼の言葉には、一切の迷いがなかった。中隊長たちは、ライアスの決断に静かに頷く。
「火炎ゴーレムと雷ゴーレムは、第三中隊が持ち帰った情報をもとに、第二階層へと進撃させる。第三中隊は、ゴーレムが通り過ぎた後の第二階層の入り口を確保し、第一中隊と第二中隊の合流を待つ。」
ライアスの指示は、具体的で的確だった。ゴーレムの力で敵を圧倒し、その間に部隊を安全に進軍させる。そして、疲労している部隊を後方に配置し、無理のない作戦を立てている。
「ハンス、ジョン、クレア。諸君らの働きに期待する。全軍、これより作戦を開始する!」
ライアスは、地図から顔を上げ、三人の顔を一人ひとり見つめた。その瞳には、勝利への確信が宿っていた。ハンス、ジョン、クレアは、ライアスの言葉に力強く頷き、各自の持ち場へと散っていく。
静寂に包まれたテントの中で、ライアスは再び地図を広げ、次の段階の作戦を練り始めた。彼の脳裏には、既に第二階層の最深部、そしてさらにその先の階層へと続く道筋が描かれていた。この男は、常に二歩、三歩先を見据えていた。
◆
テントの外に、計24体の火炎ゴーレムと雷ゴーレムが整列していた。
壮観である。
頭一つ大きな火炎ゴーレムが、首をかしげてライアスの号令を待っていた。
「よし!ゴーレム隊全体進め。巨大なスライムを焼き尽くせ!!」
「ゴオオオー、バリバリバリーー」
第三中隊の先導で、24体のゴーレムが第二階層入り口から侵入していく。火炎ゴーレムと雷ゴーレムが、第二階層に生息するヒュージスライムを焼き尽くしていく。熱と雷撃が交互に放たれ、強靭なスライムの体もたちまち黒焦げとなり、小さく弾ける。
ヒュージスライムは、通常のスライムの倍以上もの大きさを持つ。その巨体は、炎と雷の魔力にも強い耐性を持つと思われていたが、二体のゴーレムの連携攻撃の前には、無力だった。
第二中隊長のジョンは、遠くからその光景を眺めていた。彼の顔に、安堵の色はない。
「ヒュージスライムは、第二階層でも最も厄介な魔物だ。だが、ゴーレムの力を借りれば、簡単に討伐できる。これで、第二階層の探索は、かなり楽になるだろう。」
彼は、ライアスの采配に改めて感嘆した。ゴーレムを率いるライアス大隊長の冷静な判断が、部隊の損耗を防ぎ、作戦を成功に導いている。
「第三中隊の報告です。無事に第二階層の入り口に到着しましたが、第二階層は灼熱の熱風のため、進行できません。」
ライアスは、ただ静かに頷くだけだった。この事態は、彼の想定内だったのだろう。火炎ゴーレムが放つ猛烈な炎と、雷ゴーレムの電撃によって、第二階層の気温は急激に上昇した。このままでは、人間が内部に進むことは不可能だ。
「わかった。第二階層平定後、すべての部隊は撤収。中央指令テントへ戻れ。」
ライアスは、予想外の事態にも動じず、冷静に次の指示を出した。ゴーレムによる掃討が完了し、魔物の脅威が取り除かれれば、熱風も時間とともに収まるはずだ。今は無理に進軍せず、一度体制を立て直すのが最善だと判断したのだ。
ライアスの判断に、誰も異論を唱えなかった。彼の采配は常に正確で、無駄な犠牲を出さない。それは、部下たちからの深い信頼の証だった。
各中隊長が持ち場に戻り、ゴーレム隊をテントへと帰還させる。灼熱の熱風が吹き荒れる第二階層の入り口には、もはや人影はなかった。ただ、遠くから聞こえるゴーレムたちの活動音と、焦げ付くような硫黄の匂いが、掃討作戦の成功を物語っていた。
そして、思いがけない僥倖である。ゴーレム部隊が第二階層をマッピングしていた。
第二階層平定後、すべての部隊は中央指令テントへ撤収した。灼熱の熱風が収まり、ライアスが再び部隊を率いて第二階層へ向かうのは、数日後のことになるだろう。




