新たな世界の夜明け
…意識を失っていた?
どれくらい、時がたったのだろう。
ずきずきと痛む頭から記憶を振り絞って、昨夜のことを思い出す。
「落雷に打たれたのか?」
瞼の裏に、眩い光が差し込んでくるのを感じた。夜の闇は消え、世界は朝の光に満ちていた。身体を起こそうとすると、全身が鉛のように重く、鈍い痛みが走る。
最後に見た夜空は、どこにもなかった。俺は、見慣れない森の中で、大木に背を預けて座っていた。周りには、見たこともないほど巨大な木々が天を衝くように生い茂っている。足元の草木は、見慣れない色をしていた。緑ではなく、青や紫がかった葉が、微かに光を放っている。
ぼんやりと周囲を見渡しながら、数分なのか、数時間なのか、それとも、一夜にして全く別の場所に運ばれてきたのか、わからなかった。あの雷鳴と閃光が、俺の人生の何を変えてしまったのだろうか。
頭の奥がズキズキと痛み、昨夜の光景がフラッシュバックする。あの女性の声は、ただの幻聴だったのか?それとも、この場所へ導く声だったのか?
俺はゆっくりと立ち上がった。全身の節々が軋み、筋肉が悲鳴を上げていたが、不思議と大きな怪我はないようだった。見知らぬ森の中、光を放つ青い葉が朝露に濡れてキラキラと輝いている。遠くから、聞いたこともない鳥の鳴き声が聞こえた。それは、まるで金属が擦れるような、不気味な音だった。
俺は、深い霧に覆われた獣道を、ゆっくりと歩き始めた。この道がどこに続いているのかはわからない。しかし、このまま立ち尽くしているわけにはいかなかった。
◆
歩き始めて数分、足元の落ち葉をかき分けながら進んでいると、何かが足に当たった。拾い上げてみると、それは黒い金属製の棒だった。落雷を受けたかのように表面が炭化しているが、奇妙なことに熱は感じない。手に取った瞬間、微かな静電気が指先を痺れさせ、黒い棒の先端から青白い光が放たれた。まるで、遠雷の力を宿しているかのようだった。
「これは、いったい……。」
その黒い棒を、俺は右手に構えた。重いはずなのに、不思議と軽やかに扱える。何度か素振りをすると、ヒュッと風を切る音がして、次いで、ギィンと空気が震えるような甲高い音と共に、棒の先端から青白い閃光が走った。それはただの棒ではないと、痺れる指先と胸の高鳴りが俺に告げていた。
その時だった。
木々のざわめきが、ぴたりと止む。鳥の鳴き声も消え、あたりを支配するのは、不自然なほどの静寂。それは、まるで世界が息をひそめているかのような、身の毛もよだつ静けさだった。
俺は、ごくりと唾を飲み込む。
先方のブッシュから、ゆっくりと魔物が姿を現す。
小型の人型の魔物、ゴブリンだ。鼻や耳が尖っていて、目つきが悪いし醜い。右手にこん棒を握っているのが見える。ゴブリンもこちらに気づいたようだ。
「グギギッ」と声に出すゴブリン。
声も醜悪だ。仲間に何かを伝えたのだろうか。いや、どうやら単独行動らしい。
――他の物音や叫び声は聞こえない。
お互い少しずつ距離を縮めていき、少しずつ様子がわかってくる。緑色の肌をして、身長百五十センチメートルと俺と同程度の身長のようだ。さっきはもっと大きく見えたのだが。
ゴブリンはゆっくりとこちらに近づき、俺の警戒心を試すかのように、こん棒をゆっくりと構えた。俺もまた、黒い棒を握り直す。互いに無言で、数歩ずつ距離を詰めていく。
先に動いたのはゴブリンだった。醜悪な顔を歪ませ、唸り声を上げると同時に、こん棒を振り上げて突進してきた。その動きは意外にも素早く、アスファルトの上を走るのとは違う、しなやかさがあった。
俺は、黒棒を右手に持ち替え、正面に構えた。すると、棒の先端から青白い稲妻がほとばしる。稲妻はまるで意思を持つかのように、ゴブリンのこん棒に吸い寄せられた。
ガキンッ!
金属がぶつかるような甲高い音が森に響き渡る。だが、ぶつかったのは俺の黒棒とゴブリンのこん棒ではない。稲妻がゴブリンのこん棒を砕き、そのままゴブリンの腕を貫いていた。
ゴブリンは悲鳴をあげる暇もなく、その場に崩れ落ちる。
頭部が爆散する。
血飛沫と肉片が、まるで黒い雨のように周囲に降り注いだ。俺は、全身に浴びたそれを、ただ茫然と見つめていた。人型を殺めたはずなのに、罪悪感や恐怖といった感情が湧いてこない。本来ならば吐き気を催すような光景にも、不思議なほどの冷静さが俺の体を支配していた。それが、元の世界の自分ではない、新たな自分へと変貌していくことを示しているようで、背筋に冷たいものが走った。
新たな自分。それは、ゴブリンの命を奪ったことに対して、何の感情も抱かない自分。俺は無意識に、右手の黒い棒を握りしめていた。掌に微かに残る静電気が、まるで俺の心を映しているようだった。
「これは……」
ゴブリンの死体から、淡い光の粒が立ち上り、黒い棒へと吸い込まれていく。それは、まるで餌を求めるかのように貪欲に、そして素早く。光が完全に吸収された後、棒の先端の青白い光は、先ほどよりも一層強く輝いていた。その光は、俺の体にも温かな力を流し込む。
肉体の鈍い痛みが、少しずつ和らいでいく。軋んでいた関節が滑らかになり、鉛のように重かった足も、軽くなっていた。まるで、ゴブリンの命が俺の力となったかのようだ。
この棒は、生き物の命を糧に、俺を強化する?
その考えが脳裏をよぎった瞬間、恐怖よりも、深い好奇心が俺の心を占めた。この力は、元の世界ではあり得ないものだ。この力を手に入れた俺は、もう元の世界には戻れないかもしれない。だが、この得体の知れない森の中で生き残るには、この力を理解し、使いこなすしかない。
俺は獣道をさらに奥へと進んだ。足元に残された血痕が、まるで俺の進むべき道を示しているかのようだった。遠くから聞こえてきた鳥の鳴き声は、再び静寂の中に消えている。だが、俺の心はもう、恐怖に震えることはなかった。むしろ、次に何が待ち受けているのか、期待に胸が高鳴っていた。この「新たな世界」で、俺は一体何者になるのだろうか。




