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32歳、人生リセット、ただし異世界で  作者: kkitarx78
二章 自治都市への基盤
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慙愧のする貴族社会

 そのバルザックが「上物」と呼んだ奴隷は、単なる奴隷ではなかった。彼女の名は、アリア。


 仮の拠点に戻った俺は、必要に駆られて、この世界の貴族たちの醜い情報を彼女から集め始めることとした。


 アリアは、その美しい顔に悲しい影を落としながら、静かに話し始める。


「私の故郷は、北にあるローゼリア王国の首都、シルヴァネスです。父は、王都に屋敷を構える子爵でしたが、政治的な陰謀に巻き込まれ、家は取り潰しになりました。私と母、そして姉妹は……」


 彼女はそこで言葉を詰まらせ、俯いてしまう。


「…私だけが、バルザック商会に売られたのです。父の友人だった商人を通じて、身の安全のためだと聞かされていましたが、結局はこうして奴隷として…」


 アリアは涙をこぼしながらも、気丈に続ける。


「シルヴァネスは、豊かな魔法技術と交易で知られる大都市です。王都には、王立図書館があり、希少な魔法書や歴史書が収蔵されています。貴族の子供は皆、幼い頃から専門の教師に読み書きや貴族としての作法を学び、魔法の才能があれば、王立魔術学院でその力を伸ばすことができます」



 彼女の話から、アリアが単なる貴族令嬢ではなく、高度な教育を受けた聡明な女性であることが改めて確認できた。彼女の故郷であるシルヴァネスの情報は、今後の事業拡大において、重要な手がかりになるかもしれない。名も知らぬ北山脈の向こうには、ローゼリア王国という国があり、その首都はシルヴァネスだという。


 そして、その都で、吐き気を催すような貴族たちの権謀術数が渦巻いていた。アリアの家族は、そのどす黒い駆け引きに巻き込まれ、不幸に見舞われたのだ。


 彼女の流した涙は、ただの悲しみではなかった。それは、自らの意思ではどうすることもできなかった、残酷な運命に対する絶望の涙だ。そして、その涙の奥には、貴族社会の醜い闇が広がっている。


 この異世界の中世初期、あるいは盛期にあたる文化水準や自然科学のレベル、第一次産業には、俺はほとんど関心を惹かれなかった。前世で得た大宇宙時代の知識に比べれば、あまりにも未熟で、退屈にすら感じられたからだ。


 強いて興味を持つとすれば、スパイス系の調味料の存在だったが、今のところその情報は得られていない。食文化におけるスパイスの役割は、食料の保存や風味の向上だけでなく、薬草としての側面も持っている。もしこの世界で価値あるスパイスを見つけられれば、前世界と同様の食文化に繋がり得るだろう。


 もう一つ、異世界もののテンプレで冒険者ギルドのギルドカードの仕様についても興味があった。あのカードには、その世界共通の銀行カードとしての機能があるものも珍しくはなかった。冒険者ギルドがギルドカードを通じて、銀行業務を行っているとすれば、信用創造は、少し困ったことになるかもしれない。


 いずれにしても、アリアの救済や、彼女の家族を陥れた貴族たちへの復讐に手を貸すつもりはない。彼女には、跳ねる小鹿商会の窓口となり、バルザック商会との取引窓口やエト村との折衝窓口となり、俺の手足となって活躍してもらうこととしよう。俺自身が表に出るリスクを減らすことができるのは、大きな利点だろう。


 またアリアを拠点に、この異世界での人材を育成する拠点にしても良いかもしれない。貴族としての教育は、ただ単に作法だけでなく、読み書き、計算、歴史、法律など、商人として必要な多くの知識を含んでいるだろう。彼女を教師として、事業を手伝わせることで、未来の事業拡大を支える人材を育てることができるだろう。



「貴女には、まずはバルザック商会との取引窓口とエト村との折衝窓口を務めてもらう。」


 俺の言葉に、アリアは静かに顔を上げた。その瞳には、まだ悲しみの影が残っていたが、そこに揺るぎない決意の光が宿ったのを、俺は見逃さなかった。彼女は頷き、そして初めて、奴隷ではない一人の人間として、言葉を返してきた。


「承知いたしました。ご期待に沿えるよう、努めます。」


 その声は、震えていなかった。むしろ、貴族令嬢として培ってきた気品と、逆境を乗り越えてきた強さが感じられた。俺は満足して頷いた。これで、俺の事業の最初の「駒」が揃った。


 翌日、俺はアリアと共に、この世界の商売の基本を叩き込み始めた。


「貴族としての教養は、商人にとって最高の武器だ。読み書き、計算、歴史、そして法律…これらは全て、交渉の場で相手を出し抜くための道具になる。」


 アリアは、俺の言葉を一言も聞き漏らさないように、真剣な表情でノートに書き留めていく。彼女が学ぶ速さは驚くほどだった。俺が前世の知識から断片的に語る信用創造や複式簿記の概念にも、彼女は目を輝かせて食らいついてきた。



 最初の任務として、アリアはバルザック商会との新たな取引交渉に臨んだ。バルザック商会が提示してきたのは、この地域では珍しい、北のローゼリア王国から運ばれてきた織物だった。


「この織物は、シルヴァネスの流行を取り入れたものです。非常に高価ですが、需要は高いかと。」


 バルザック商会の担当者、ドレイクは、傲慢な笑みを浮かべていた。彼は、奴隷の身分に落ちた元貴族令嬢が、自分と対等に話すことに苛立ちを隠せないようだった。しかし、アリアは動じなかった。


「この織物の染料は、ローゼリア王国でも限られた地域でしか採取できない希少な薬草から作られていると聞きました。貴商会は、その独占権をお持ちなのですか?」


 アリアの問いに、ドレイクの表情が硬直する。彼の話には含まれていなかった、ローゼリア貴族社会の裏事情にまで踏み込んだ質問だったからだ。アリアは、バルザック商会の人間関係やローゼリア王国の交易ルートに関する情報を、彼女自身の記憶から引き出し、交渉に利用していたのだ。


 ドレイクは、思わぬ反撃に言葉を詰まらせた。アリアの背後には、彼が知らない、この世界の常識を遥かに超えた知識を持つ俺がいる。俺は、アリアを通して、バルザック商会が持つ情報の断片を抜き出し、この世界の経済システムを解析しようとしていた。


 一方、エト村との折衝も、アリアの冷静な判断力によって順調に進んでいた。彼女は村人たちに、ただの取引相手としてではなく、同じ人間として接した。


「この村の土地は肥沃です。もし、この作物を育てるための道具を揃えることができれば、収穫量はもっと増えるでしょう。」


 アリアの提案に、村人たちは驚きと戸惑いの表情を浮かべた。貴族令嬢が、自分たちの生活に真剣に向き合ってくれている。その真摯な姿勢に、村人たちは徐々に心を開き始めた。俺は、エト村の生産力向上こそが、事業拡大の最初のステップだと考えていた。アリアは、俺の意図を正確に理解し、行動に移していた。


 しかし、俺の興味は、村の生産力だけではなかった。俺は村の長老に、この地域の植生について尋ねた。


「この森には、不思議な実をつける木があるそうですね。食べた者は、熱を出して苦しむと聞きましたが…」


 長老は、その木を「呪いの木」と呼び、忌み嫌っていた。だが、俺の脳裏には、前世の知識が浮かび上がっていた。


 カブサイシン


 それは、この世界ではまだ知られていない、価値あるスパイスの存在を示唆していた。


 俺は、アリアを拠点として、この世界の経済システムに介入するための第一歩を踏み出した。彼女は俺の有能な手足となり、俺の頭脳は、この未熟な世界を征服するための青写真を、静かに描き始めていた。


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