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32歳、人生リセット、ただし異世界で  作者: kkitarx78
二章 自治都市への基盤
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東初級ダンジョン(2)

 第一大隊長ザックは、中央指令テントに広げられた第一階層の地図から視線を上げ、静かに口を開いた。


「第二中隊、ダンジョン第二層へ突入せよ」


 その声は、張り詰めた空気の中、テント内に響き渡る。


 待機していた第二中隊は、一斉に動き始めた。彼らの顔には、この日のために積み重ねてきた訓練の自信と、未知なる第二層への緊張が交錯している。


 ザックは彼らの後ろ姿を見送りながら、固く拳を握りしめる。第一階層の突破は、あくまで序章に過ぎない。この先の道は、さらに厳しさを増すだろう。


 第二中隊に託されたのは、ただの探索ではない。彼らはこの作戦の命運を握る、重要な鍵なのだ。


 第一大隊長ザックは、第二中隊長であるカインの肩を強く叩いた。


「魔物との会敵は慎重にな。報告を怠るな。」


 カインは静かに頷き、隊員たちを率いてダンジョン第二層へと続く暗闇の入り口に足を踏み入れた。ザックは彼らの姿が見えなくなるまで、ただじっとその場に立ち尽くしていた。


 彼の脳裏には、地図上にはない未知の脅威が広がっている。第二層の探索は、第一層よりも遥かに困難なものになるだろう。しかし、それでも彼らは進まなければならない。人類の未来を切り開くために。


 カイン中隊長が第二階層に足を踏み入れたとき、彼の胸には高揚感と、わずかな緊張が混じり合っていた。しかし、目の前に現れたのは、予測通り、そして教科書通りのコボルトの群れだった。


「犬のような姿をした人型魔物。素早い動きと、集団での連携が得意。道具を使いこなす知恵もある」


 彼の脳裏には、訓練で叩き込まれたコボルトの特徴が瞬時に蘇る。それは、まさに彼らが学ぶべき最初の壁だった。だが、カインは知っている。この群れは単なる練習台ではないことを。彼らは道具を使い、そして何よりも集団で襲いかかってくる。油断は死に繋がる。


「第二中隊、各員、戦闘態勢!」「通信兵は指令本部へ連絡を!」


 カインの鋭い号令がダンジョンに響き渡る。コボルトの群れは、その声に反応するように一斉に唸り声を上げた。彼らの手には、錆びついた剣や粗末な棍棒が握られている。そして、その目は獲物を狙う獣のそれだった。


 これから始まるのは、ただの訓練ではない。経験と知識、そして何よりも互いの信頼が試される、本当の戦いだ。


 カインは剣を抜き放ち、その切っ先をコボルトの群れに向けた。ワクワクする気持ちは、もはや確固たる覚悟へと変わっていた。



 カイン達の装備している剣は、はがねのロングソードで、バランスが良く、攻撃と防御を両立できる。細かい動きや、素早い連撃に向いている。また、多種多様な敵に対応できる汎用性の高さを持つ。


「この程度の相手、訓練通りだ!」


 カインの叫びが、剣戟の音とコボルトたちの悲鳴に混じって響く。彼らは訓練で積み重ねた内容を忠実に守っていた。鋼のロングソードは、コボルトの粗末な装備を容易に打ち砕き、鋭い切っ先は彼らの隙間を的確に突く。


 コボルトの一匹が、カインに向かって素早く飛びかかってきた。しかし、カインは冷静だった。彼は一歩横にステップし、その勢いをかわすと同時に、剣を横に薙いだ。コボルトの胴体に深々と食い込んだ剣は、鮮血をまき散らしながら、一瞬でその命を奪う。


「第二小隊、右翼を制圧!」


 カインは的確に指示を飛ばし、戦況をコントロールする。彼の剣は、もはや武器ではなく、オーケストラの指揮棒のようだった。一振りするたびに、コボルトたちは崩れ落ち、彼の部下たちは無駄のない連携で、次々と敵を屠っていく。


 第二中隊の兵士たちは、互いの背中を預け、まるで一つの生き物のように動いた。彼らの剣が弧を描き、突きを繰り出すたびに、コボルトの群れは数を減らしていく。


「この調子なら、第二階層の魔物は問題なく進められそうだ」


 カインは安堵の息をつき、周囲を見渡した。まだ数は残っているが、戦局は圧倒的に彼らが優勢だ。


 訓練通りに進む戦闘に、カインは確かな手応えを感じていた。第二中隊は、教科書通りのコボルトの群れを次々と掃討していく。このままいけば、作戦は予定通り進むだろう。


 しかし、その安堵は次の瞬間、打ち破られることになる。


「第二中隊、警戒を怠るな!」


 カインの鋭い声が響く。彼の視線の先には、他のコボルトとは明らかに違う、一回り大きな個体がいた。そのコボルトは、まるで指揮官のように周囲の仲間へ指示を出している。手には、錆びた剣ではなく、より洗練された鋼の短剣が握られていた。


「第二小隊、右翼に注意!」


 カインの指示に、右翼を担当する第二小隊は素早く態勢を立て直す。しかし、そのコボルト指揮官は、第二小隊の動きを見透かしたかのように、別の方向へ指示を出した。すると、隠れていたコボルトたちが一斉に飛び出し、中隊の側面を突き崩そうと襲いかかった。


「ちっ…!側面を突かれた!」


 カインは焦りを覚えつつも、冷静に対応しようとする。しかし、コボルト指揮官はさらに予想外の行動に出た。彼は持っていた短剣を掲げ、甲高い咆哮を上げた。すると、それまで攻撃に徹していたコボルトたちが、一斉に後方へと退き始めたのだ。


「何っ……?」


 カインが呆然と見守る中、コボルトの群れは、まるで訓練された兵士のように、瞬く間に第二層の暗闇へと姿を消した。残されたのは、血の匂いと、倒れたコボルトの骸だけだった。


「撤退だと…?コボルトが…?」


 第二中隊の兵士たちも、何が起こったのか理解できずに立ち尽くしている。コボルトは、基本的に死ぬまで戦うはずだ。こんな統率の取れた撤退は、前例がない。


 カインは、再び剣を抜き放ち、周囲を警戒しながら進み始めた。


「全員、気を緩めるな!これは…ただの魔物じゃない!」「通信兵は指令本部に報告!」


 彼の胸に去来するのは、勝利の安堵ではない。未知なる敵、その知性にカインは戦慄していた。第二階層のダンジョンは、彼が想像していた以上に、深く、そして危険な場所なのかもしれない。


「第二中隊、指令本部より通達だ。敵指揮官に留意しつつ、第二階層の探索を続行せよとのことだ」


 カインは無線機からの指示を復唱し、隊員たちに伝えた。彼らの顔には、再び緊張感が走る。先の戦闘で、彼らはこのダンジョンが、これまで知っていた訓練場とは全く違うことを痛感したばかりだった。


「隊長…本当に、このまま進むんですか?」


 一人の隊員が、不安げな声で尋ねた。


「当然だ。我々の任務は第二階層の探索。それに、あの指揮官がいるということは、この先にもっと厄介な奴がいるということだ」


 カインはそう答えると、鋼のロングソードを構え、再び先頭に立った。


(こんなところで臆している暇はない。指令本部は、俺たちの力量を信じて、この任務を託してくれたんだ。期待に応えなければ)


 彼の心は、不安よりも、未知の敵に立ち向かう決意に満ちていた。このダンジョンは、ただの魔物の住処ではない。知恵を持つ敵との、知的な戦場なのだ。


「いいか、全員聞け!」


 カインは、深呼吸をしてから、全員がはっきりと聞き取れるように声を張り上げた。


「これまでの訓練は、あくまで基本だ。この先の戦いは、俺たちの知識と、何よりもお互いの信頼が試される。敵の動きをよく見ろ。報告を怠るな。そして、決して孤立するな!」


 彼の言葉に、隊員たちの顔つきが変わる。恐怖は、確固たる決意へと変わった。彼らは、目の前の暗闇が、ただの通路ではないことを知っている。


「第二中隊、進め!」


 カインの号令と共に、彼らは再び歩き出した。一歩一歩、慎重に、そして力強く。彼らの持つ鋼のロングソードは、第二階層の暗闇の中で、かすかに光を反射していた。



「ちっ、まだいたのか!」


 カインは、突然横穴から飛び出してきたコボルトを、はがねのロングソードで一閃した。その動きは迷いがなく、的確に敵の心臓を貫く。


「不意打ちに十分注意を払え!」


 彼はそう叫び、隊員たちの集中力を高める。コボルト指揮官の存在は、彼らにとって新たな戦訓となった。単純な力比べではなく、知恵比べがこのダンジョンでは求められる。


「隊長!右の通路にもコボルトがいます!」


 斥候を務めていた隊員が報告する。カインは、その言葉を聞くと、素早く地図を取り出した。彼の脳裏には、第一大隊長ザックから渡されたダンジョンの概略図が蘇る。


(この通路の先は、行き止まりのはず…)


「第二小隊、右の通路へ。ただし、深追いはするな!」


 カインは指示を飛ばし、自らは左の通路へと向かう。彼の直感は、このダンジョンが、彼らが知るすべての常識を覆そうとしていることを告げていた。そして、その直感は、すぐに現実のものとなる。


 彼が左の通路を進むと、そこには隠された部屋があった。部屋の中央には、巨大な水晶が鈍い光を放っている。そして、その水晶の周りを、数匹のコボルトたちが守るように立っていた。


「これが…!第二階層の未知の脅威か!」


 カインは、思わず声を漏らす。その水晶からは、おぞましい魔力が放たれており、この部屋全体が、まるで一つの生命体のように脈動している。


 カインは剣を構え、部屋の中へと足を踏み入れた。この水晶こそが、コボルト指揮官の力の源であり、この第二階層の謎を解く鍵だと、彼は直感した。


「総員、装備確認。体制を整えろ。突撃準備。コボルトの数は多くはない!」


 カインの決意に満ちた号令が、部屋に響き渡る。隊員たちは、一瞬の躊躇もなく、カインの指示に従った。彼らはそれぞれの腰から予備のポーションや投擲ナイフを取り出し、はがねのロングソードを改めて握り直す。緊張感が、部屋を満たす。


「第一小隊、正面から突撃。コボルトの注意を引け。第二小隊は左右に回り込み、側面から攻撃だ!」


 カインは、自ら剣を構え、第一小隊の先頭に立つ。彼の目は、巨大な水晶とその周りを守るコボルトたちをしっかりと捉えている。数は少ないが、油断はできない。


「行くぞ!」


 彼の短い叫び声と共に、第一小隊が突撃を開始した。怒涛の勢いで突き進む彼らに、コボルトたちは怯むことなく、迎え撃つべく武器を構える。


 剣戟の音が、部屋中に響き渡る。カインのロングソードは、訓練で培われた技を存分に発揮し、次々とコボルトを打ち倒していく。しかし、コボルトたちも、ただの雑兵ではなかった。彼らは、統率の取れた動きで、第二小隊の側面攻撃を警戒し、連携してカインたちを翻弄しようとする。


 それでも、第二中隊の兵士たちの訓練された動きは、コボルトのそれを上回っていた。一人、また一人と、コボルトたちが倒れていく。そして、ついに、部屋を守っていたコボルトが全滅した。


「よし…!水晶を破壊する!」


 カインは、鋼のロングソードを掲げ、水晶に向かって駆け出した。その刀身に魔力が集束し、一気に輝きを増していく。彼の剣が水晶に触れた瞬間、それは砕け散り、部屋に満ちていたおぞましい魔力は、霧散していく。


 水晶が砕け散ると同時に、第二階層全体から、どこか安堵したような空気が流れ込んだ。この水晶が、コボルトたちを狂気に駆り立て、統率させていたのだろう。


 カインは、砕け散った水晶の欠片を拾い上げ、通信兵に報告を命じた。


「指令本部へ。第二階層の未知の脅威、その正体は魔力を持つ水晶と、それに操られたコボルトの群れであったことを報告します。水晶は破壊しました。以降、探索を続行します」


 彼の声は、疲労の中にも、確固たる勝利の響きを帯びていた。この勝利は、ただの魔物掃討ではない。未知の脅威を乗り越え、第二中隊が、真の部隊として成長した証だった。


「第二中隊、指令本部より通達!第二階層のマッピングを終え、帰還されたし!」


 通信兵の興奮した声が、静まり返った通路に響き渡る。


 カインは、その言葉を聞いて、安堵の息を吐いた。彼の顔には、疲労と、達成感が入り混じっていた。


「全員、よくやった。これにて任務完了だ。帰還するぞ!」


 彼の号令に、隊員たちの間に歓声が上がった。彼らは、互いの健闘をたたえ合い、肩を叩き合う。


 長い戦いだった。


 コボルト指揮官との知的な駆け引き、そして、未知の水晶との遭遇。それは、彼らがこれまでの訓練で学んだことのすべてを試される戦いだった。だが、彼らはそれに打ち勝ち、見事に任務を遂行した。


「隊長…」


 一人の隊員が、尊敬の眼差しでカインを見つめる。


「俺たち、やりましたね」


 その言葉に、カインは静かに頷いた。


「ああ。これも、皆の連携と、この剣のおかげだ」


 彼は、愛用の鋼のロングソードを鞘に収めながら言った。この剣は、ただの武器ではない。彼らの成長と、信頼の証だ。


 第二中隊は、来た道を戻り始める。彼らの足取りは、来た時よりも遥かに力強く、そして自信に満ち溢れていた。第二階層の暗闇は、もう彼らにとって、未知の脅威ではない。それは、彼らの成長の軌跡を刻んだ、誇り高き戦場だった。


 彼らの帰還は、単なる作戦の成功を意味するものではない。それは、ダンジョン攻略における新たな一歩であり、人類の未来を切り開く、確かな前進なのだ。


 そして、その中心には、一回りも二回りも大きくなった、若き中隊長カインと、彼が率いる第二中隊の姿があった。


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