奴隷
その後、俺は何度かアロンが村長を務めるエト村を訪れ、食糧の小麦や肉を卸した。残念ながら、精巧な金属製の道具や高級ブランデーは、村の経済状況から取引には至らなかった。
取引を通して、エト村がクレメンス子爵の領地内にあり、近くには領主の代理人が統治する比較的大きな町、グランデルがあることがわかった。
俺の仮拠点とエト村との交易を本格的に進めるには、グランデルに出入りする商人の馬車をこちらに呼び寄せる必要があった。だが、森に住む『浮浪児』という身分では、町に入るのは難しい。
そこで、俺はアロン村長との関係をさらに深めることにした。これまでの食糧に加え、質の良い木材や薬草、鉄などの鉱物を追加して取引を重ねる。村の生活向上に役立つ物資を継続的に供給することで、俺は村にとって必要不可欠な存在となり、アロン村長も俺に信頼を寄せるようになった。この信頼を背景に、グランデルの商人との仲介を頼むことにした。
その機会はすぐに訪れた。グランデルの商人がエト村へ出張取引に来るという話を聞き、アロン村長に仲介を依頼したのだ。彼は快く承諾してくれ、商人がエト村へ来た際に直接交渉する場を設けてくれた。
交渉当日、俺はアロン村長の紹介で商人と対面した。相手は町の有力商人、バルザックという男だった。俺は身分を隠し、森で手に入れた珍しい物資や、クレメンス子爵の領地では手に入りにくい上質な品々を提示した。バルザックは俺が提供する品物の希少性と品質に驚き、交渉はスムーズに進んだ。
交渉の最後に、俺は今回の取引で最も重要な目的を切り出した。
「私が仕入れたいのは、奴隷です」
バルザックは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに興味を抱いた。
「ほう、お前さんのような者が奴隷を? いったい何に使う?」
俺は答えた。
「労働力としてだけでなく、護衛や情報収集など、多目的に利用できる者を探しています。特に、希少なスキルを持つ者や、使い込みの激しい奴隷を安く引き取りたい」
バルザックはにやりと笑った。彼は多くの奴隷を抱えており、使い道のない者や、不都合な者を処分するのに困っていたらしい。俺の提案は、彼にとって都合のいい取引だったのだ。
こうして俺は、バルザックとの間で奴隷取引を開始した。初回は、怪我で使い物にならなくなった元冒険者や、反抗的な態度をとった奴隷を数名引き取った。
俺は引き取った奴隷たちを、仮拠点に連れて行った。彼らのスキルや能力を見極め、それぞれの役割を与える。
元冒険者:周辺の森の探索、情報収集、護衛役、仮拠点の防衛
斥候:情報収集、領土の地図作成
鍛冶師や職人:拠点内で道具や武器を生産
奴隷たちを訓練し、統率することで、俺は徐々に『浮浪児』から『森の支配者』へと変貌していく。そして、手に入れた情報と力を使い、グランデル、ひいてはクレメンス子爵の領地全体に影響力を及ぼしていくことになるだろう。
この情報網のおかげで、俺はグランデルの町の情報をほぼリアルタイムで把握できるようになった。しかし、俺はグランデルの町を支配したいわけではない。自由な思想を広める新たな共同体を作り、自治都市を築くことだ。そのためには、誰も手出しできないほどの、特別な力が必要だ。魔法や錬金術を極めれば、軍事、経済、医療……あらゆる分野で絶大な力を持つことができるはずだ。
その後、バルザックに『お得意様』と判断されたのだろう、彼はたびたび”そういう”奴隷を引き連れてエト村へ取引に来るようになった。俺はエト村に連絡員を配置し、バルザックの来村を把握しては取引に応じた。
◆
もう何度目かのバルザックとの取引だった。
「子爵代理人のハーマンが、お前さんのブランデーとウィスキーを気に入ったようだ」
俺がバルザックを通じて市場に流す高品質な品々が、やがてグランデルの権力者たちの耳目を集めるようになった。特にクレメンス子爵の代理人であるハーマンは、その出所不明な酒類の価値をいち早く見抜いた。彼は、俺の力を自らの権力基盤を固めるために利用しようと画策し、バルザックを介して接触を図ろうとしていた。
ハーマンはバルザックを通じて、俺に自身の庇護下に入れば、グランデルでの安全とさらなる繁栄を約束すると持ちかけた。
「ふん、寝言は寝て言え」
俺はハーマンの言葉を鵜呑みにはしなかった。彼は俺を隷属させ、自由に使い倒したいだけなのだと見抜いていた。
こうして、俺はバルザックを介してハーマンが欲する希少な物資を戦略的に提供する一方で、自身の情報を一切漏らさなかった。この危険な駆け引きの中で、三者の思惑が密接に絡み合い、ハーマンもまた、姿の見えない俺の存在に警戒心を抱きつつも、その恩恵を捨てきれずにいた。三人の間には、それぞれの利害が一致している限り続く、危うい共存関係が築かれていくのだった。
封建的身分制度
貴族: 王族、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵といった爵位を持つ人々。広大な領地を支配し、軍事力や経済力を持ち、政治の中心を担います。冒険者は、しばしば貴族からの依頼を受けて、魔物討伐や外交交渉、失われた宝の探索などに従事します。
聖職者: 教会や神殿に属する人々で、神官や司祭などがこれにあたります。彼らは神聖な力(回復魔法や結界魔法など)を使い、人々の信仰を支えるとともに、政治にも大きな影響力を持つことがあります。冒険者パーティーに回復役として参加したり、情報を提供したりすることがあります。
騎士: 貴族に仕える戦士階級です。高い戦闘能力を持ち、王国の治安維持や領地の防衛を担います。冒険者は、騎士団と協力して大規模な魔物討伐に挑んだり、時にはライバルとして対立したりすることもあります。
平民: 冒険者、商人、農民、職人など、上記の階級に属さない人々の総称です。冒険者はこの階級に属することが多く、社会的地位は低いものの、実力次第で貴族や騎士からも一目置かれる存在になり得ます。
奴隷:奴隷は貴族や商人にとって重要な財産として扱われます。労働力、戦闘要員、時には嗜虐の対象として売買されます。奴隷を所有することが社会的な地位の象徴であることもあります。