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32歳、人生リセット、ただし異世界で  作者: トール
八章 春が来る前に

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アリア家族の奪還

 ノースミッドタワーのミーティングルーム。約束の1月7日、定刻の朝9時。主席補佐官アリアは、長い休暇を終え、その場に立っていた。彼女の身を包むのは、いつもの冷徹な軍服ではなく、簡素だが上質なローゼリア王国の衣装だったが、その背筋は、変わらず絶対的な規律を示していた。


「ただいま戻りました。御屋形さま」


 その声は凛としていたが、以前のような、鋼の剣のような冷たさはない。


「ご苦労様、では経過を聞こうか」


 トールの問いかけに、アリアは報告を開始した。だが、その言葉は、通常の事務報告とは一線を画していた。


「はい。まずは左遷されていた父アトレイズ子爵、奴隷として離れ離れになった母と二人の姉の居場所を探しました。父は宮廷の地下牢に今も幽閉されています。母と姉二人は、辺境伯の領地でメイドとして働いております。こちらも、実質、母屋に幽閉されています」


 家族の苦境を語る彼女の声は、深い悲しみを帯びていたが、その報告の確実さには、必ず救い出すという強い意志が感じられた。


 そして、報告の核心が語られる。


「続いて、将来の嫁ぎ先と考えていたシルヴァーグロウ子爵家を調査いたしました。わたくしの婚約者は、次男リアムさまとおっしゃいます」


 彼女はそこで、一瞬報告を中断した。その瞳に宿ったのは、無限の愛と光だった。


「リアムさまとは、つい先日、王宮の私室でお目通りがかないました」


 アリアは、誰に見られるわけでもないのに、両手を軽く、しかし熱を込めて握りしめた。そのわずかな仕草に、彼女がどれほどその人を大切に想い、この再会を魂の糧としていたかが、鮮烈に伝わってきた。いつもの冷徹で事務的なアリアは、そこにいなかった。いたのは、愛する男性と再会できた喜びでいっぱいの一人の女性だった。


 彼女の声は、高揚感と幸福感でかすかに震えていた。


「私は、奴隷に落ちる寸前に、彼に『必ず生き抜いて、あなたを迎えに行く』と、たった一通の手紙を送りました。彼は……彼は、私の手紙を今も大切に持っていてくださいました」


 その言葉一つ一つが、彼女の心に咲いた情熱の花弁のように、ミーティングルームに舞った。彼女の瞳は、再会の奇跡を映し出し、まるで太陽の光を浴びた宝石のように輝いていた。


「その後、シルヴァーグロウ子爵とお会いし、これまでの経緯をすべてお話ししました。子爵さまは、わたくしを温かく迎えてくださいました」


 彼女の報告は、事務的な事実の羅列を超えていた。それは、愛する人に受け入れられ、家族の絆を取り戻しつつある女性の、幸福の告白だった。そこには、王国の行政効率よりも、一人の女性の幸せが溢れ出し、トールにもその温かさが伝わってくるようだった。

 アリアの、愛する人との再会と、家族の苦境を報告する情熱的な報告を聞き終えた俺は、心底から安堵した。


「そうか、それはよかった」


 俺は、アリアが個人の幸福を手に入れたことと、彼女がゼノクラシア王国に戻ってくるという二重の喜びを噛みしめた。しかし、感傷に浸っている暇はない。ここからが本番、すなわち行政効率の最大化だ。


「で、アリアはどうしたいんだ?」


 俺の問いかけに、アリアは真剣な顔つきに戻った。


「はい、お父さまを政治的な陰謀に巻き込み、子爵家を取り潰させた張本人は、まだ証拠が足りず手出しできません。が、父母姉たちを救出して、また一緒に暮らせたらと……」


「じゃあ、こっち(ゼノクラシア)に連れておいでよ」


 俺は、即断即決した。ここで家族の救出というSランク任務を達成させ、彼女に何の憂いもなく働いてもらうのが最善策だ。


「よろしいのですか?」


 アリアは、その許可が信じられないといった様子で、目を丸くした。


「もちろん。ローゼリア王国では、領地もなかったようだし、身の潔白を証明しても、居場所がないよね。ならば、ここで俺の手伝いを、心おきなくしてほしいなぁ」


 俺の提案は、人道主義と労働力確保という、二つの合理的なベクトルが完全に合致したものだった。


「御屋形さま、ありがとうございます」


 アリアは、深く頭を下げた。俺は、核心を突く質問を続けた。


「アリア自身は、どうする? 婚約者と離れるのか?」


 アリアは、再び頬を赤らめ、目を伏せた。


「わたくしは、リアムさまと一緒ならば、どこへでも……」


「ならば、決まりだな」


 俺は、天啓を得たかのように声を上げた。


「二人もこっちで生活基盤を持てばいい。もう、君たちの今の生活水準を、ローゼリアの貧しい爵位のために下げられないでしょ!!」


(この国の安定は、アリアの頭脳にかかっている。彼女の生活基盤と、婚約者の生活基盤を最高レベルで保障することこそ、最高の投資だ!)


 俺は、自分の論理の完璧さに満足した。アリアの幸福と、ゼノクラシア王国の行政効率が、完全に一体化したのだ。


「はい、御屋形さま、ありがとうございます!」


 満面の笑顔で感謝を述べるアリアを見て、俺は思わず心の中で呟いた。


(アリア、それはこっちのセリフだよ)


 俺は、俺の描いたとおりに動きそうな主席補佐官の可愛らしい様子を見て、しみじみと感心しきりだった。「愛する人と一緒なら、どこへでも」という、その献身的な愛の力は、核融合のエネルギーにも匹敵する恐ろしいモチベーションだ。


(惚れた男って凄いな。リアム殿には、感謝状と高速機動型MDプラスの最新モデルでも贈るべきか)


 こうして、ゼノクラシア王国は、最高の知性と最強の愛の力を、完全に手に入れたのだった。


「では、早速アリア家族大集合作戦だ」


 俺は、ホログラムテーブルに広がるローゼリア王国の地図を指さし、決断を宣言した。


「三か所同時かな? リアム殿のところとお父さまのところとお母さまのところと。マザー、演算して!」


 俺の軽い調子の指令に対し、中央管制ゴーレムマザーは一瞬で思考を収束させ、ホログラムテーブルの光を戦術的なオレンジ色に変えた。


「はい。では、三か所同時作戦を説明させていただきます」


 マザーの静かな声が響くと同時に、アリアは椅子の背もたれから体を離し、完全に軍事補佐官の姿勢に戻った。先ほどまでの婚約者への愛を語る一人の女性の表情は、完全に消え失せていた。彼女の瞳は、ホログラムに表示された作戦図を一瞬たりとも見逃すまいと、鋭い光を宿していた。


 ミーティングルームに映し出された三次元ホログラムには、ローゼリア王国の三つの重要地点が、閃光とともに点滅していた。首都の旧宮廷地下牢、辺境伯領の隔離された屋敷、そしてシルヴァーグロウ子爵家の王都私邸。


 マザーは、無駄な感情を一切排除した、効率の極致たる作戦計画を読み上げた。


「目標は三地点。作戦開始時刻をローゼリアの現地時間で『協定世界時Tプラス1400』に設定。全MDプラス部隊は、この時間差を完全に吸収します」


 アリアの視線は、まず「父アトレイズ子爵」が幽閉されている旧宮廷地下牢の深度と、その警備ドローンの配置を分析するホログラムに注がれた。彼女は、口元を固く結び、脳内で警備シフトの盲点を瞬時に割り出している。


「地下牢への侵入は、高機動型ゴーレムによる壁面熱溶融突破を提案します。熱痕跡はわずか0.003秒で消滅。子爵の救出完了は侵入から120秒以内を目標とします」


 続いて、マザーは「母と姉二人」がいる辺境伯領の遠隔地に焦点を移した。


「辺境伯領の目標地点は、敵地より480km離れています。高速機動型MDプラスを搭載したステルス輸送機を投入。輸送機は高々度を維持し、離脱時にのみMDプラスを投下、目標の回収を行います。アリア補佐官の家族は、いかなる接触も行わず、そのまま我が国へ即時移送されます」


 この時、アリアは静かに頷いた。彼女にとって、家族の安全確保が何よりも優先される。私的な感情を介入させず、最も合理的で安全な「回収」を受け入れたのだ。


 最後に、マザーは「婚約者リアム」の待つ王都私邸へと焦点を移した。


「リアム氏の地点は、最もリスクが低い。交渉専門のバルザック商会特別派遣員が、子爵との円滑な合意に基づき、彼の安全な輸送を担当します。MDプラスの介入は不要です。リアム氏は、民間航空機で安全に出国します」


 マザーの立てた作戦は、軍事力、ステルス技術、そしてバルザック商会の非情な外交力を、三地点で最適に組み合わせた、完璧なグランドデザインだった。


 アリアは、一連の作戦説明を終えたマザーに向かって、静かに、しかし力強い声で応じた。


「承知いたしました。作戦の精度は99.999%と判断します。作戦開始を承認します。御屋形さま、家族の回収完了時刻をもって、わたくしは完全に主席補佐官の職務に復帰させていただきます」


 彼女の横顔には、家族への深い愛情と、それを守り抜くためのプロフェッショナルな冷徹さが同居していた。彼女は、個人の戦いを、王国の最重要任務として実行に移す覚悟を決めたのだった。



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