ある人物たちのリスト
ザック男爵領となって最初の日。第一中隊長オズワルは、朝から晩まで王宮外の活動に奔走していた。その任務は、戦犯捕縛でもドローン監視でもなく、炊き出しへの避難民の誘導、臨時治療院への案内、そして絶え間なく到着する物資搬入車の誘導という、泥臭いロジスティクス業務だった。
「はい、そこの牛乳樽を先に下ろして! 次はパンだ! 炊き出しのゴーレムの熱源は確認したか!」
オズワルは、軍人としての規律と、人道支援の混乱との間で、完全に疲弊していた。
そこへ、一人の男がニヤニヤと笑いながら顔を出した。バルザック商会の、見るからにやり手の若手だ。彼は、清潔なスーツ姿で、周囲の泥と混乱から浮き上がっていた。
「へへっ、オズワルさん、いい話をもってきましたよ」
オズワルは鼻白んだ。
「ふん、こっちは猫の手も借りたいくらいなんだ。つまらない話なら容赦しないぞ」
彼は、バルザック商会が持ち込む話には、裏に必ず不当な利益が隠れていることを知っていた。
「だいたい、バルザック商会が儲かる話だろうが!」
「いえいえ、それがオズワルさんにも大いに関係のある話です」
若手は、自信満々の笑顔で言い放った。その胡散臭い笑顔に、オズワルは苛立ちを隠せない。
「早く言え!」
「はい、このザック男爵領をくまなく回りまして、国勢調査と領都ザックランドでの作業員募集をいたしました。そのついでに、適齢女性のリストアップをしました」
オズワルは、一瞬何を言われたのか理解できなかった。作業員募集と、適齢女性?
「なんの適齢だ?」
オズワルが眉をひそめて問いただすと、若手は待ってましたとばかりに、右手にひらひらと舞う一枚の紙を揺らした。
「もちろん、結婚適齢期ですよ、オズワルさん!」
若手は、ウィンク一つと共に、紙をオズワルの目の前に突きつけた。そこには、『ザック男爵領・適齢未婚女性(生産性評価付き)』という、悪趣味極まりないタイトルが踊っているように見えた。
オズワルの目の前には、飢えた避難民を誘導する人道的な現実と、最新の市場調査を駆使した「花嫁リスト」という、あまりにも奇妙な二つの光景が重なった。
(俺は今、人道支援の最前線にいるんだぞ! なのに、目の前のこいつは、俺に見合い写真のリストを見せているのか!?)
オズワルは、怒りを通り越して困惑した。男爵からの「子作り指令」は承知しているが、まさかバルザック商会が、それを最優先の商品として取り扱っているとは!
オズワルは、その紙に触れることもできず、戸惑いと羞恥心で顔を真っ赤にするしかなかった。彼は、領主としての責務と一軍人としてのプライドが、バルザックの胡散臭い商魂によって踏みにじられたことを痛感したのだった。
第一中隊長オズワルは、バルザック商会の若手から提示された「適齢未婚女性リスト」を前に、既に混乱の極みに達していた。彼は今、軍事作戦の延長線上にいるのではなく、婚活斡旋所の受付にいる気分だった。
若手は、オズワルの顔が羞恥と困惑で真っ赤になっているのを意にも介さず、さらに追い打ちをかけた。
「それと、こっちのリストは、今回南部地域から炊き出し隊としてバスに乗ってきてくれた皆さんのリストです」
若手は、もう一枚の紙をヒラヒラと翻した。その手つきは、まるで割引クーポンの束を自慢しているかのようだった。
「それは、何に使うんだ?」
オズワルは、もはや軍事的な思考が停止しており、純粋な疑問として尋ねた。炊き出し隊のリストなど、兵站部隊の管理対象であり、自分には関係ないはずだ。
「ですからね、中隊長さん」
若手は、オズワルを「ロマンスの機微が全く理解できない田舎者」だと断じるかのような、嘆息混じりの口調で説明を始めた。
「南部地域も、ご存知の通り壊滅的打撃を受けたわけですよ。そこで、うちの商会が『皆さんのために頑張ってくれた兵隊さんを慰労しに、バスツアーを組みました。いきたい方!』と募集したら、集まるわ集まるわ!」
オズワルの目が、絶望的に丸くなった。
「しかも、皆さん妙齢の女性陣ですからね。もうその気満々ですわ。炊き出しのサポートは建前で、本当の目的は、旦那探しですよ!」
若手は、人差し指でオズワルを指差した。
「つまりこのリストは、わざわざこちらに来てくれた、結婚意欲の極めて高い女性陣のリスト!中隊長さんの奥様候補の『第二の選択肢』として、優先度Sで提供させていただきます!」
オズワルは、二度目の赤面を、しかも羞恥心と憤怒が入り混じったハイブリッドな赤面を晒してしまった。彼の顔は、まるで過熱した核融合炉の炉心のように真っ赤だった。
(くそっ! バルザック商会は、国家の再建を「結婚バスツアー」という形で実行しているのか!? しかも、俺は、女性に群がられる獲物として、リストの優先度に入れられているだと!?)
オズワルは、背後の混乱した炊き出しの現場と、目の前の胡散臭い「お見合いリスト」の間で板挟みになり、もはやどちらが現実の戦場なのか分からなくなっていた。彼の軍人としてのプライドは、バルザック商人の恐るべき商魂によって、完全に打ち砕かれていたのだった。
バルザック商会の若手は、オズワル中隊長に「領地の適齢女性リスト」と「婚活バスツアーの女性リスト」という、二つの爆弾を押し付けたまま、颯爽と立ち去っていった。その足取りは軽く、まるで国家の命運ではなく、大量のチーズパンを売りさばいた後のようだった。
オズワルは、手元の二枚の紙を、まるで爆発物のように扱った。彼が赤面と憤怒で立ち尽くしている様子を、遠巻きに見ていた隊員たちが、好奇心に耐えきれず、わらわらと集まってきた。彼らの目は、リストの存在を察し、獲物を狙う野獣のようにギラついている。
「おいこら、だめだぞ。大隊長に報告してからだ」
オズワルは、リストが隊員たちの目に触れることの危険性を察知し、慌てて紙を軍服の胸ポケットに押し込んだ。
「はい!」
隊員たちは一度は従ったが、その場を離れようとしない。彼らの頭の中は、既に「嫁取り強制任務」という、前代未聞の国家命令でいっぱいだった。
オズワルは、この状況を収めるには、統制が必要だと判断した。彼は、リストを巡る秩序の崩壊を防ぐため、敢えて現実的なリスクを指摘した。
「いいか、皆」
オズワルは声を低くし、真剣な顔で言い聞かせた。
「このリストは、あくまでバルザック商会の市場調査の結果だ。これは、我々が選ぶためのものだと思え」
彼は、周囲にいる者たち全員の顔を見回した。
「ということはだ。ザックランドの酒場なんかでへべれけに酔っていたりすると、リスト外の、つまりバルカザック商会の調査外の女性に強引に話を持ち掛けられ、そのまま『男爵の命令』を盾に嵌められてしまうかもな」
オズワルは、「不測の事態での強引な既成事実化」という、最も恐ろしいシナリオを突きつけた。
「リスト外」という、バルザック商会の品質保証から外れた状況で、不可逆な結婚を強いられる可能性!
その瞬間、一部の隊員の顔がみるみるうちに青ざめていった。彼らは、MDプラスの高速移動や重装甲ゴーレムの操縦は完璧だが、女性問題とアルコールには極めて脆弱な者たちだった。
特に、第三小隊のノアは、毎週末、酒場で「俺は次期男爵領の精鋭だ!」と叫びながら、その辺の女性に熱効率の計算を語りかけていることで有名だった。
ノアは、「リスト外の女性に嵌められる恐怖」と「酒癖の悪さ」という、二重の恐怖に襲われ、顔面が白亜紀の化石のように硬直した。
「な、中隊長! ノアは、今日から禁酒します! そして、炊き出しの物資ゴーレムの整備に専念し、人目のつかない場所で生活します!」
「俺もだ! リストに載っている女性以外、半径百メートル以内には近づきません!」
オズワルは、兵士たちが「命懸けの戦闘」よりも「リスト外の結婚」に恐怖を感じ、酒を断つという驚くべき統制力を発揮したことに、複雑な勝利の笑みを浮かべたのだった。




