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32歳、人生リセット、ただし異世界で  作者: トール
八章 春が来る前に

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冷酷な戦争の終焉

 アルカディア王国の首都宮殿。情報洪水に溺れかかっていたザック大隊長の通信機に、ノースミッドタワーの主、御屋形さまからの返信が入った。その内容は、一瞬にして司令室の空気を絶対零度へと変えた。


「ザック。AもBもCも全員、処刑だ」


 あまりに簡潔で、あまりにも冷酷な言葉。ザックの背筋を、強烈な悪寒が駆け上がった。彼は、戦犯の身柄確保と財産の保全を完了させたばかりだ。その次の指令が、一切の情状酌量を許さない死刑宣告だとは、予想だにしなかった。


「御屋形さま……しかし、彼らは既に抵抗の意思を失い、国際法廷への移送を……」


 ザックが言葉を詰まらせると、通信の向こうから聞こえる御屋形さまの声は、普段の技術自慢の時のハイテンションとはかけ離れた、冷徹な響きを帯びていた。


「アルカディア王国は、アースガルド王国の口車に乗せられてしまったのだろう。だが、それは同情の余地を与える理由にはならない。彼らが我がグランベール王国の愛すべき国民を惨殺したという事実に、変わりはない」


 その言葉は、ザックの脳裏に、南部戦争で失われた数多の命と、破壊された街並みを鮮明に蘇らせた。復興を誓った王国の国民は、ただの数ではない。セレスティア女王陛下の「愛すべき国民」なのだ。


「戦犯は全員処刑だ。これ以上、彼らの処遇について時間を割く必要はない。それは、王国の威信であり、亡くなった国民への償いだ」


 トールは、効率と合理性を重んじる科学者であると同時に、王国の国民の怒りと悲しみを背負う、冷厳な支配者の顔を持っていた。彼の正義は、複雑な外交論や国際法の駆け引きよりも、「血には血を」という、単純だが揺るぎない復讐の原則に基づいていた。


 ザックは、静かに背筋を伸ばした。この冷酷な裁きこそが、御屋形さまが言う「正義」であり、新王国の秩序なのだ。


 彼は、捕縛された戦犯たちの顔を思い浮かべた。彼らに与えられるのは、技術的な処理としての死だ。感情的な報復ではない。王国の安定と未来の抑止力を確保するための、非情な手続きである。


 アルカディア王国の首都宮殿。ザック大隊長は、御屋形さまからの冷徹な「戦犯全員処刑」の指令を受け、顔から滑稽な混乱の色を完全に消し去り、法の剣としての鋼の意志を纏っていた。


「……承知いたしました。第一大隊、直ちに指令を実行します」


 ザックは通信を切断し、冷徹に部隊を見回した。


「但し、一般市民には手出し無用だ。彼らは我々の新しい臣民となる。理解したか?」


「はい!」


 静かで重い返事が、宮殿に響き渡る。


 その時、再び通信機が鳴った。ザックが緊張した面持ちで応答すると、御屋形さまの、まるで機嫌の良い子供のような声が響いた。


「ザック。辛かろう」


「い、いぇ。これも我が使命と考えております」


 ザックは、感情を押し殺して答えた。処刑という重責を前に、弱音を吐くことは許されない。


「よし、ザック。よくぞ申した」


 御屋形さまは、彼の言葉に満足したように声を弾ませた。そして、次の言葉は、ザックの脳髄を一撃でフリーズさせた。


「アルカディア王国は、ザックにやろう。男爵とする。以後は、ザック男爵領と名乗れ」


 ザックは、あまりの急展開と重すぎる褒美に、その場で立ち尽くしたままだった。彼の脳内の処理速度はゼロに落ち込み、「処刑」と「男爵」という単語が激しく衝突し、ショートを起こしていた。


 後ろに控えていた第一中隊長オズワルが、心配してザックの背中を肘で突いたが、なんの反応も返ってこない。


 御屋形さまの声は、さらに続いた。慈愛に満ちた、そして現実的すぎる響きだった。


「ザックよ。臣民を大事にしてくれ。もう、女子供しかいないんだ。畑を見れば、こことの違いは一目瞭然だろう。男手がないんだ」


 ザックは、ようやく「男爵」という現実を飲み込み、力なく「はい」と答えた。


 そして、御屋形さまの最終指令が、宮殿内の全隊員に向けて、大音量で響き渡った。


「よって、ザック大隊全員、そこで嫁を取れ! 子を成せ。以上」


 その瞬間、ザック大隊長以下、宮殿内にいた全隊員、そして後方支援の事務方までが、御屋形さまの「領地譲渡」と「強制的な子作り命令」という、前代未聞の任務を同時に耳にした。


 一瞬の、絶対的な沈黙。


 そして、その沈黙を切り裂いて、大歓声が宮殿を揺るがした。


「うおおおおおおおおおおお!!」


「男爵領だ! しかも強制結婚ですか、御屋形さま!」


「嫁取りだ! マザー! 優良な女性人材のリストをすぐに抽出しろ! 子作りの効率が、今後の昇進に響くぞ!」


 兵士たちは、先ほどまでの「法の剣」としての冷厳な表情を捨て去り、一斉に「子孫繁栄の騎士団」と化した。戦闘ゴーレムの重厚な車体が、喜びのあまり小刻みに揺れ、事務ゴーレムまでが祝福のビープ音を鳴らした。


 ザック大隊長は、依然として立ち尽くしたままだったが、その顔には「処刑の重圧」ではなく、「男爵領の責任」と「部下の暴走」という、新たな種類の頭痛が始まっていた。


 こうして、第一大隊は、「冷酷な断罪者」から、「愛と生産に勤しむ新しい領主」へと、歴史上最もコミカルな大転換を遂げたのだった。


 翌朝。アルカディア王国の旧首都は、もはやザック男爵領となっていた。宮殿前の広場には、昨日の炊き出しでわずかな希望を得た住民たちが、静まり返って集められていた。その視線は、宮殿のバルコニーに立つ人物に集中していた。


 そこに立つのは、第一大隊長から一夜でザック男爵となった男だ。隣には、彼が率いる第一中隊長オズワルが控えている。その背後には、重装甲ゴーレムが静かに配置され、そして上空には探索ドローンが冷徹な監視の目を光らせていた。


 ザックの顔は、昨日の処刑指令の重圧と、突然の領主としての責任によって、まるで彫像のように硬く引き締まっていた。彼の瞳には、感情の波は一切なく、ただゼノクラシア王国の秩序を打ち立てるという確固たる決意だけが宿っていた。


 彼は、国王の証である華美な衣装ではなく、ゼノクラシアの軍服を纏い、冷徹な統治者として、低く、しかし遠くまで響く声でお触れを読み上げた。


「本日をもって、この地は、ゼノクラシア王国、セレスティア女王陛下の統治下となった。新たな統治が、この地域に平和、安定、秩序をもたらすと約束する」


 そして、彼の声は、一切の揺らぎなく、新政権の骨子を打ち込んでいった。


「一つ。本日より、旧アルカディアの法はすべて無効となる。この地には、ゼノクラシア王国法を適用する」


 これは、過去の支配体制を完全に否定し、新しい正義が全てに優先することを意味する。


「一つ。住民の財産は、当面、新男爵である私のもとで管理する。これは、混乱と略奪を防ぎ、将来的な復興のための公平な分配を保証するためである」


 財産管理は、住民の生活基盤を掌握し、男爵の権威を絶対的なものにするための、最も重要な一歩だった。


「一つ。全住民は、セレスティア女王陛下、及び新男爵である私に対する忠誠を誓うこと。抵抗する者、秩序を乱す者には、厳罰を与える」


 彼の視線が、群衆の奥深くまで突き刺さる。その言葉には、「法の剣」としての冷たさが込められていた。


 そして、最も現実的で、希望の光となる条項が続いた。


「一つ。新男爵領の復興と安定のために、旧王国の兵士や役人の、能力に応じた再雇用を行う」


 これは、彼らを「敵」ではなく「臣民」として取り込むための、合理的かつ冷徹な宥和策だった。混乱に乗じた暴動を防ぎ、男手を必要とする領地の生産力を確保するための「支配者の手腕」が、そこに凝縮されていた。


 ザック新男爵の言葉は、この地に鉄の楔を打ち込むように響き渡った。彼の確固たる決意は、ゼノクラシア王国の威信と冷厳な正義を体現しており、新男爵領の住民たちは、新しい時代の到来を、その重圧をもって理解したのだった。





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