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32歳、人生リセット、ただし異世界で  作者: トール
八章 春が来る前に

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一方的な併合宣言

 中央指令本部で、ザック大隊長は目を疑った。僅か数時間前、敵地深くへと送り出したはずの三人の斥候、ヴァルター、フェルディナント、ジルベルトが、もう既に帰還していたのだ。彼らの背後で駆動する高速機動型MDプラスは、埃一つかぶっておらず、斥候たちはまるでコンビニの往復でもしたかのように、爽やかな顔で女王陛下の返信書簡を差し出した。


「大隊長。アルカディアの仮首都にて、書簡を確かに受け渡し、返信を『極めて速やかに』持ち帰りました」


「お疲れ様です! 帰りの道中で『平和の象徴』として、アルカディア軍に追跡を許しませんでした!」


 彼らの任務の軽さと報告の爽やかさに、ザックは頭痛を覚えた。


 その時、ザックの専用通信機が、甲高い音を立てて鳴り響いた。発信元は、もちろん御屋形さまだ。


 通信に出るや否や、俺の徹夜ハイがまだ抜けていない、若干テンションの高い声が響いた。


「ザック! 素晴らしい! 速いな、さすがMDプラスだ! さて、その返信内容次第では、女王陛下の代わりにザックに併合宣言をしてもらうからね」


 ザックは、手に持っていた斥候の報告書を落としそうになった。


(併合宣言だと!?)


 頭の中で、「戦後処理(汚れ仕事)」から「一方的併合宣言(国家消滅)」へと、任務の難易度が核融合炉の臨界点並みに跳ね上がった。これは、外交文書のやり取りではない。国家の地図を塗り替えるという、歴史の重責を一身に背負う任務だ。


 ザックの脳裏に、併合宣言の流れがフラッシュバックする。


 軍事占領:(我々が今いる場所だ)


 相手国の消滅:(この書簡で決まるかもしれない)


 一方的な併合宣言:(それを俺がやる!?)


 ザックは、突然の重責に顔を引き攣らせたが、すぐに持ち直した。


「この重責、御屋形さまの期待……確かに承りました!」


 彼は、緊張で震える声でそう応じた。


 ザックが重責を痛感している一方で、大隊の兵たちは、MDプラスと最新の空挺輸送機の前で、まるでピクニックの準備でもするかのように進軍準備を進めていた。


 彼らの会話は、ザックが感じている「国家の威信」や「外交の重み」とは、かけ離れたものだった。


「おい、ヴァルター。併合ってことは、敵地で新しい食料調達ルートが開拓されるってことだよな?」


「ああ、カイン中隊長から聞いたぞ。向こうの街には、美味いアルカディア風チーズパイがあるらしい。MDプラスの加速機能で、先に市場に到着した者が勝ちだ!」


「レイブン中隊長は、もうMDプラスの武装チェックを終えたぞ。あの人、『今回は敵が貧しすぎて、戦闘ではなく単なる威圧デモンストレーションで済むから暇だ』って笑ってたぜ」


 兵たちは、最新鋭のMDプラス(マナクリスタル・デバイス・プラス)と、重装甲ゴーレムという、絶対的な技術的優位性に頼り切っていた。彼らにとって、アルカディア王国はもはや軍事的な脅威ではなく、ただの「活動エリアの拡大」であり、「ローカルグルメの開拓地」でしかなかった。


 一方的な併合宣言の重みが、一人の大隊長にのしかかる中、兵士たちの間では、「併合後の駐屯地で、高性能ドローンを使って洗濯物を干す最適解」についての議論が白熱していた。


 ザックは、己の孤独な重責と、兵士たちのあまりにも能天気なハイテク依存との間で、胃をキリキリと痛めるのだった。


 中央指令本部。ザック大隊長は、斥候が持ち帰ったアルカディア王国の返信書簡を、高速で読み終えた。その顔に浮かんだのは、驚愕と、そして深い決意だった。


「よぉし、お前ら仕事だ!」


 彼は声を張り上げた。その声には、核融合王国の軍人が持つべき、技術的優位性と、正義の執行者としての使命感が満ちていた。


「返信書簡を確認したところ、敗戦国は白旗上げて降参だ! 全面降伏だ!」


 その場にいた兵士たちは、MDプラスの駆動音にも負けない静かな高揚感を覚えた。戦争は終わり、ゼノクラシアの時代が来たのだ。


「よって、我々の任務は、1つ、A級、B級ならびにC級戦犯の確保、全財産の保全。2つ目は、全土復興に向けての全国放送となる」


 ザック大隊長は、部隊員の顔を鋭く見回した。戦犯の捕縛という「法の剣」としての仕事と、全国放送という「支配の周知」を同時に行う。


「まずは、戦犯の捕縛だ。宮殿を貸借したのちに、牢屋へすべてご案内しろ。その後、家屋敷財産すべて差し押さえる」


 その時、ザックは、通信本部を抜けた背後の窓から、信じがたい光景を目にした。


 遠くの地平線から、まるで大移動のように、巨大な車列が連なって到着しつつあるのが見えた。先頭には、法務担当のゴーレムや、会計士、そしてバルザック商会の事務方を載せた後方支援の事務方部隊。そして、その後に続いていたのは、カラフルな塗装が施された超大型バスの集団――それは、巨大な鍋と調理器具を満載した人民炊き出し隊だった。


 戦犯の捕縛と、人民への炊き出しが、同じ時間に、同じ場所に到着する。


「御屋形さま……」


 ザックは、思わず天を仰いだ。


(ここまで見込んでいたのか!! 戦犯を確保し、宮殿を差し押さえる直後に、国民の胃袋と精神を掴む炊き出しを始める! 正義の執行と人道支援を同時展開だと!?)


 俺の徹夜ハイの無責任な指令の裏には、女王陛下のお茶会のための乾燥対策セットと同じくらいの熱量で計算された、緻密で恐るべき国家戦略があったのだ。


 この途方もないプレッシャーと、御屋形さまの先見の明(そして、炊き出しバスの鮮やかな色彩)に気圧されながらも、ザックは腹の底から声を振り絞った。


「よぉし、準備のできた中隊から出発だ! ネズミ一匹たりとも逃がすな! ただし、民間人には手出し無用だ! 彼らは我々の新しい国民になる。以上、作戦行動開始!!」


 ザック大隊長は、「戦争の清算」と「温かいスープの提供」という、人類史上最も奇妙な二重作戦の指揮官として、アルカディア王国の首都へと進軍を開始したのだった。


 アルカディア王国の首都制圧は、高速機動型MDプラスと重装甲ゴーレムの力により、「電撃占領作戦」どころか、まるで「高速宅配サービス」のようにあっという間に終了した。首都宮殿に入ったザック大隊長は、急造の中央司令室で、次々と寄せられる報告の津波に呑み込まれていた。


「大隊長!」


 第一中隊長オズワルが、興奮した面持ちで報告した。


「国王以下、ロイヤルファミリーの脱出先をMDプラスが襲撃、全員捕縛しました! 逃走に使おうとしていた馬車は、現在、弊隊の『炊き出し隊』の物資運搬に転用済みです!」


「宰相の家屋敷財産、および隠し財産没収完了! 彼の豪華なワインセラーは、我々が押収した『バラの香りの乾燥対策セット』の貯蔵庫として、一時的に使用します!」


「騎士団訓練施設無効化、占拠! 施設の地下からは、なぜか巨大なテディベアが発見されました。これも財産目録に組み入れます!」


 報告は、軍事機密から私有財産、さらには幼い女王の趣味にまで関連する、超高密度情報の連続だった。ザックは、既に容量オーバー寸前だった。


 その直後、後方支援を担う事務ゴーレムが、さらに領域外の情報を投下してきた。


「首都の炊き出し、順調です! アルカディア国民の士気、20%向上! 食料の力は偉大です!」


「国勢調査、人民台帳確保! グランダーリバー(※遠く東の河川)の水質調査完了、飲料可と判明!」


「アースガルド王国との国境線沿いに、停戦監視ラインを設置! 監視ドローン稼働中! 異常ありません!」


 ザックは、司令室のテーブルに突っ伏した。


(待て! 待ってくれ! ネズミ一匹も逃がすなという指令は出した! だが、水質調査やテディベアまで報告する必要があるのか!?)


 彼は、あまりにも完璧すぎる報告システムと、御屋形さまの「情報は全て共有」という思想によって、頭が沸騰寸前だった。


「誰か! 誰かこの報告をフィルタリングしてくれ! 炊き出しの順調さは素晴らしいが、グランダーリバーの水質は、今、俺が命を懸けて聞くべき情報じゃない!」


 ザック大隊長の意識は、戦犯の確保と水質検査とテディベアの情報が、彼の脳内で三角合併を起こし、完全にオーバーヒートしていた。彼は、「次席補佐官はまだ見つからない」という、ノースミッドタワーの孤独な王の嘆きを、この最前線で、身をもって痛感するのだった。






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