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第8話 へにゃりとした笑顔

「夏だー!」


模様替えの日、僕が一番元気な季節がやってきた。


体温が作れなくて、春先の肌寒さにも負ける僕にとって夏の温かさは助かるのだ。


……トカゲじゃないやい。


とはいえ、一番元気なのは実は朝だけ。


日差しにはふるぼっこにされるし?


クーラーでの温度差にも膝をつくし?


体温調整のほうもだめだめな僕にはいつだって過酷!


でも、おかげで寝起きは快調。


珍しく龍哉くんより早起きできたんだよね。


えへへ、朝焼けの中の龍哉くんの寝顔を堪能しちゃおう。


夏場でも、結局体温調整できない僕は龍哉くんに抱えて寝てもらわないといけない。


暑くない?って前に聞いたら、ひんやりしてて夏が一番助かるんだって。保冷剤かな?


じっと、静かに眠る龍哉くんのご尊顔を拝見する。


神様は神造形しなのだろうか。このままの彫刻できたら大金持ち間違いないだよ。


ちょっと整いすぎじゃないですかね、龍哉くんは!


火傷痕っていうつよつよオプション付きだ。勝てる気がしないね!


毎日負けっぱなしの僕が言うんだから間違いない。


「……ぁ、さほ……?」


珍しく寝ぼけてるー!


超レアだよ、かっわいー!!


「うん、おはよー龍哉くん」


あまりの可愛さに、へにゃりと顔が崩れる。


そしたら、いつも龍哉くんはほほを緩めて……。





そんな僕の予想は外れて。


「……っ!」


龍哉くんの表情が、引きつった。


引きつった顔は、余りにも悲しくて、つらくて。


今にも泣きだしそうだった。




……なん、で?


予想外の事態に、僕の顔も引きつる。


なんで、笑ってくれないの?


そう思った瞬間。僕の引きつった顔をみてはっとした龍哉くんが、取り繕う。


「……おはよう、沙穂」


すぐに、いつもの笑顔にもどったけど。


僕の胸は、今までで一番ぎゅっと痛みを訴えていた。


「龍哉くん、どうしたの……?」


「なんでも、ない」


何でもないわけが、ない。


「僕、変な顔してた?」


「……いや、いつも通りの可愛い顔だった」


変だよ。龍哉くん、それは変だよ。


龍哉くんは、ここでそんな風に可愛いとか言わない。


そういう言葉を大事にしてるって、僕知ってる。


だから、よっぽど動揺したりしない限り、そんなごまかすような使い方はしない。


僕は、龍哉くんにぎゅっと抱き着いて、頭を胸に当てる。


どくどくどくと、いつもより乱れた強い音が響く。


こんな音、聞いたことない。


顔を上げる。


珍しく、龍哉くんが僕のほうを見ていない。


作業中とかだとまれにあるけど、こういう時に見ていないことは普通はない。


「龍哉くん」


呼びかけると、表情を取り繕った龍哉くんがこちらを向いて。


僕は、わざとへにゃりとした顔を作った。


龍哉くんの目が見開かれる。


笑えない僕のへにゃり顔に、龍哉くんは表情も取り繕えなくなった。


きっと、胸がぎゅっとした夜の夢の中の僕は、こんな顔をしているのかなって。


そう思いながら作った。


「ねぇ、龍哉くん……僕が悪いなら、言って?」


「沙穂に、悪いことなんて一個もない」


これは、本当だと思う。


僕は、ずっと君の顔を見てきたから。


だから、普段から嘘をつくことのない龍哉くんの嘘は凄くわかりやすい。


「じゃあ、つらいことがあるの?」


「っ、ない」


嘘。


「つらいんだね?」


「……」


龍哉くんの瞳が、揺れる。


僕の胸がぎゅっとする。


「それも、僕がかかわってることだよね」


「……っ」


今にも泣きだしそうな、それでも言えないと、ぎゅっと口を閉ざして。


初めて見る龍哉くんの顔に、僕の目がにじんでくる。


つらい龍哉くんは見たくない。


ずっと笑っていてほしい。


「ねぇ、僕じゃ頼りない……?」


小さく首を振る。頼ってはくれてるんだって、少しだけ胸が温かくなる。


でも、それでも頑なで。


ずっと、僕が笑いかけて、つらい顔をされたら。


毎日龍哉くんが、無理して笑顔を作ってるって思ってしまったら。


そんな日々を想像したら、僕の心が急激に冷えてしまって。


「ねぇ、僕……龍哉くんがつらいままだと。龍哉くんが心から笑ってくれないと」


すとん、と。僕の顔から表情が抜け落ちた。


「僕、もう笑えないよ……?」


その僕の表情をみた龍哉くんの顔から血の気が引いた。


あの、何があっても動じなかった強い龍哉くんが。


初めて、心の底から怯えたみたいな顔をした。


「ちが、違う! そうじゃ、俺は、沙穂の笑顔が、俺……!」


ふと、胸がぎゅっとした夜の夢の中の龍哉くんがダブった。


「そんな顔させたくなかった、俺は、そんなつもりじゃ!」


声にならない悲鳴を上げてる幼い龍哉くん。


きっと、あの夢は意味があるんだ。


「俺は、ただ沙穂に笑顔でいてほしくて、でも」


「……龍哉くん」


非力な僕の全力で、ぎゅっと抱きしめる。


僕の体が痛いぐらいに必死に抱きしめたからか、龍哉くんが止まった。


「僕も、龍哉くんに笑顔でいてほしい」


感情がぐちゃぐちゃになった目で、それでも龍哉くんは僕を見つめて。


その奥に、いつもの龍哉くんを感じた僕は。


「僕たち、一緒に笑顔じゃなきゃダメなんだよ」


そう、へにゃりと笑った。


その瞬間、喜びと悲しみが混ざって顔が歪んだ龍哉くんは。


僕を強く強く抱きしめて。


泣きそうな声で。


「……わかった、話す」


そう約束してくれた。

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