第6話 怖い夢を見た夜に
「……どうした?」
じっと、龍哉くんの瞳を覗いていたら、龍哉くんがふわりと笑って。
瞳の奥の熱は隠れて見えなくなった。
今は、いいや。
「ううん、なんでも」
へにゃりと笑い返した僕は、気が緩んだのか、大きなあくびが顔を出した。
あれ、もうこんな時間なんだ。
悲しいことに、お子様な僕は夜更かしもできない。
九時には眠くなるし、どんなに頑張っても十時には夢の国だ。
「あ、今日の分の日記書かなきゃ」
地震のあとからずっと続けてる、数少ない僕の日課だ。
……たまに、さぼっちゃうこともあるけどね。
でも昔と違って、今は書くのも簡単だ。
特に最後は、大体一緒。
今日も龍哉くんが格好良かったです、っと。
うん、完璧!
龍哉くんは当たり前のように僕を抱き上げると歩き出す。
向かう先は、元々は龍哉くんのお父さんとお母さんの寝室だ。
大きなベッドに寝かされると、肩まで布団をかぶせられる。
「……すこし待ってろ」
「はーい」
そういって、戸締り確認と後片付けに向かう龍哉くんを見送る。
暖かなはずの布団は、自分で熱を作れない僕にはどうしても冷たく感じる。
一人っきりの静かな空間に、急に心細さが襲ってくる。
僕には、こう言うことがたまにある。
今日はたぶん、地震のことを思い出しちゃったからだ。
へいき、へいきだよ。
ぎゅっと目をつぶり、弱すぎる僕の心を振り払おうとする。
すぐ、帰ってくるのに。
絶対、すぐ帰ってきてくれるのに。
こんなんじゃ、また心配させちゃう。
音が聞こえるように、龍哉くんはお家では部屋の扉を閉めない。
だから、遠くで水仕事をしてる音が聞こえる。
そこにいるんだから、大丈夫、大丈夫なんだよ。
自分があんまりにも情けなくて、ダメなのに、涙がにじんでくる。
ぎゅっとつぶっていた目から涙がこぼれて。
すっと、温かい手が受け止めてくれた。
目を開くと、心配そうな顔をした龍哉くんの顔。
頬に触れた手から、じんわりと僕の胸に向かって暖かさがにじんでくる。
「すまん、待たせた」
まだ胸がぎゅっとしてる僕は、手に縋りつくように首を振る。
大丈夫、来てくれたから。
もう、大丈夫。
布団をめくり、僕の隣に入ってきてくれた龍哉くんが、ぎゅっと僕を抱きしめてくれる。
すっぽりと大きな腕と胸元に包まれると、ぎゅっとしてた胸が、ほどけて。
冷たかった布団が、ぽかぽかとしてきた。
「……ごめんね、龍哉くん」
「いい。大丈夫だ」
ちらりと見上げると、龍哉くんと目が合った。
ただただ、僕を安心させようという気持ちが伝わる温かい目だった。
へにゃりと、僕の顔が緩む。
それを見た龍哉くんの顔が、優しく緩む。
「お休み、沙穂」
「おやすみ、龍哉くん」
優しく背中をなでてくれる龍哉くんに体を預けると、僕はそっと目を閉じた。
胸がぎゅっとした日には。
決まって怖い夢を見る。
昔の、今と比べたらちっちゃな龍哉くんが。
僕を抱えて泣いてる夢だ。
夢の中だからか、僕はなんにもできなくて。
指一本動かせなくて。
できることは、へにゃりと笑いかけることだけだった。
今の龍哉くんは、それでふわりと笑ってくれるのに。
いつも、夢の龍哉くんは。
なんで、そんなに悲しそうな顔をするのかな。
僕には、いつでも龍哉くんには笑っていてほしいだけなんだよ。
沙穂って、呼んでもらいたいだけなんだよ。
声にならない龍哉くんの悲鳴に、胸がぎゅっとする。
でも、そこから先はいっつも途切れて。
僕は龍哉くんになにもできなかった。
気が付いたら、目が覚めていて。
龍哉くんの胸元を涙で濡らしてしまっていた。
僕にとって、何よりもつらい夢。
龍哉くんが悲しんでる姿は僕には耐えれなくて。
寝る前にほどけたはずなのに、また胸がぎゅっとしてる。
そっと見上げた龍哉くんは、静かな寝息を立てて。
それでも、寝ながらでも僕をちゃんと抱きしめてくれていた。
大丈夫、龍哉くんの腕の中なら、大丈夫。
でも、覚めてばかりの夢は怖くて。
いっつも弱い僕だけど、根っこは強がり。
そんな強がりな僕が強がれないときには、どうしても強い言葉を使いたくなる。
龍哉くん。
僕の、たった一つの大事なもの。
僕の世界一格好いい、世界で一番大好きな人。
何でもできて、強くて、格好良くて。
でも、僕しか知らない可愛いところもちょっとはあって。
本当に素敵な僕の彼氏さん。
そんな人に抱きしめてもらいながら眠れる僕は、世界で一番幸せに決まってる。
そう繰り返してたら、少し胸がほどけてきた。
大丈夫、僕は、大丈夫。
それでも、少しでも龍哉くんに近づきたくて。
龍哉くんの胸に耳を当てて、とくんとくんって聞こえる鼓動に集中していたら。
気が付いたころには眠っていた。
今度は怖い夢は見なかった。