第5話 触れるたびに、確かめたくて
あの時のこと思い出したら、胸がぎゅってなっちゃった。
視線が勝手に龍哉くんを探していた。
いつの間にか筋トレが終わっていた龍哉くんが、丁度汗を流して戻ってきた所だった。
「たつやくん……」
思わず、小さいころのように龍哉くんの名前を呼んでしまう。
「……どうした?」
それが当たり前のように、僕の隣に腰掛けてくれる。
まだ水滴の残る火傷痕に僕の手が吸い寄せられる。
「今日も、いい?」
縋るような甘え声が零れ落ちる。
大きな手が、応えるように伸ばした僕の手を包み込んでくれる。
「……沙穂の気が済むまで」
上半身裸になった龍哉くんの背中が、僕の前にある。
僕は、手に薬用のクリームをとると、大きな大きな龍哉くんの背中に触れる。
火傷痕はどうしても荒れるから、手入れしないといけない。
龍哉くんは大丈夫っていったけど、僕が強く主張して押し通した。
そうすれば、堂々と龍哉くんに触れられるから。
大きな背中。
傷だらけで、火傷痕で覆われた、大きな背中。
僕を守ってくれた、世界一奇麗な背中。
傷跡をなぞる様に、火傷痕をあやすように。
手のひらと指で、丁寧に、丁寧にクリームを塗りこんでいく。
痛かったよね。
熱かったよね。
君たちのおかげで、僕は火傷一つなかったよ。
痕一つ一つに、僕にできる精一杯のありがとうを込めて塗り込んでいく。
時間をかけて背中を終えたから、今度は左腕だ。
特に酷い肩のあたりから、指先に向けて塗っていく。
塗りやすいように、龍哉くんが体の向きを変えてくれた。
背中からだと見えなかった龍哉くんのお顔が見えるようになった。
目が合って、微笑まれて、僕は自然とへにゃりと笑い返す。
龍哉くんの左肩から二の腕に触れる。
痕はひどいけど、それよりもものすごい太くて硬い筋肉の塊なんだぞ、と主張してくる。
本気で力を入れたら、僕の腰より太かったりしない?
なんて、さすがにそれは無いかな。
……ないよね?
でも、そう思えるぐらいに龍哉くんは鍛えてる。
鍛え始めたのは、いつからだったかな。
あの後、僕たちは長い入院生活をしていて。
龍哉くんの驚異的な回復力に先生たちが驚いてたっけ。
その時から、ベッドの上で暇を見つけてはトレーニングしてた気がする。
なんで、って聞いたら。
このままだと、支えられないだろ、だって。
僕、きゅんってしちゃった。
それから、僕は毎日龍哉くんが鍛えてるのを見てきた。
お医者さんに聞いてたんだね。
僕は一人ではもう生きていけない体だって。
でも僕のお母さんは頼れるような状態じゃなくて。
ほかに頼れる人もいなかった。
でも、龍哉くんが名乗りを上げてくれた。
俺が支えるって。
大人たちが口々に無理だって言ったけど。
龍哉くんは絶対に譲らなくて。
気が付いたら、僕と一緒に暮らす権利を勝ち取ってきていた。
すごくない?
僕のお母さんが後見人になって、僕たちは龍哉くんの家に戻ってきた。
久々にみた龍哉くん家は。
実家で大変なことになったのが夢だったみたいにいつも通りで。
いるはずのみんながいないことが嫌というほど現実で。
しばらくは毎晩龍哉くんに縋って泣いた気がする。
でも、僕よりつらいはずの龍哉くんは、ずっとずっと優しかった。
まだ子供らしかった手で、何度も何度も僕の頭をなでて慰めてくれた。
今は、もう子供らしさのかけらもない、大人の大きな手。
龍哉くんの手のひらに、クリームを塗りこんでいく。
僕を助けるために、無理に瓦礫を押しのけた手のひらは、今もぼこぼこの痕が残ってる。
僕の右手を、龍哉くんの左手に重ねる。
僕の小さすぎる手と、龍哉くんの大きすぎる手。
この手に触れられていると、もう何も心配いらないんだってなる、魔法の手。
絡めるように、指一本一本に触れていく。
そうすると、龍哉くんも優しく握り返して応えてくれる。
優しい顔がこちらを向いている。
一生懸命龍哉くんに触れている僕のことを、本当に幸せそうに見つめてる。
こんなに僕が幸せなのに、なんで俺のほうがもっと幸せだぞ、って顔するのかな。
絡めた指を離して、龍哉くんの胸に体を預けたら、最後だ。
右手で、龍哉くんの首筋から左頬に触れていく。
触れ合う胸から、とくんとくんって、龍哉くんの心臓の音が響いてくる。
……いつもよりちょっと早いから、少しは意識してくれてるのかな。
そう思うとうれしくなってくる。
吐息も聞こえるぐらい近くに、龍哉くんの顔がある。
火傷痕に手をすりすりこすり付けると、龍哉くんの表情が少し緩む。
格好いいな。
心の底からそう思う。
顔立ちも整ってはいるけど、そういうことじゃなくて。
僕を助けてくれた証を、龍哉くんは隠さないでくれる。
当たり前だと、これも含めて俺なんだと。
何も言わずに、そうやって僕を肯定してくれてる。
「……龍哉くん」
「……どうした?」
おもわずこらえ切れなくて呼んじゃった。
「ううん、なんでもー。はい、今日はおしまい!」
塗り終わったクリームに蓋をする。
何も言わずに、大きな手で僕の頭をなでてくれる龍哉くんと目が合う。
龍哉くんの瞳の奥を覗いて、僕は龍哉くんに全身を預ける。
だからね、龍哉くん。
へなちょこな僕だけどさ、君を見ることだけには自信があるんだよ。
だから。
いつか、教えてほしいな。
時々覗く、その苦しそうな瞳の理由。
みてるこっちの胸が痛くなるぐらい、僕に向ける熱の理由を。