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第4話 僕のヒーロー

「おいしかったー!」


ブロッコリーくんはなかなかの強敵だったけど、マヨネーズさんの協力で乗り越えた。


でも、そのあとのご褒美のミートボールとちっちゃいグラタン食べたら忘れちゃった。


苦手なものの記憶なんてばいばいさようならだよ!


ソファでごろごろしていると、トレーニングウェアに着替えた龍哉くんが帰ってきた。


引き締まった体に張り付くようなタンクトップがばっちり似合ってるよ!


慣れた手つきでマットを敷くと、日課の筋トレの時間。


僕じゃ一生かかってもできないような、すっごい筋トレの数々!


まぁ詳しくないから何がすごいのかはわかってないんだけど?


でも、テレビでみたプロスポーツ選手のトレーニングにも負けてないのはわかる。


そんな龍哉くんを眺めてるのが、この時間の僕の楽しみだ。


体力お化けの龍哉くんでも汗が滴るほどに、いっつも真剣に鍛えてるのがすごいと思う。


流れる汗が、龍哉くんの頬の火傷痕をなぞる様に、首筋から左腕に流れていくのが見えた。




正直、すっごくひどい痕だと思う。


殆どの人が、見たらドン引きするか、二度見するかだと思う。


火傷もすごいけど、普段見えない龍哉くんの背中は傷だらけだ。


そして、龍哉くんはそれを隠そうともしないし、ひけらかそうともしない。


これが俺の当たり前だと、平気な顔だ。なんだったら暑いときは袖だってまくるし?


秘密だけど、腕まくってるときすっごく格好いいと思ってます。


……話がそれちゃった。


僕は、そんな龍哉くんの痕が大好き。


だって、僕のためについた、僕のヒーローの勲章だから。











それは、僕が小学生のころ。


昔から仲のいい幼馴染だった僕は、夏休みに龍哉くんの実家におじゃましてた。


今からは想像できないけど、その頃の龍哉くんは結構普通の男の子で。


でも、足が遅くてすぐ転ぶ足手まといだった僕を、待ってくれるのは変わってないかも。


龍哉くんのお家は、家族みんな仲が良くて。


病気しがちなお母さんしかいない僕にとって、もう一つの家族だった。


それなりに大きな街だったから、遊ぶところには困らなくて。


すっごく楽しかったって覚えてる。




だけどあの日、おっきな地震が街を襲った。




龍哉くんの実家は色々な悪いことが重なって。


地震で起きた土石流に巻き込まれた。


僕もそこにいて、気が付いた時には崩れた家の下敷きになっていた。


それでも、運がよかったんだと思う。


客間に寝ていた僕は、土石流の直撃は避けたんだから。


でも、瓦礫につぶされた左足は感覚がなくて。


必死に助けを呼んでいたけど誰もこなくて。


時間も、悪かったんだと思う。


キッチンからかな。火の手が上がって、じりじりと迫ってきたんだ。


死んじゃうんだって。


そう思った瞬間、すごく怖くて。


「たすけて……」


気が付いたら、そばにいてほしい人の名前を叫んでた。


「たすけて、たつやくん!!」


「さほ!!」


それはすぐだった。


崩れた瓦礫を素手で押しのけて。


傷だらけで真っ赤になった龍哉くんが駆けつけてくれた。


必死に手を伸ばした僕の手を、迷うことなく握り返してくれたあの時。


僕は、心から安心して。


でも、現実はそれでは許してくれなくて。


僕たちの上の瓦礫が崩れてきたんだ。


「あぶない!!」


僕を見下ろしてる龍哉くんからは見えないと思って必死に叫んだ。


そしたら、龍哉くんは迷うことなく僕をかばうように抱きしめてくれた。


「たつや、くん……?」


「沙穂、ごめん……ごめんな」


その時なんで龍哉くんが謝ったのかは、今でもわからないけど。


そんなことを思う間もなく、龍哉くんの背中に瓦礫が降り注いだ。


しかも、燃えた木材も一緒に。


僕ですらものすごい熱を感じていたんだ。


龍哉くんは、痛いなんてものじゃなかったと思う。


「やだ、たつやくんが、たつやくんがしんじゃう!!」


それでも、僕を安心させるように龍哉くんはぎゅっと抱きしめてくれて。


一瞬見えた龍哉くんの苦痛に歪んでいるはずの顔が、すごく穏やかで幸せそうだった。


「どうか神様……沙穂を、助けてくれ」


――やだよ、たつやくんもいっしょじゃなきゃだめだよ。


その言葉が出ないくらい、龍哉くんの声は必至で。


どれぐらい経っただろうか。


急に、熱くなくなって。


気が付いたら、瓦礫がなくなっていた。


今思い出しても、なんでかはよくわからないけど。


その時は、ただ意識を失って崩れ落ちた龍哉くんを呼ぶのに必死だった。




そのあと、僕が必死に叫んだからか、人が来てくれて、僕と龍哉くんは救助された。


人が来たら安心して、僕も気を失ったんだけどね。


目が覚めたら、僕の左足はもうなくってた。


僕は一週間寝てたんだって。


でもね、龍哉くんはもっともっとひどかった。


しばらくは面会もダメだった。


集中治療室に長いこといて、お医者さんが言うには生きてるのが奇跡だって言ってた。


龍哉くんがいなかったら、僕は間違いなく死んでいたって。


それは僕が一番よくわかっていた。あの時に龍哉くんに助けられたんだってことは。


だから、僕は龍哉くんが祈っていた神様に、ずっと龍哉くんを助けてって祈ってた。




奇跡的に峠を越えて命を取り留めた龍哉くんが、一般病棟に移って、ようやく面会ができた。


全身包帯だらけで、意識がないのに痛みにうめく龍哉くんに。


僕は龍哉くんの右手を握って祈ることしかできなかった。


毎日面会に来ていて、あんなに仲のいい龍哉くんの家族が来ないことに気づいて。


もしかして、病院の人に聞いたら、龍哉くんの家族は全員亡くなってた。


龍哉くん以外は、全員土石流が直撃してて誰一人助からなかった。


僕にとっても家族だったから、あまりにもショックで。


今まで暖かかった世界が、急に冷え切った気がして。


僕はもう、龍哉くんが目覚めることに縋ることしかできなかった。


お願い、起きて。


僕、お礼も言えてない。


あの時。


僕がどれだけ嬉しくて。


僕がどれだけ安心して。


僕がどれだけ救われたかを。


まだ伝えてないんだよ。


だから神様、お願いです。


僕の一番大事な人を、助けてください。




何日経ったのかは、必死すぎて覚えてないけど、すごく長かったのだけは覚えてる。


その日。


毎日握りしめて縋りついていた龍哉くんの手が。


ピクリと、動いて。


驚いて顔を上げた僕の目が、ゆっくりと開かれた龍哉くんの目と合った。


「たつや、くん」


ぼろぼろとあふれる涙が止まらなくて。


焦点の定まっていなかった龍哉くんの目が、僕を見つけた時。


龍哉くんも、ぼろぼろと涙を流して。


呼吸器で声にはならなかったけど、ずっと呼ばれてたから僕には口の動きで分かった。


――さほ


その瞬間、龍哉くんは本当に、本当に愛おしそうな目で僕を見つめて。


まだ力も入らないはずの手を持ち上げて、僕の頬に触れて。


――ただいま


へにゃりと、崩れた笑顔で僕にそう言ったのがわかった。


だから、僕は必死に龍哉くんの手を握って。


「……おかえりっ!」


傷だらけの、世界一格好いい手に、縋りついた。




あの日。




僕たちは大事なものをいっぱい失ったけど。


本当に大事なものを一つだけ、もらえた気がした。

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