第40話 ありがとう
時間は、一瞬だった。
だけどその一瞬で、僕を庇って、龍哉くんが死んじゃった。
その、想像もしなかった光景に。
胸が、焼けるように痛い。
今まで僕が何度も感じてきた辛い胸の痛みが、優しく撫でられていたんだと思うほどに。
堪えることもできない程の痛みに、僕は取り繕うどころじゃなくて。
「たつやくん、たつやくん……!!」
僕は、涙がぼろぼろで顔がぐしゃぐしゃになりながら、這うように必死で龍哉くんを探す。
「どうした、沙穂!?」
駆けつけてくれていた龍哉くんが、迷うことなく強く抱きしめてくれる。
「たつやくんが、死んじゃって、ぼく……!!」
必死に龍哉くんの胸にしがみつき、ぐりぐりと頭を押し付ける。
「俺は、ここにいるぞ」
強く、抱きしめてくれる龍哉くんの熱と。
暖かな鼓動が、少しずつ、僕を落ち着かせてくれる。
「龍哉くん……」
「何があった?」
僕の涙をぬぐいながら、龍哉くんが僕の目をじっと見つめてくれる。
その真剣な瞳に映る僕の顔に、ようやく自分が誰かを思い出せた。
「あの子の、龍哉くんを失った僕の過去を、見てた……」
なんであの僕が死神と呼ばれるようになったかの追体験。
あんなの、無理だよ。
心も体も、龍哉くんがいないと生きれない僕には、最悪の光景だった。
「……って、僕は!?」
慌てて、彼女が居たほうに振り向く。
隙だらけだった僕が、なんで今刺されてないのか。
それは。
僕と同じように、涙で顔をぐちゃぐちゃにして、崩れ落ちている彼女の姿でわかった。
◆
短剣がぶつかり合った瞬間。
僕に、この子の記憶が流れ込んできていた。
それは、僕が見たかった、大きくなった龍哉クンとの幸せな記憶。
そして。
龍哉クンが、僕のためにどれだけの思いをしたのか。
僕のせいで、龍哉クンをどれだけ苦しめたのか。
それを、僕は見てしまった。
この子の短剣の中に宿っていた、三人目の僕と、厄災と呼ばれた龍哉クンの記憶までも。
「ボクは、ボクは……龍哉クンが辛い思いをしないでくれればそれでよかっただけなの!」
頭を掻きむしりながら、僕は泣き叫ぶしかなかった。
「ボクなんて忘れて、生きてくれたらよかったのに!」
僕の願いを叶えた、次の僕は。
龍哉クンが僕を庇って死ぬはずだったあの日、わざと喧嘩して遠ざけてくれた。
それが、あんなに龍哉クンを苦しめて。
あんな風になるまで追い詰めて。
「あんなになっても、ボクを思ってくれるなんて、思わなかったの!」
それでも、僕を追い求めてくれるなんて思わなかったから。
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
僕の呪いが、龍哉クンを苦しめてしまった。
僕は、龍哉クンと違ってだめな子だから。
間違えてしまったんだと。
いま。
やっと、気づいた。
気付いてしまった。
それは、もう。
僕の、全部が。
全部、無駄で……。
ぎゅっと、誰かが僕の手をつかんだ。
小さな手だ。
僕と同じぐらいだけど、僕よりずっと華奢な手だ。
顔を上げると、そこに居たのは、涙で顔がぐちゃぐちゃになった僕だった。
ぎゅっと、誰かが僕の手をつかんだ。
龍哉クンの遺骨の短剣を握りしめた僕の手を。
見えないけど、この感触は大きな手だ。
僕の記憶にない。
でも、あの子の記憶にある、大きな手だ。
見えないのに。
僕に、触れているこの手は。
「龍哉クン……?」
あの子が、僕の手を導いてくれる。
龍哉クンの遺骨の短剣に重ねられた僕の手が、大きな手に包まれる。
ずっと、冷たかったはずなのに。
とくんと、脈打って。
じんわりと、温かくなる。
「いるの?」
──いるぞ。
そんな声が、聞こえた気がして。
でも、見えなくて。
僕が戸惑っていると。
あの子が、いつの間にか、僕の隣に肩を寄せていた。
「あなたが、いなかったら。僕は、龍哉くんに会えなかった」
ぐちゃぐちゃの顔で。
でも、すごく真剣な顔で。
あの子が、いつの間にか、龍哉クンの短剣に、彼女の短剣を重ねていて。
「だから、あなたが龍哉くんに会えないのは、絶対にだめ」
でも。
全部がつながって、僕は気づいてしまったの。
龍哉くんに死がないことを願った僕には、死そのものの僕はなかったことになるって。
「だから、僕たちが、目と耳になるから」
あの子が、胸元から不思議なペンダントを取り出し、二本の短剣に重ねる。
瞬間。
光が瞬いたかと思ったら。
目の前に、龍哉クンがいた。
「ぁっ」
大きい。
想像より、ずっと大きくて。
格好良くて。
優しい顔をした。
僕の知らない、龍哉クン。
でも。
間違いなく、龍哉クンだ。
「龍哉クン……?」
「なんだ、沙穂」
声が、聞こえる。
低くて。
優しくて。
何より。
僕の、名前を。
ずっと、呼んでもらいたかった。
龍哉クンに、呼んでもらいたかったの。
龍哉くんに、呼んでもらいたかったの。
「僕……へっぽこで、だめだめで、いっぱい間違って」
「おう」
優しく笑ってくれる龍哉くんの顔が、温かくて、胸がぎゅってして。
「それで、龍哉くんをいっぱい苦しめて……」
「違う」
まっすぐに、僕の言葉を遮って。
ぎゅっと、僕の手を握って。
「沙穂は、俺のために頑張ってくれたんだろ」
まっすぐに、僕の瞳を見つめてくれて。
「沙穂のおかげで、俺はいまこうして生きてるよ」
その瞳の奥の熱に、僕の冷え切った体に、熱が灯る。
「だから、俺が伝えないといけないことはこれだけだ」
龍哉くんが、へにゃりと、笑って。
「沙穂のお陰で、俺は今幸せだよ」
その一言で。
その笑顔で。
「ありがとう、沙穂」
僕の。
僕の、全部は報われて。
「どう、いたしまして……!」
僕は。
へにゃりと、笑い返せたと思う。




