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第40話 ありがとう

時間は、一瞬だった。


だけどその一瞬で、僕を庇って、龍哉くんが死んじゃった。


その、想像もしなかった光景に。


胸が、焼けるように痛い。


今まで僕が何度も感じてきた辛い胸の痛みが、優しく撫でられていたんだと思うほどに。


堪えることもできない程の痛みに、僕は取り繕うどころじゃなくて。


「たつやくん、たつやくん……!!」


僕は、涙がぼろぼろで顔がぐしゃぐしゃになりながら、這うように必死で龍哉くんを探す。


「どうした、沙穂!?」


駆けつけてくれていた龍哉くんが、迷うことなく強く抱きしめてくれる。


「たつやくんが、死んじゃって、ぼく……!!」


必死に龍哉くんの胸にしがみつき、ぐりぐりと頭を押し付ける。


「俺は、ここにいるぞ」


強く、抱きしめてくれる龍哉くんの熱と。


暖かな鼓動が、少しずつ、僕を落ち着かせてくれる。


「龍哉くん……」


「何があった?」


僕の涙をぬぐいながら、龍哉くんが僕の目をじっと見つめてくれる。


その真剣な瞳に映る僕の顔に、ようやく自分が誰かを思い出せた。


「あの子の、龍哉くんを失った僕の過去を、見てた……」


なんであの僕が死神と呼ばれるようになったかの追体験。


あんなの、無理だよ。


心も体も、龍哉くんがいないと生きれない僕には、最悪の光景だった。


「……って、僕は!?」


慌てて、彼女が居たほうに振り向く。


隙だらけだった僕が、なんで今刺されてないのか。


それは。


僕と同じように、涙で顔をぐちゃぐちゃにして、崩れ落ちている彼女の姿でわかった。








短剣がぶつかり合った瞬間。


僕に、この子の記憶が流れ込んできていた。


それは、僕が見たかった、大きくなった龍哉クンとの幸せな記憶。


そして。


龍哉クンが、僕のためにどれだけの思いをしたのか。


僕のせいで、龍哉クンをどれだけ苦しめたのか。


それを、僕は見てしまった。


この子の短剣の中に宿っていた、三人目の僕と、厄災と呼ばれた龍哉クンの記憶までも。


「ボクは、ボクは……龍哉クンが辛い思いをしないでくれればそれでよかっただけなの!」


頭を掻きむしりながら、僕は泣き叫ぶしかなかった。


「ボクなんて忘れて、生きてくれたらよかったのに!」


僕の願いを叶えた、次の僕は。


龍哉クンが僕を庇って死ぬはずだったあの日、わざと喧嘩して遠ざけてくれた。


それが、あんなに龍哉クンを苦しめて。


あんな風になるまで追い詰めて。


「あんなになっても、ボクを思ってくれるなんて、思わなかったの!」


それでも、僕を追い求めてくれるなんて思わなかったから。


「ごめんなさい、ごめんなさい……!」


僕の呪いが、龍哉クンを苦しめてしまった。


僕は、龍哉クンと違ってだめな子だから。


間違えてしまったんだと。


いま。


やっと、気づいた。


気付いてしまった。


それは、もう。


僕の、全部が。


全部、無駄で……。




ぎゅっと、誰かが僕の手をつかんだ。


小さな手だ。


僕と同じぐらいだけど、僕よりずっと華奢な手だ。


顔を上げると、そこに居たのは、涙で顔がぐちゃぐちゃになった僕だった。




ぎゅっと、誰かが僕の手をつかんだ。


龍哉クンの遺骨の短剣を握りしめた僕の手を。


見えないけど、この感触は大きな手だ。


僕の記憶にない。


でも、あの子の記憶にある、大きな手だ。


見えないのに。


僕に、触れているこの手は。




「龍哉クン……?」


あの子が、僕の手を導いてくれる。


龍哉クンの遺骨の短剣に重ねられた僕の手が、大きな手に包まれる。


ずっと、冷たかったはずなのに。


とくんと、脈打って。


じんわりと、温かくなる。


「いるの?」


──いるぞ。


そんな声が、聞こえた気がして。


でも、見えなくて。


僕が戸惑っていると。


あの子が、いつの間にか、僕の隣に肩を寄せていた。


「あなたが、いなかったら。僕は、龍哉くんに会えなかった」


ぐちゃぐちゃの顔で。


でも、すごく真剣な顔で。


あの子が、いつの間にか、龍哉クンの短剣に、彼女の短剣を重ねていて。


「だから、あなたが龍哉くんに会えないのは、絶対にだめ」


でも。


全部がつながって、僕は気づいてしまったの。


龍哉くんに死がないことを願った僕には、死そのものの僕はなかったことになるって。


「だから、僕たちが、目と耳になるから」


あの子が、胸元から不思議なペンダントを取り出し、二本の短剣に重ねる。


瞬間。




光が瞬いたかと思ったら。


目の前に、龍哉クンがいた。


「ぁっ」


大きい。


想像より、ずっと大きくて。


格好良くて。


優しい顔をした。


僕の知らない、龍哉クン。


でも。


間違いなく、龍哉クンだ。


「龍哉クン……?」


「なんだ、沙穂」


声が、聞こえる。


低くて。


優しくて。


何より。


僕の、名前を。


ずっと、呼んでもらいたかった。


龍哉クンに、呼んでもらいたかったの。


龍哉くんに、呼んでもらいたかったの。


「僕……へっぽこで、だめだめで、いっぱい間違って」


「おう」


優しく笑ってくれる龍哉くんの顔が、温かくて、胸がぎゅってして。


「それで、龍哉くんをいっぱい苦しめて……」


「違う」


まっすぐに、僕の言葉を遮って。


ぎゅっと、僕の手を握って。


「沙穂は、俺のために頑張ってくれたんだろ」


まっすぐに、僕の瞳を見つめてくれて。


「沙穂のおかげで、俺はいまこうして生きてるよ」


その瞳の奥の熱に、僕の冷え切った体に、熱が灯る。


「だから、俺が伝えないといけないことはこれだけだ」


龍哉くんが、へにゃりと、笑って。


「沙穂のお陰で、俺は今幸せだよ」


その一言で。


その笑顔で。


「ありがとう、沙穂」


僕の。


僕の、全部は報われて。


「どう、いたしまして……!」


僕は。


へにゃりと、笑い返せたと思う。

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