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第38話 君を失ったあの日

それは彼女の異世界の記憶。


これは、ボクの後悔の記憶。


永遠に続くと思った終わりと静寂の、その始まり。


すべては、君を失ったあの日から。







黒い空。




それは、魔族が僕たちを狙って、街一つを蹂躙している光景だった。


青いはずの空が、魔族たちで覆われて、黒く染まって見えた。


三年ぐらいの旅で、強くなった僕たちだったけど。


あまりの数に、自分たちの身を守るので精いっぱいだった。




「とにかく撃ちまくれ!!」


龍哉くんの叫びとともに、空の魔族に向かって無数の攻撃が撃ち出されていく。


龍哉くんは、アイテムボックスから、矢や槍や爆弾を打ち出し。


ほかの仲間のみんなや、街の衛兵さんたちが弓を撃ち、槍を投げて精一杯の抵抗をしていた。


龍哉くんの爆弾の爆音に負けないように、僕は大きく声を上げる。


「支援と治療は僕に任せて!!」


僕は、みんなが疲れないように命の異能で癒しながら、魔族が疲れるように命の異能で元気を吸い取っていた。


僕の異能は、冷やすと温かくなるような感じで、奪った元気を分け与えることができる。


範囲は狭いけど、これのおかげでぎりぎり拮抗している気がする。


まぁ、疲れにくくなったり、治せても切り傷や骨折が精一杯なんだけどね!


「沙穂、そろそろまともな弾がない!!」


走り回って、数えきれない魔族を撃ち落としている龍哉くんの声が響く。


数に勝っている魔族に拮抗できていたのは、龍哉くんの弾幕のお陰だったけど。


それでも、三年で集めたものにも限りがある。


周囲の瓦礫を集めてそれを打ち出しているのか、飛んでいく武器が減り、瓦礫が大多数になっている。


うん。


正直十分だと思うよ龍哉くん。


実際かなりの数が変わらず撃ち落とされてるし。


勇者の僕よりよっぽど強いと思うんだよなぁ。


僕、ゲームで言うところの支援キャラだし。




でも、実際ぎりぎりだけど、龍哉くんのおかげで何とかなりそう。


このまま耐えれたら、助けが来るはずだし、そうすれば勝てるはず。


だけど、遠くに見える強そうな魔族がまだ何人もいるのが見えてる。


空を飛べる魔族や魔獣中心で大きいのは少ない。


でも、中にはひと際大きな鳥の魔族や大きな悪魔みたいなのもいる。


何度か戦ったこともあって、鳥の魔族の突撃は城壁に穴をあけるぐらい強力なのを覚えてる。


悪魔みたいなのは初めて見る魔族だけど、ああいう系は強い種族なんだよね……。


僕の仲間は人類側だとかなり強いんだけど……。


それでも、前に戦った悪魔みたいなのにはみんなで何とか勝った、ってぐらい強い。


そんな強い魔族が、僕たちが疲れ切るのを待ってる。


まぁ、僕の異能で疲れ知らずではあるんだけど……。


少なくとも、龍哉くんの爆弾は底を尽きてるのか、爆音がしばらく前から止まっている。


魔族の数も減ってるけど、その分残ってるのは強い魔族だ。


撃ち落としきれなくなってきていて、武器と武器がぶつかる音で、切りあいがはじまってるのがわかった。


乱戦になると僕の力は無力だ。


敵だけ器用に力を吸い取るなんてマネはできないんだよ!




正直、僕はいっぱいいっぱいで。


じりじりと迫ってくる魔族に、冷や汗が溢れて泣きそうだった。


「離れるなよ、沙穂」


「う、うん!」


それでも、龍哉くんがそばにいてくれる。


それが、僕を支えていた。


龍哉くんがいなかったら、とっくに僕は折れて泣いて死んじゃってたと思う。


その背中に、僕が少し安心していると。


「来るぞ!」


大きな鳥の魔族を中心に、速く飛べそうな魔族が一丸になって突っ込んでくるのが見えた。


たぶん、龍哉くんの爆弾が切れたのを狙ってたんだと思う。


だけど。


龍哉くんはにやりとわらって。


「とっておきは残してる!」


射出。


龍哉くんのアイテムボックスから打ち出された爆弾が。


一丸となった魔族の中心で、大爆発を起こした。


「さすが龍哉くん!」


僕だったら調子に乗って全部使ってたよ!


結構な数が爆弾に巻き込めたし、これは勝てるのでは?


僕は、連戦の疲れもあって、少し気が緩んでしまって。


爆炎の中から、すさまじい速度で飛び込んできた何かに気付かなかった。




「沙穂っ!!」




僕の前に、龍哉くんが飛び込んできて。


目の前が埋まるほどに巨大な岩を出して、大きな盾を構えて。


僕が何が起きているのか理解するまえに。


その岩が砕け散って。


僕の全身に、温かい真っ赤な何かが降り注いだ。


「龍哉、くん……?」


僕の目の前には、見慣れたはずの龍哉くんの背中。


ただ、その背中からは真っ赤に濡れた嘴が覗いていて。


龍哉くんは、焼けただれた巨大な鳥の頭を受け止めていた。


暴れだそうとする巨大な鳥の魔族。


右腕を振り上げた龍哉くんは、アイテムボックスから短剣を取り出すと、魔族の目に力いっぱい突き刺し。


しばらくすると、魔族は動かなくなって。


龍哉くんも、そのまま膝から崩れ落ちた。


「龍哉くんっ!!」


僕が慌てて抱きとめるけど、僕では龍哉くんを受け止めきれなくてしりもちをついてしまう。


「……無事、か?」


「僕より、龍哉くんが!!」


僕は精一杯、自分の命の力を龍哉くんに注ぐ。


でも。


傷や骨折が治せるぐらいの僕の力じゃ、龍哉くんにあいた大きな穴をどうにかすることはできなくて。


必死に注いだ命が、零れ落ちていくのを感じ取れただけだった。


「やだ、やだやだやだ……!!」


僕は必死に、力を使って。


連れて行かないでって、必死に龍哉くんにしがみつくことしかできなかった。


「沙穂……」


龍哉くんは、僕を、見つめていた。


どれだけ痛いのか想像もつかない程の脂汗で。


口からこぼれた血で真っ赤で。


それでも。


いつも、僕に向けてくれる、いつもの優しい龍哉くんの笑顔だった。


力なく僕の頬に添えられた手が。


優しく、僕の頬を撫でて。


「ごめんな……」


「ちが、なんで、龍哉くんは……」


僕は、喉が詰まって。


言葉が途切れて。


今伝えなきゃ。


もう次はないって、わかってるのに。


僕の身体は言うことを聞いてくれなくて。


「さほは……生きて……」


最後まで、僕を想って。


最後に、僕の涙をぬぐって。


龍哉くんの手が、僕の頬から離れた。


僕に時々熱を向けてくれた瞳は。


何も映してなくて。


「……ぁっ」


命の力が、注げなくなったことが。


残酷なまでに龍哉くんが死んじゃったことを僕に伝えていた。


声にならない悲鳴が。


僕の喉を、引き裂いた。




周りの音が、何も聞こえない。


ただ、受け止めきれない現実に、僕は震えていた。


寒い。


寒いよ。


まだ、龍哉くんの身体は温かいのに。


寒くて仕方ないよ。


世界が、色褪せて。


止まらない涙が、体を、心を冷やし続けていく。


それでも。


僕は、腕の中の龍哉くんに残されたぬくもりに縋りつく。


見開いたままの、龍哉くんの目を、そっと閉じて。


僕のことを案じていた龍哉くんの表情は。


目を閉じたら、眠っているように穏やかで。


僕は、そんな眠るような龍哉くんに、そっと口づけた。


魔王を倒して。


想いを告げて。


それで、もし受け入れてくれたら、お願いするつもりだった。


そんな、叶わない未来を断ち切るように。


僕の、最初で最後の口づけは。


血の味しかしなかった。




ごめんね。


こんな僕で、ごめんね。


でも。


約束は守るから。


生きるよ。


何があっても。


どんなことをしても。


龍哉くんの最後に、応えることもできなかった僕ができるのは、それだけだから。

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