第36話 もう一度あの場所へ
「ひゃー!」
従魔のお馬さんが、僕たちを乗せて空高くを駆けていく。
前に乗せてもらった時とは比べ物にならない速度で、景色が変わっていく。
龍哉くんが用意してくれていた魔法の道具のお陰で少し風を感じるけど、吹き飛ばされたりはしなさそう。
なんでも、司書さんと一緒に快適な空の旅をできるように用意してくれたらしい。
うーん、無風じゃないのが空飛んでる感があって最高!
僕の背中は龍哉くんに寄りかかって、腕でがっちりと抱き留めてくれてるから安心だし。
他にも、下からは見えないような魔法の道具も用意したみたい。
これで「お馬さんが飛んでる!!」ってびっくりされることもなさそうだね!
……龍哉くんと司書さんのコンビ強すぎるのでは?
いったい二人は何ができないのだろうか。
今度何か便利な道具お願いしてみようかな。
例えば……僕が持ち歩いてもお弁当が片寄らない道具とか?
……うん。
ちょっと現実逃避してるのは間違いない。
凄い速さで、目的地に近付いているのがわかる。
あれだね、地図アプリの航空写真って本当なんだなぁって思うね!
そんな流れじゃないね!!
「さっきから百面相してるが、大丈夫か?」
「うぐ……あんまり、大丈夫じゃないかも」
僕は龍哉くんに頼り切りで生きてきてる。
自分には何もできないのは、嫌ってほどわかってる。
普通の人ができることのほんの一部にも届かいのが当たり前で。
龍哉くんが付きっ切りで教えてくれても、赤点をとらないのが精一杯。
もしも龍哉くんに愛想をつかされたら、僕は三日と持たずに死ぬと思う。
だけど。
今回は、僕が頑張らないといけない。
龍哉くんには、白い髪の僕は見えていなかった。
白い髪の僕も、龍哉くんたちが見えていなかった。
でも、僕には見えたし、僕は見られてた。
だから、龍哉くんじゃなくて、僕がやるんだ。
……まぁ、思いっきり手伝ってもらうつもりだけどね。
「見えてきたぞ」
龍哉くんの実家がある街に着いたみたい。
土砂に呑み込まれた龍哉くんの実家の場所を探す。
……探そうとするだけで、胸がぎゅっとするけど。
そして、どこかはすぐにわかって。
すぐにはわからなかった。
龍哉くんの実家があったはずの場所は、跡形もなくなっていた。
そのままだった土砂も、壊れた家も。
すべて、風化した砂の山になってしまっていた。
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
龍哉くんの腕が、強く僕を抱きしめてくれる。
僕が見上げると、龍哉くんもつらそうな顔をしていた。
うん。
龍哉くんにとって、僕を救えた大事な場所だもんね。
帰ってきた龍哉くんの、最初の思い出の場所。
それが、あんなふうになっているんだから。
正直、僕も一緒になって泣いてあげたい。
「でも」
だからこそ、僕が頑張らなきゃ。
「泣いてる暇、ないよね」
「……あぁ」
正直、僕のゆるっゆるの涙腺からは涙があふれてるけど、それは見ないふり。
手の甲で拭うと、僕は風化した跡を目で追いかける。
龍哉くんの実家から続く、厄災さんが這いだした跡。
そこをなぞる様に、風化した砂の道ができていた。
ずっと、山に向かって。
あの時、厄災さんとお別れした場所を目指すように。
「行こう、龍哉くん!」
僕が声をかけると、龍哉くんが応えるより先に、お馬さんが嘶いて駆けだす。
びっくりした僕がお馬さんと龍哉くんを見比べると。
龍哉くんは肩をすくめて。
「沙穂の言うこと聞くならそれでいい」
疲れたように応えてくれた。
……なんか、もう諦めてる?
◆
あの橋は無くなっていて。
誰かに導かれるようにたどり着いたここは。
何かが暴れまわっていたように、更地になった場所で、
僕は座り込んで、すっかり暗くなった空を見上げていた。
田舎だからか、星がよく見えるなぁ。
あれは、何座だったかな。
北斗七星だったかな?
小さい頃に、龍哉クンと図鑑片手に空を見上げたこともあった気がする。
星はいいね。
僕が触れれないから。
あの輝きが損なわれることはないって思うと、余計にそう思う。
こんな。
いるだけで、終わらせる僕は。
ここで、ずっと空を眺めて過ごすのがいいのかもしれない。
──うん、その方がいい。
もう、僕の周りは砂のように崩れてしまった。
これ以上終わらせないように、ここでずっと……。
そう思っていたら。
誰かが、何かを踏みしめる音が聞こえた。
動物かな。
そう思って、僕が振り向くと。
そこには、あの時の女の子。
近くには、まわりを真昼のように照らす明かりが浮かんでいた。
女の子は泣いていたあの時とは違って、まっすぐに僕を見つめていた。
なんで、こんな場所に?
誰にも会わないように、こんな場所まで来たのに。
駄目だよ。
僕のそばに居たら、終わってしまう。
だから。
そう、僕が立ち上がって逃げようとしたら。
「僕は!」
その子が、大きな声を上げた。
「僕は、八星沙穂って言います!」
その名前に。
僕は、動きが止まった。
八星沙穂。
僕の、名前。
僕?
あの子も、僕なの?
何百年も見ていない自分の顔だから、自信はないけど。
そういわれたら、確かに昔の僕の面影がある気がする。
まるで、置き忘れてきた自分がそこに立っているような。
懐かしいけど、もう手が届かない自分の面影が。
だから、見えるの?
僕だから。
でも。
なんで、僕がいるの?
龍哉クンはどうなってるの?
「今日は、あなたと話がしたくて来ました!」
「ボクと?」
逃げようとする僕と、まっすぐ向き合ってくれる僕。
よく見れば、僕と同じように左足が義足で。
僕とは違う、普通の義足の彼女は、立っているのも精一杯みたいで。
それでも、一歩ずつ、僕に向かって歩いてきた。
「僕は、何の力もない子供の沙穂だけど!」
彼女は、胸元から一本の白い短剣を取り出し、両手で抱きしめる。
「勇者だった僕の分まで、あなたと話さないといけないと思うから!」
それも、僕だ。
わかる。
あれは、僕の遺骨の短剣だ。
同じことをした僕だから、死に敏感な僕だからわかる。
僕は、そっとしまってある龍哉クンの遺骨の短剣に触れる。
きっとあれは、僕の願いを託した、次の僕だ。
じゃあ、龍哉クンはどうなったの?
あの僕は、誰なの?
混乱しきった僕の頭は、まともに動いてくれなくて。
ただ茫然と、もう一人の僕の言葉に、頷くことしかできなかった。




