第35話 向き合うとき
胸が、ぎゅっとした。
龍哉くんと勇者だった僕について話をしていたら、急に。
最近感じていなかった、痛いぐらいに胸が軋む感覚。
痛みを抑えようとペンダントを握り締めると。
ペンダントも、熱くなっているように感じた。
「沙穂、どうした!?」
急にうずくまった僕を、龍哉くんが支えてくれる。
僕は、訳が分からなくて。
「わからないけど……急に、胸がぎゅってして、ペンダントが熱くて」
何かが、起きているんだと思う。
でも、何が?
そう思っていると。
司書さんが、顔だけを勢いよくこちらを振り向く。
……ちょっと怖いから静かに振り向いてほしかったかも!
せめて体も一緒に振り向いて!
多少慣れたけど、動きがホラーだと怖いんです!
司書さんが何かを伝えると、龍哉くんの表情が硬くなる。
「……どうしたの?」
「厄災の跡地を見晴らせてた従魔からの連絡だ」
厄災さんの跡地っていうと、龍哉くんの実家と近くの山かな?
「実家の跡地が、砂のように崩れ落ちたらしい」
「ふぇ!?」
僕と龍哉くんが召喚された場所で、龍哉くんが帰ってきた場所!
地震後も、撤去されないままなのは聞いてたけど、それが砂のようにって……。
だいぶショックではあるけど、今はそれどころじゃないね!
「もしかして!?」
「あぁ、図書館の崩れ方と類似してる」
ということは、もしかしたら白い髪の僕が……?
「そして、厄災が通った痕跡をなぞる様に、風化が進んでいっているらしい」
なんで山に?
ううん、なんでじゃない。
あの子が、僕だったら。
考えるんだ。
足りない頭でも、僕のことならわかるはず。
「あの白い髪の僕が、勇者だった僕の幽霊だったとして……」
僕の例え話に、龍哉くんの眉がしょんぼりするのが見えた。
あぁ、そうだよね、そうだったら辛いよね!
支えてくれてる龍哉くんの手を大丈夫だよ、とさすってあげる。
とはいえ、今はそうとしか思えないので、このまま考えよう。
「だったら、地震から後のことは知らないはず。だから、みんなが亡くなってるのも知らない」
「そうだな、俺もそれを知ったのは病院だからな」
龍哉くんがそうなら、僕が気付くわけないね!
地震の時の僕は自分だけが瓦礫の下敷きになったって思ってたし。
「そして僕を見た時、灯篭のほうは気にしてる様子はなかった」
たぶん、図書館のことを考えると、崩れるのには時間がかかってる。
だから、灯篭が崩れた音より、僕に気を取られて気付いてないんじゃない?
となると、僕は基本能天気だから、知らずに思い出の場所をめぐって。
龍哉くんの実家にたどり着いた。
……こんなに早くたどり着いてるのはびっくりだけど、不思議な力でワープしたとか、そんな感じだと思うことにする!
で。
「崩れた龍哉くんの実家を見て、ショックを受ける。うん、間違いなく受ける」
正直今でも行けないし。
「そこで、何らかの手段でみんなが亡くなってるのを知ったら……力がぶわーってなる!」
そこで耐えれるようなつよつよメンタルしてないからね!
同じ僕なら、いくら強そうな雰囲気になっても耐えれるとは思えない。
で、そうなったら……。
「龍哉くんがいる僕は、龍哉くんに泣きつくけど……一人だったら」
龍哉くんがいない、一人の僕を想像するだけで、胸が激しく締め付けられる。
きっと、あの子も。
……うん。
分かったかも。
「うずくまるか、逃げる!」
僕ながら情けないね!
今の僕は走れないからうずくまる!
でも、走れるなら逃げると思う。
あんな力をもってたら、きっと誰もいない場所に行こうとする。
龍哉くんさえいてくれたら他はどうでもいいとぶっちゃける僕だけど。
それでも、誰かを傷付けたいとは思えないから。
「ねぇ、龍哉くん」
僕は、まっすぐに龍哉くんを見つめる。
龍哉くんは何も言わずに、まっすぐに見つめ返してくれる。
「僕には、龍哉くんがいる。世界一強くて、頼りになって、格好いい龍哉くんが」
「お、おぅ」
少し照れた龍哉くんがとっても可愛い。
うん、照れた龍哉くんもなかなか……。
って違う、そうじゃなくて!
「でも、あの僕には、居ないんだ」
その言葉に、龍哉くんが目を見開く。
「龍哉くんも見えてなかった」
隣に龍哉くんがいない。
龍哉くんを見ることもできない。
龍哉くんに見てもらうこともできない。
そんなの。
そんなの、無理だ。
想像するだけで、僕の胸が裂けるように痛い。
それが、あの僕だ。
「だから、行かなきゃ」
異世界関係で、被害も出てる。
しかも僕にしか見えない。
だから、僕が行かなきゃ。
「……いいのか?」
危ないぞと、龍哉くんの目が語ってる。
でも、同時に龍哉くんは、もう一人の僕も放っておけない。
だから。
「うん、僕が行かなきゃだめだと思う」
熱くなっているペンダントが、僕の背中を押してくれる気がして。
そしてきっと、もう一人の僕は気付いてない。
龍哉くんが見えなくて、龍哉くんに見てもらえないって。
それに気付いたら……。
ぞわりと、僕の背筋が震える。
嫌な想像が、頭を離れなかった。




