第22話 エピローグ:おかえり
あのあと、龍哉くんが話してくれた。
勇者でしか倒せなかった魔王を倒すために、僕の骨から短剣を作ったんだって。
涙が止まらない僕に、泣きそうな顔で、あやすように語ってくれた。
でも、その辛い気持ちは、厄災さんが抱えて持って行ってくれたから、大丈夫だよ。
もう気配を感じない短剣に宿っていた僕の後悔と一緒に天に還っていったんだから。
そう伝えたら、沙穂にはかなわないなって、笑ってくれた。
龍哉くんは橋の崩落で僕をかばって重傷を負った、ということになった。
龍哉くんは肋骨を6本と左腕を骨折し、全身打撲。他にもいろいろ。
僕のためだったし、必要なことだったと思うけど、僕は泣きそうだった。
何より、一晩の入院すら断って出てきたのはどうかと思うよ!
確かに僕放置したら怖いかもだけどさ!
異世界の道具に回復薬とかないの?って聞いたら、人間が使えるのはないって言ってた。
厄災さんを思い出したら仕方ないなとは思ったけど、劇物しか管理してないのはどうかと思う。
無差別に集めた中に何かないか、今度探してみるって言ってはくれたけどね。
厄災さんと短剣の僕が残した宝石は、龍哉くんがペンダントに加工してくれて僕が着けてる。
なんか、その方がいい気がして。
ペンダントには龍哉くんの小箱?っていう小さいサイコロみたいなアイテムボックスもついてて、中には僕の短剣がしまってある。
中にいた僕はもういないけど、宝石と一緒に居たほうがいいなって思って、龍哉くんにお願いした。
それに、このペンダントを着けていると、温かい気がして。
実際に龍哉くんに診察してもらったら、体温調節が人並み以下にはできるようになってるらしい。
少なくとも、夏場のクーラーで凍死しかけるようなことはなくなりそうで、僕には十分に大きな一歩だった。
些細なことだけど、龍哉くんを心配させるのが減ったならいいな。
玄関で運動靴を履き終えた僕が、ゆっくり立ち上がる。
「龍哉くん、僕頑張って歩くよ?」
夏休みも終わり、学校が始まる。
今日は二学期最初の日だ。
夏休みの間、驚くぐらいに怪我を感じさせなかった龍哉くん。
左腕のギプスがとれるのも早かったし、日常生活はいつも通りだった。
龍哉くんが言うには、これぐらいの痛みは痛みのうちにも入らないんだって。
異世界怖い。
でも、だからって僕を抱えていくのは流石に難しいんじゃないかな!
「俺が沙穂を抱えてなかったら、その方が変だろ?」
「確かに!」
絶対学校のみんなに問い詰められる気がする。
「それに、ほら」
龍哉くんが腕の袖を少しめくると、影が手を振る様に揺らめいた。
「影喰いに補助させてる」
「おー、影ちゃんそんな便利なことが!」
僕が手を振り返すと、揺らぎが激しくなった。
確かにお家のことをかなり従魔さんたちが手伝ってくれてたね。
結構こわかわ系の従魔さんも居たし、だいぶ仲良くなれたと思う。
なんか、龍哉くんにはひたすら塩対応だったけど。
気取られないようにしてたけど、龍哉くんがちょっとしょんぼりしてて可愛かった。
「それなら、お願いしようかな」
「おう」
龍哉くんが無事な方の右手で僕を抱っこしてくれる。
僕は、玄関で見送りしてくれる従魔さんたちに向かって手を振る。
「いってきます!」
「いってくる」
嬉しそうに手やら尻尾やらを振ってくれる従魔さんたちに戸締りを任せる。
「嬉しそうだな、沙穂」
「うん。やっぱり、いってきますっていいよね」
誰かが家にいてくれる。
それがとってもファンタジーで、どっちかというとダークな存在だけど。
それでも、なんだかうれしかった。
「ペットみたいなものか」
「あ、確かにそうかも」
ペットも家族っていうもんね。
何より。
従魔さんたちは、龍哉くんが僕のために頑張ってくれた証だから。
たまに怖かったりもするけど、うれしい存在だ。
「じゃあ、これからは普通にただいまだな」
「……なんで?」
僕のなんでに、龍哉くんが少し驚く。
「帰ったら、あいつらがいるから……違うのか?」
「確かにそうかもだけど……」
僕の顔はへにゃりと崩れて。
「龍哉くんのただいまもおかえりも、僕がいいなって」
龍哉くんが300年も、言えなかった分。
僕がいっぱい言ってあげたいんだ。
龍哉くんの抱く力が強くなり。
龍哉くんの泣きそうな笑顔に。
「反則だ」
「えへへ、僕の勝ち?」
へにゃりと、笑い返す。
「一度も勝てたことねぇよ」
子供みたいな声で、笑ってくれた。
ありがとう、龍哉くん。
僕の所に帰ってきてくれて。
だから、毎日君に言うね。
おかえりって。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
『沙穂と龍哉の物語』は、彼らふたりだけの時間を、
ただ、丁寧に紡いでいくことだけを願って書き続けてきました。
第一章は、これでひと区切りです。
ふたりが再会して、同じ時を過ごせるようになった今、
ようやく“おかえり”が言える場所に辿り着けた気がします。
もしこの物語が、あなたの心に少しでも届いていたら、
それ以上に嬉しいことはありません。
まだ物語は続きます。
ふたりの“これから”を、もしよければ、もう少しだけ見守ってください。




