第21話 いいよ
「龍哉くん!!」
最初のほうは、安心して見れていた。
厄災って呼んでる、異世界での龍哉くんの身体。
正直大きすぎて、元が龍哉くんだって知らなかったら、怖くてたまらなかったと思う。
でも、めちゃくちゃ格好いい龍哉くんの言葉からの叩き落としに、僕じゃ追えない程の連続攻撃。
あんまりにもファンタジーで、それを龍哉くんがしてるって思ったら興奮しっぱなしだった。
でも。
あんな大きなものを叩きつけられても、厄災さんは立ち上がって。
どこからか作り出した長い剣で、龍哉くんを吹き飛ばした。
僕は初めて、声にならない悲鳴を上げた。
何かをクッションにした龍哉くんだけど、どう見ても無事じゃない。
ゆっくりと距離を詰める厄災さんに、龍哉くんは色々なものを投げたり、盾にしたり、従魔さんを呼んで乗って移動してるけど。
全部、あの長い剣に切り払われて、従魔さんもすぐにやられちゃっている。
このままじゃ龍哉くんが!
明らかにピンチな龍哉くんに、僕の頭は焦りでいっぱいだ。
僕が危なくなったら、って龍哉くんは言っていたけど。
龍哉くんが危ないのは、僕が危ないのと一緒だ。
だから、僕は迷わずに龍哉くんに預けられた白い小箱に開いてって念じた。
白い小箱が輝き、ゆっくりと解けていく。
中からは、乳白色をした、奇麗な短剣が入っていた。
なんだろう、すごくしっくりくる。
まるで、自分の体の一部のような握り心地の短剣を、ぎゅっと抱き留める。
すると、さっきまで龍哉くんしか見えていなかった厄災さんが、ぴたりと動きを止め。
ぐるりと、僕の方を向いた。
「っ!」
赤く濁った眼が、まっすぐに僕を見つめていた。
そして。
──絶叫。
すさまじい悲しさと、後悔が感じられる悲鳴が上がった。
さっきまで握り締めていた剣を放り捨て、必死に這うようにこっちに近付いてくる。
僕のほうに動き出した厄災さんを、龍哉くんが必死に食い止めようと、鎖のようなものを投げつけているけど、止まりそうになかった。
「沙穂!!」
余裕の全くない龍哉くんの声が聞こえる。
でも、なぜだか僕は怖くなかった。
だって。
厄災さんの目が、あの時の龍哉くんの目と一緒だったから。
ごめんって、必死に縋りついてくれたあの目と。
あんなに怖い顔をして、大きな体になっても、龍哉くんは変わっていないんだなって。
──ごめんね。
ふと、声が聞こえた。
龍哉くんの声じゃない。
でも、よく知ってる声だ。
じんわりと、誰かの感情が僕の中に広がってくる。
誰かの胸が、ぎゅっとしてるのを一緒に感じた。
──僕のせいで、ごめんね。
この感覚は、僕が一番知っている。
あの夢を見る日に、感じた胸の痛みだ。
──僕が、龍哉くんだけでも生きてほしいって願ったばっかりに。
そっと、握り締めた短剣を掲げる。
僕の目を通して厄災さんを見てる誰かが、泣き崩れていた。
──龍哉くんが笑顔でいてくれたら、それでよかっただけなの。
この短剣は、僕だ。
──僕なんて忘れて、生きてくれたらよかったのに。
悲しくて、でもうれしくて。
──あんなになっても、僕を思ってくれるなんて、思わなくて。
大切な人の幸せを願っただけなのに、それが彼を呪ってしまうなんて思わなくて。
──あんなにも苦しめてしまうなんて、思わなかったの。
そうだよね。
僕は、知っている。
放っておいたらすぐに死んでしまうような僕が、元気でいられるのは龍哉くんがいるからで。
何年もかけて、龍哉くんはそれを僕に教えてくれた。
でも、自分が元気で、そんな時間もなかったなら。
あんなに格好いい龍哉くんだから、へっぽこな僕よりいい人が見つかるって思っちゃうよね。
龍哉くんは、300年を超えて僕を助けてくれた。
でも、もしも。それが逆だったら。
きっと僕も、同じことをしたかもしれない。
そしてこの僕は、龍哉くんがいない世界を知ってる。
それがどんな形だったかはわからないけど。
龍哉くんと違って頭がよくない僕なら、きっと間違ったんだろうなって。
そう思う。
……だからね。
想いは、伝えなきゃ。
龍哉くんは、300年を越えて、ごめんって伝えてくれたんだから。
今度は僕の番だよ?
でも、伝えるのはそっちじゃないからね?
僕は、まっすぐに厄災さんを見つめて。
「お馬さん、まっすぐ進んで」
僕の言葉に一瞬止まるも、言うことを聞いてくれる。
「沙穂!?」
遠くから龍哉くんの声が聞こえる。
「大丈夫!!」
僕はできる限りの大きな声で応える。
「だって……龍哉くんだから、この子も!」
僕の言葉に、龍哉くんの顔に敵わないなって表情が浮かぶのが見えた。
それでも、必死にこっちに向かってくれるのはうれしいけどね。
僕から近付いたことで、厄災さんの動きは止まっていた。
お馬さんに乗ったまま、僕はゆっくりと近付いていく。
「大丈夫だよ」
龍哉くんに声をかけるときのように、心からそう思いながら。
縋る様に伸ばされた厄災さんの大きな手に、そっと触れる。
大きくて、とげとげしてて、怖いはずなのに、温かい手だった。
僕は、心の中で泣いている僕に、そっと手を差し伸べる。
一緒に言おう?
誰よりも、君の気持がわかるから。
「辛かったよね」
そっと、短剣を厄災さんの指に触れさせる。
「大変だったよね」
僕が龍哉くんの手を握る様に。
「僕のために、いっぱい頑張ってくれたんだよね」
厄災さんの手が、震えていた。
それを、僕は短剣といっしょにぎゅっと抱きしめた。
「……龍哉くん」
僕は顔を上げて、まっすぐに厄災さんの瞳を見つめて。
「ありがとう!」
へにゃりと、笑いかけた。
厄災さんの全身から、力が抜けていく。
濁っていた瞳が、今の龍哉くんみたいな、澄んだ瞳になって。
「……俺」
「うん」
龍哉くんとは思えない、何かをこすり合わせたような声で。
「沙穂の墓、暴いて」
「うん」
でも、間違いなく龍哉くんだってわかる声で。
ぼろぼろと、涙が零れ落ちてくる。
「許されないことして」
「……うん」
僕も、僕も、涙があふれていて。
「だから、せめて」
視線が、短剣に注がれる。
悲しさと、愛しさにあふれた、優しい目だった。
「……お墓に、埋めてあげなきゃって」
「……うんっ!」
短剣から流れてくる思いが強すぎて、それが僕にも理解できて。
「……もう、大丈夫だよ」
「だいじょうぶ、なのか?」
小さくなった声が返ってくる。
「うん。だから、もう休んでいいんだよ」
「でもおれ……ゆるされないこと……」
ゆっくりと崩れだした厄災さんに。
短剣が輝き、その光が厄災さんに伝わっていく。
──いいよ。僕が、ずっと隣で、いいよって言うから。
「ずっと、隣に……?」
──だから、一緒に寝よ。
「さほがいっしょなら……うん」
短剣から光が失われて、光が厄災さんを包み込み。
厄災さんは、その光をそっと抱きしめるようにうずくまると。
「……さほ、ごめんな」
──いいよ。龍哉くんだもん。
二人は、小さな宝石だけを残して。
空に昇る様に消えていった。
あとには、涙が止まらない僕と。
やさしく抱きしめてくれる龍哉くんだけが残った。




