第20話 懺悔に行った回数は百じゃきかない
「あれだけぶち込んで、ほぼ無傷か」
槍は大体弾かれ、刺さったのも何事もなかったように引き抜かれた。
あれだけ殴りつけた頭も、多少甲殻が欠けただけだ。
我ながらとんでもない化け物だな、お前。
四つ足で立っているのに、ひと際大きな腕に支えられて頭が見上げるようだ。
何かを探しているように瞳がせわしなく動いている。
「そんな暇は与えねぇよ」
俺はアイテムボックスから赤い小箱を複数取り出し、厄災の真上に投擲。
同時に、黒狼につかまると一気に加速させる。
黒狼の爪が魔力を帯びて輝きだす。
魔力に反応した厄災がこちらを警戒し、全身に魔力を帯びていくが……。
「開け」
空中の赤い小箱に封じてあった一回り小さな咎縛りの蛇達が解き放たれ、厄災に絡みついていく。
厄災が纏おうとした魔力が、蛇達によって絡めとられ、散らされる。
──狙うは、まずは翼。
我ながら厄介だと思う翼腕、左前翼に向かって槍を射出。
そのまま槍をつかみ、黒狼の勢いに跳躍を加えて前に躍り出る。
勢いが乗ったところで即座に槍を回収。
今俺では持てない程の巨大な鉈を射出、抱き込むように握り締めると、勢いのまま体ごと一回転させる。
左前翼を地面にたたきつけ、そのまま突き刺さった鉈で拘束する。
転がる様にその場から退避すると、俺に続いた黒狼の爪が、鉈と交差するように翼に叩きつけられ。
巨大な翼が宙を舞った。
厄災の絶叫が響き渡る。
余りの音に、周りの音が聞こえなくなる。
だが、こんなので動けなくなってるようじゃ異世界の300年は生き抜けない。
宙を舞う翼を即座に回収する。
こいつなら再利用しかねないからな。だって俺ならそうする。
今切れる手でも使いやすく強力なのを迷わずぶつけたが、思ったよりきついな。
翼は一枚奪ったが、残り5枚もある。
誰だ6枚も付けた奴は……俺か。
相手が油断してたから行けたが、あの短い間で咎縛りが何匹かやられている。
鉈も回収したが、ひびが入っていて次は当たれば折れる。
黒狼も振り抜いた右爪が折れかけてる。
特に強靭な部位ではあるが、それにしてもだな。
そして何より、厄災が俺のことを明確に敵と認めた。
周囲を探していた目が、まっすぐに俺をにらみつけている。
まったく、こんな目をしてたんだな。そりゃ魔王にあんなに罵られるわけだ。
従魔特化の強化してきたのに、一番の化け物が自分って、最後の俺は本当に手段を選んでないな。
「俺も手段は選ばないがな」
アイテムボックスから、様々な色の小箱を取り出し、それを密かに呼び出した従魔の触手に持たせ、様々な方向に伸ばしていく。
俺のアイテムボックスは、小さなアイテムボックス──小箱を生成し色で分類分けして収納整理してある。
視界内ぐらいなら維持できるし、開封も任意だ。
開封時には任意の方向に高速で射出もできる。
だから、こう言う芸当もできる。
俺は足元に呼び出した小箱を踏むと、足裏から射出された盾にのって天高く跳躍する。
空中で触手が保持している小箱を蹴ると、そこから射出された岩に乗って横方向に跳び、折れかけた鉈を全力で射出投擲。
対角線上の触手を蹴り、さらに射出し下方向に跳ぶ。
鉄槌を重力も乗せて射出投擲。
下で待機していた触手を蹴り、斜め上に跳ぶ。
すれ違いざまに射出し振り抜いた大剣で翼を切りつける。
蹴り、跳び、投擲、蹴り、跳び、斬撃。
俺が攪乱、連続投擲しながら、地上では従魔が襲い掛かる。
骨の大蛇が魔力を絡み取り。
黒鉄の狼が牙と爪で甲殻を削り。
影が俺が呼び出しておいた刃で鱗の隙間を抉る。
正直戦力が全く足りないが、ないならないで何とかする!
ひと際高く跳躍すると、その勢いのまま上に呼び出した小箱に逆さまに立つ。
そして、アイテムボックスを整理していてなんで入っていたのか首を傾げたものに触れ。
「記念品にしては趣味が悪いが、俺らにはぴったりだよなぁ!!」
何せ、懺悔に行った回数は百じゃきかないからな!!
射出。
真っ逆さまに跳びながら、俺はアイテムボックスから“教会の尖塔”を取り出し、射出。
大質量を厄災に叩きつけた。
土煙に覆われて見えなくなった厄災から、大きく距離をとる。
幸いにも無事だった黒狼と、生き残っている蛇達を回収する。
触手には改めて小箱を渡して展開済みだ。
フラグは立てねぇぞ。
煙が晴れ、厄災がその姿を現す。
教会の尖塔に抉られた左半身が大きく損なわれ、左翼は全損。
右側も、かなり傷だらけだし、翼も一枚失われている。
ちゃんと効いていることに少し安堵し。
自分の狂気の深さを失念していた。
肉と、骨が混ざる音がする。
潰れて原型がないはずの骨肉が、異様な音を立てながら、一本のいびつな長い剣になる。
「まじかよ」
俺は考えるより先に足裏の小箱を踏み込み、上空に跳躍。
次の瞬間、残った右の剛腕で真横に振り抜かれた剣が、触手を一撃で切り払った。
判断が遅かったら、俺も真っ二つだったなこれは。
声のない悲鳴を上げる触手だが、回収してる余裕はない。
一人空中に残った俺に向かって、ためらいなく剣が振り上げられる。
我ながら判断がいいことで!
避ける余裕はない。避けれても、手足のどこかは間違いなく飛ぶ。
俺は全身が隠れる大きさの魔王軍幹部が使っていた鉄盾を呼び出し、受け止める。
全身がばらばらになりそうな衝撃に、だが衝撃で済んだ一撃に吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられる直前に、スライムの死骸を呼び出しクッション替わりにする。
それでも殺しきれなかった衝撃が全身を打ち、地面に投げ出される。
破裂したスライムの死骸の粘液をぬぐいながら、何とか立ち上がる。
左半身を失ったことで動きが遅くなったおかげで射程外だが……。
ちょっと、本格的にまずいな。
骨も何本か折れてる。
たまった血反吐を吐き捨て、ゆっくりとにじり寄る厄災に、苦笑を浮かべる。
「そりゃ、魔王も何なんだ貴様って言いたくもなるか」
小箱を構えながら、俺はそんな魔王の言葉を思い出していた。




