第19話 ちょっと、かっこつけてくる
いつも以上に可愛く甘えてくれる沙穂を抱き寄せて撫でていると、見えない何かが戻ってきた気配を感じた。
偵察に出していた従魔達の一部が戻ってきたようだ。
戦闘用の大半は魔王戦で消費したが、補助用の従魔は結構残っていたのは助かった。
特にこいつらは影と同化して隠密行動できるので偵察にはうってつけだ。
机の上に伸びてきた影に手を触れて、情報を受け取る。
まずは周囲の状況からだ。
「周囲に人影はなし。橋が崩れたから気付いた誰かが来るのは時間の問題だが、すぐではないか」
少なくとも、大蛇を見たものはいなさそうだ。
……現代社会の高度な情報技術を考えると絶対とは言えないが。
ある意味異世界より面倒だな、と思いつつ一息ついた。
「……もしかして、何かいるの?」
当時の癖だった情報整理の独り言が漏れてしまっていた。
それに加えて、俺の不自然な動きと影に気付いたようだ。
本当に、よく見てくれている。
「従魔に偵察をさせていた」
「おぉ、そういう子もいるんだ……!どんな子?」
当然興味がでたのか聞いてくる沙穂だが……。
「あー、悪い。こいつらは、隠密前提で見た目一切こだわってないから、ちょっとな」
正直、人によっては吐くような外見してるから刺激が強すぎる。
作った時以降見ていないからうろ覚えだが、完全にホラーゲームの住人だったはずだ。
「そ、そっか。ならやめとこうかな……」
俺の口調と表情からどういう外見か察した沙穂があっさり引き下がる。
普通にホラー全般苦手だからな沙穂は。グロはもっとダメだし。
「名前ぐらいは聞いていい?」
「……《影喰いの仔》だ」
自分の黒歴史を聞かれてる感が強くて、正直だいぶむず痒い。
テーブルの上で、何故か沙穂が影喰いと手で影鬼をしている。
……いや、お前らそんな遊び心とかあったのか?
しかもめっちゃ接待してるじゃねぇか。
あまりの接戦っぷりに普段こういうので勝てない沙穂が超楽しそうじゃねぇか、よくやった。
そんな平和な光景を横目に、別の目的で偵察に出していた部隊が戻ってきた。
情報を受け取ると、思ったよりやばい状況になっているのが把握できた。
俺の身体──面倒だから厄災と呼ぶか──が、こちらに向かってきているらしい。
位置的にどうやら、土石流で崩れた山肌の土砂の中で眠っていたらしい。
……となると、瓦礫で潰れて死ぬ寸前だった俺たちを助けたのは厄災ってことか。
あの時、アイテムボックスから飛び出した何かによって救われた。
あれ以降一度もアイテムボックスは開いていないし、すぐに意識を失った俺では回収もできなかったはずだ。
アイテムボックス内の不自然な空白を考えると、そうとしか考えられなかった。
となると、あの時からずっと眠ってたのか、お前は。
化け物がいたとかいう噂は聞いたことがなかったからな……おとなしく寝てたんだろうが、動機がわからん。
だが、今はそんなことより、まっすぐこっちに向かってきているのが問題だ。
明らかにこっちに気付いている。
……となると、アイテムボックスを開いたのが原因か。
厄災に助けられ、厄災のせいで死にかけ、厄災のお陰でアイテムボックスが開き、そのせいで狙われる、か。
結局、全部俺が原因だな、これは。
苦笑いを浮かべるしかないな。
「勝ったー!!」
見事な接待テーブル影鬼で、気持ちよく勝たせてもらった沙穂が両手を上げて嬉しそうだ。
……いや、運動系壊滅な沙穂に気持ちよく勝たせるとか、お前らそこまで繊細なことができたのか?
え、お前ら自意識とかあったの?
俺の言ったことしかやらない機械みたいな生体じゃねぇの?
咎縛りといい、お前ら沙穂に甘すぎないか?
……いや、俺への恨み心髄なのは理解しているが。
喜ぶ沙穂を抱き上げると、急な抱っこに驚いた沙穂が目を瞬かせる。
「沙穂、移動するぞ」
「うん。どこ行くの?」
俺の行動には一切疑いをはさまない沙穂に内心助かっている。
「あぁ、暴れても被害が出ない場所にな」
「採石場とか?」
なぜに採石場?
まぁ、そんなところがあれば確かに完璧だが。
スマホの地図アプリを起動してみるが、残念ながら採石場とかはないな。
とはいえ、道路に面していない、比較的開けた場所は確認できた。
そこなら巻き込むことはないだろう。
「俺の異世界での身体、厄災と呼ぶが……それが迫ってきてる」
「え、そうなの!?」
そういえば、沙穂に後悔の有無を聞かれて目覚めた可能性について話してなかったな。
「正直、俺と沙穂のどっちが狙いかわからない」
沙穂への執着か、失われた魂を取り戻すためか。
どっちもありそうだからな。
「最悪逃げることも考えるが、あれは俺がどうにかするしかないと思う」
アイテムボックスが向こうにあるかはわからないが、少なくとも死体から従魔をいくらでも生成できる化け物は世に解き放ったらだめだろう。
正直、鍛えるだけ鍛えたと思った体が、こんなにも心もとないときが来るとは思わなかった。
「全力で守るから……見守っていてくれるか?」
「……うん、信じてる」
へにゃりとした沙穂の笑顔に、もう一度覚悟を決める。
今打てる手は限られてるが……。
「俺の異世界の300年を、沙穂に見せるよ」
「龍哉くんのかっこいいところ、楽しみにしてるね!」
アイテムボックスから、鎧を着た骨の軍馬を呼び出す。
元魔王の愛馬が素材で、空も駆け抜ける移動系としては最上級だ。
まぁ、由来が由来だから従魔でも特に俺への憎悪がとびきりなんだが……。
「おぉー、かっこいいお馬さんだ!!」
なんで、沙穂には跪いて乗りやすいようにしてるんですかねぇ!
顔をなでられて気持ちよさそうに身震いするんじゃない。
跪いてもらっても一人では乗れない沙穂を、抱えてあげて鞍に座らせる。
沙穂の後ろに俺も乗ろうとしたら……おい、立ち上がるな。
鼻で笑うんじゃない。
確かに、異形だった当時と比べれば小さいから、そうされたら乗りづらいけどな?
命令すればいいだけだが、負けた気がする。
仕方ないので鐙に足をかけて飛び乗る。
舌打ちをするんじゃない。
「お願いね?」
嬉しそうに嘶くな。
何も命令してないのに勝手に走り出すんじゃない。
「すごい!本当に空を駆けてる!!」
それが当然のように空を駆けだした軍馬に、沙穂が興奮している。
まぁ、こんなかわいい沙穂が見れたなら、何でもいいか。
空を駆けていると、遠くで土煙が見えた。
当たり前のように木々をなぎ倒しながら、一直線にこちらに向かってきている。
こちらが移動すると、それに合わせて向きを変えているから感知されてることは間違いない。
いや、土煙が吹き散らされて……まさかあいつ!
こっちが空にいるとわかって、飛ぶつもりか!
目的地に向かって軍馬を急かしながら、全貌があらわになった厄災を振り返る。
「あれが、そうなの……?」
あまりの異形に、あれが本当に俺だったのか信じられないと、俺と厄災を交互に見る沙穂。
完全に狩りゲーのラスボスだな、あれは。
外から見たことのなかった自分の異形の姿に、さすがにほほが引きつる。
周囲の木々よりはるかに太い腕と、容易に周囲を薙ぎ払う尾。
広げられた翼は、異様なほど大きく、周囲の木々の先端すら超えた高さまで届いていた。
……悪いな魔王、確かにありゃ厄災だわ。
冷静な目で改めた認識した自分のかつての姿に冷や汗が止まらない。
──保険は、いるな。
そう判断した俺は、別の意味で冷や汗が止まらなくなりながら、アイテムボックスの一番奥から、一つの箱を取り出した。
淡い輝きを放つ長方形の白い箱を、そのまま沙穂に手渡す。
「沙穂」
「これは……?」
手の中の白い箱をまじまじと見つめる沙穂。
「もしも沙穂に危険が迫った時は、その箱を開けてくれ。強く念じれば開く」
「何が入ってるの?」
何が入ってるかを思い出そうとするだけで、目が焼けるように痛む感覚に襲われる。
「……沙穂にならきっと、力を貸してくれるものだ」
曖昧な返事しかできない情けなさを感じながらも、俺は直感を信じて箱を託す。
「うん……わかった!」
俺を信じてくれる沙穂の言葉に胸が熱くなる。
このまっすぐな瞳に映るなら、少しでも格好つけないとな。
後ろから、大きく羽ばたく音が聞こえてくる。
電車並みにでかい巨体が、浮かび上がっていた。
羽ばたくたびに甲殻が軋み、慟哭のような音が響き渡る。
そして、ひときわ大きく羽ばたいたかと思った瞬間、一気に加速してきた。
目的地まではもう少し。
だが、風圧対策なんて存在しない軍馬は最高速度を出せない。沙穂が吹き飛ぶ。
このままでは追いつかれるのは時間の問題だ。
だから、俺は手綱を沙穂のリュックのハーネスに括り付ける。
「え、龍哉くん!?」
沙穂の後ろで、鞍の上で立ち上がる。振り向いた沙穂の目が驚きに開かれる。
「沙穂、こいつと一緒にいてくれ。守ってくれる」
「う、うん」
伊達に魔王の元愛馬じゃない。
逃げ足に関しては任せても大丈夫な実績がある。
だから、俺は安心して挑むことができる。
目的地上空には着いた。
「ちょっと、かっこつけてくる」
「ふぇっ!?」
そう言い残し、俺は軍馬から一気に跳躍し。
高速で突っ込んでくる厄災に向かって、大きく手を振り上げ。
「落ちろっ!!」
アイテムボックスから射出した勢いのまま、巨大な鉄槌を厄災の頭にめがけて振り下ろした。
慣性を下に強制的に変えられた厄災が地面に墜落する。
跳ね返った鉄槌を即座に収納して回収すると、代わりに呼び出した岩を足場に厄災に向かって跳躍する。
魔王の拘束にも使った長槍を取り出し、土煙を上げる厄災に向かって射出の勢いを利用して連続投擲。
俺と厄災が交差する寸前に、回収した鉄槌を今度は射出の勢いを活かして振り回し、運動エネルギーを全部鉄槌に回し、叩きつける。
起き上がりかけた頭をもう一度地面にたたきこみ、俺は野原に滑る様に着地し慣性を殺しきる。
呼び出した巨大な黒鉄の狼を背後に従え。
「お前がなんで目覚めたかは知らんが、もう一度眠ってろ」
俺と俺の、戦いが始まった。




