第11話 やっぱり一個だけ
「あれ、俺……」
寝て、た……?
なんか、すごい心地いい。
柔らかくて、温かくて。
撫でられて、優しくて。
「えへへ、おはよう龍哉くん。ぐっすりさんだったね!」
目を開けると、沙穂の顔。
いつもより少し距離が遠くて。
いつも以上に、へにゃへにゃな顔だ。
なのに、胸が軋まない。
なんで……。
「……っ!」
ようやく頭が回ってきた。
「まだ、寝てていいよ。せっかく、僕が上から眺めれるんだもん」
沙穂に、膝枕されて。
ずっと撫でられてたのか、俺。
その事実に、いつもは軋む胸が、一気に熱くなる。
「……あの後寝たのか、俺」
沙穂に縋りつきながら泣いていたのは覚えてる。
「ちょうどいい感じの場所だったから、そのままお膝にご招待だったよ!」
一かけらも、迷惑だなんて思ってない声で。
本当に、うれしそうな顔で。
ずっと、撫でてくれたのか。
俺をなでる手に、そっと触れる。
沙穂が、指を絡ませて、応えてくれる。
触れるだけで、壊れそうな、本当に小さくて華奢な手だ。
なのに、こんなに温かくて。
「ちゃんと、途中できゅうけいを挟んだから平気平気」
そういう心配も……してなくはないが、そういうつもりじゃないんだけどな。
どこか的外れな沙穂に、自然とほほが緩む。
「格好悪いところ、見せたな」
今まで格好つけてきたのに、台無しだ。
「……何のこと?」
きょとんと、本当に俺が何言ってるかわかってない顔だ。
「ガキみたいに、泣いちまった」
少し考えるように首をかしげると、ようやく合点がいったようだ。
「うん、あの格好いいところだね」
その言葉に、今度は俺が何を言っているかわからなかった。
「だってさ。龍哉くんがあんなになるぐらい、ずっと辛かったんだよね」
「……あぁ」
情けないが、事実なので肯定する。
「と、言うことはだよ、龍哉くん」
いつものとは違う、沙穂の顔。泣きそうなぐらいに、優しい顔で。
「そんなに辛いのに、何年間も僕をずっと、ずっと守って、安心させてくれてたんだよ」
その瞳の奥から、今まで見たことのない熱を感じる。
「そんなの、世界一格好いいに決まってる。もっと、好きになるに決まってる」
その瞳から、目が離せなくて。
「大好きだよ、龍哉くん。世界で龍哉くんだけが、大好き」
いつもよりも、熱のこもった声が、俺の奥まで焼いて行った。
もう、俺は力が入らなくって。
「降参だ」
「えへへ、僕のかちー」
沙穂には一生勝てないって、悟った。
しばらく余韻に浸っていたが、なんか沙穂がぷるぷる震え始めたので起き上がる。
「しびびび」
俺みたいな大男を、頭とはいえ膝枕してくれたらしびれもする。
「悪い」
「……そこは、そっちじゃないんじゃないかな?」
ぷくっと膨れた沙穂に、俺は両手をあげる。
「間違った。……ありがとう、沙穂」
「うん、どういたしまして」
へにゃりと笑う沙穂に、俺も自然とほほが緩んだ。
もう、胸は軋まない。
「どうする、移動するか?」
「いえ、しびびってますのでさわるのはお控えいただけますと助かります!」
沙穂の太ももに刺激を与えないように、少し離れて座りなおす。
……悲しそうな顔をするな。
わかった、しびれて動けないからだろ。
寄り添うように座りなおすと、笑顔に変わる。
しびれているからいつもよりはぎこちないが、俺に体を預けてくる。
本当に、沙穂には敵わない。
いつもより、頭を強く擦り付けてくるのは撫でてほしいときだ。
きっと、沙穂が俺を撫でていて、自分も撫でてほしくなったんだろう。
沙穂の細い銀糸のようなさらりとした髪を、指先で優しく撫でる。
……もう少し強くな? わかったわかった。
沙穂の小さな頭を、無駄にでかい俺の手のひらで包むように撫でる。
お気に召したのか、目じりがいつもより垂れ下がる。
その目が可愛くて、じっと見つめていたら、視線に気づいた沙穂と目が合う。
俺が、ちゃんと心から笑ってやると、へにゃりと顔が崩れた。
この顔が、好きだ。
沙穂らしい、この笑顔が、俺は一番好きだ。
ずっと、悪夢の象徴であっても、それは変わらなかった。
だから。
その笑顔を絶やさないために、俺も笑えるようにならないと。
まだ、終わってない罪と、向き合わないといけない。
だから。
「沙穂」
「なーに、龍哉くん」
甘え状態になってる沙穂に、もう一度重い話をするのは気が引けるが……。
俺が、向き合わないと、いけない話、だから。
「俺、まだお前と、話さないといけないことが──」
意を決して、そう口を開いた俺の口を、手のひらで物理的に閉じられる。
「沙穂……?」
「それはね、今度でいいよ」
沙穂が両手で俺の手を包み込む。
「……気づいてなかったでしょ。龍哉くん、手も、声も、震えてたよ」
沙穂。お前は、どれだけ俺のことを見てくれているんだ。
「今は、龍哉くんが笑えるようになってくれたから、それでいいの!満点!」
沙穂が、こんなにも、俺の心に寄り添ってくれているんだ。
「だからね……龍哉くんが、もう大丈夫ってなったら」
俺は、それに応えないといけない。
「その時に話してね?」
俺の罪に、向き合わなきゃな。
「あ、でもやっぱり一個だけ聞いてもいい?」
「……あぁ」
何を聞かれるのか。少し覚悟して言葉を待つ。
「龍哉くんが頑張ってくれたから、僕が今ここにいるんだよね?」
「まぁ、色々と省けば、そうなるな」
色々というか、ほぼ全部省いているが。
「そっか、それなら」
沙穂が、こほんと息を整えて。
「ただいま、龍哉くん」
へにゃりと、笑いかけた。
俺。
……ダメだ、このままじゃ、また泣いちまいそうだ。