第10話 夢のない日
いつも、夢を見ていた。
沙穂が俺の腕の中で、へにゃりと笑っている夢だ。
どんなに口を開こうとしても、俺の体は言うことを聞いてくれない。
そうやって時間を無駄にしているうちに、沙穂の体から力が抜けて。
俺の口からやっと出た声は、声にもなってない悲鳴だけだった。
……これでも、ここ数年でだいぶましになっている方なんだ。
昔は、沙穂の顔もわからなくなっていたのだから。
だから、目が覚めるたびに。
俺は、腕の中のぬくもりに救われていた。
ここにいる。
呼吸をしてる。
鼓動が聞こえる。
おはようと、声をかければ。
おはようと、返ってくる。
それだけで、俺は十分だった。
たとえ、へにゃりと笑う沙穂の顔が、あの時の沙穂の顔を重なって見えたとしても。
俺の一番好きな子が、一番好きな顔を向けてくれるんだから。
俺の胸が軋むぐらい、なんてことはない。
……そう、ごまかしていた。
でも今日は違った。
寝起きで心構えができていなかったせいだろう。
見えた沙穂の顔が、あの時の沙穂の顔に塗りつぶされて──
もう、誤魔化せなかった。
沙穂は、本当に俺のことをよく見てくれてる。
バレるのも時間の問題だったんだろう。
それに、強かった。俺なんかより、ずっと。
何より、あの──
俺に向けられていたはずの笑顔が、感情の抜け落ちたあの顔が。
俺の強がりを砕くのには、あまりにも効果的だった。
あんなにも、怖いとは思わなかった。
あんな顔をさせてしまったことが、苦しくて、情けなかった。
それでも。
話すと決めたら、沙穂の顔には色が戻った。
もう、ごまかせないと悟った。
俺が話しているときも、沙穂はずっと寄り添ってくれて。
本当に、敵わないと思った。
何を話していいのかわからなくて。
整理しようにも、ぐちゃぐちゃの頭はどうしようもなくて。
……それを察した沙穂が、話を振ってくれた。
助かった。
まさか、沙穂があの時のことを夢として見ていたとは思わなかったが──
俺は、途中から自分でも何を言ってるのかわからなくなって。
ただ、閉じ込めていた言葉を、ぐちゃぐちゃのまま吐き出して。
本当に、格好悪かったと思う。
……幻滅されてたら、仕方ないけど。いやだな。
沙穂の前では、格好いい俺でいようって、思ってたんだけどな。
それに──沙穂は。
俺に、「ごめん」って。
ずっと言いたかった、でも言えなかった「ごめん」を、言う機会をくれた。
「笑ってほしいだけだったんだ」って。
だから、笑ったんだって。
へにゃっとした、あの顔は──俺のためだったんだって。
もう、ダメだった。
ずっと、かっこつけてきたけど。
無理だった。
ガキみたいに、沙穂に縋りついて。
ガキみたいに、大声で泣いて。
沙穂が、「いいよ」って。
「大丈夫だよ」って。
ずっと撫でてくれて。
気がついたら、俺は沙穂の胸の中で眠っていた。
異世界から帰ってきてから、初めて──
ぐっすりと、眠れた。
夢は、見なかった。




