嵐ときどき内輪揉め ~決断?いや、ただのパニックです~
――海は、穏やかだった。
つい数秒前までは。
「殿下あああああ!!舵がああああ!!」
「波が!波がッ!予測不能な挙動をッ!!」
「おいソーラ!観測報告は!?って、なぜ今“雲の気持ち”を歌に!?!?」
「♪わたしは~白くてふわふわ~きまぐれな風に流されて~(高音Bメロ)」
「やめて!その旋律、精神に直接来るタイプぅぅ!!」
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海は、突然牙をむいた。
嵐、発生。いや、発生したというより“突然そこにいた”という表現の方が正しい。
どこまでも理不尽。もはやナメクジにピザカッターで挑まれるレベルの唐突さ。
それを目前にしても、船長は静かだった。
「なるほど。想定外だ」
「いや殿下、顔が青い!明らかに船酔いしてる!!口元の曲線、分析するまでもなく限界きてますから!!」
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一方その頃、マジシーは――
「嵐のエネルギーだと!?ふっふっふ……このタイミングでッ!俺の“雷光吸収式・爆鳴ファラデー機構付き・無限肩たたきマシーン愛母号Ver.3.1β”の出番だな!!」
「それ使ったら“肩”だけじゃなくて“未来”まで叩き壊しそうなんだけど!?」
「起動!!」
※なお、起動した直後に“ボンッ”という非常に嫌な音がしたことを記しておく。
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ポンデンは、マストにしがみつきながら哲学していた。
「……この混沌こそ、世界の真なる姿……もしかすると、我々が嵐なのでは……?」
「今そういうの要らない!!」
「波は理、風は問い。我々は答えに耐えうるか……む?」
※このあと彼は波に吹き飛ばされそうになったが、「風流……」と呟いて満足げだった。
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ノエラは、突然歌い出した。
「♪納税魂の咆哮ぉぉッ!今こそ届けッ!荒波の向こうの税務署へぇぇッ!!」
「ちょっ、それこの状況で流す!?そんなデスメタル調の徴収ソング要らない!!」
なお、ノートンの記録によれば、この歌の影響で船員たちの士気が“方向性不明のまま異様に上昇”したことが確認されている。
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ダリオは……絵を描いていた。
「見える!このカオスの中に、金色のビスケットが……!!いや、これはプリンか!?カスタードか!?ああ、曖昧な色彩が“問い”をかき立てる……!!」
「波に飲まれそうになりながら描くのやめよう!?あとそれ、多分“昨日の昼食の幻覚”!!」
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そんな混沌の中、船長は――トイレに籠城していた。
「船体の揺れ角度と嘔吐物の飛散方向には、明確な相関関係が……(げふ)……」
「殿下ぁぁぁ!!今そんな分析してる場合じゃ――あ、またメモ書いてるぅぅ!!」
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そして――
ドゴォォンッ!!
巨大な波が、シー・チキン号を揺らす。
全員が揺れ、叫び、転がり、頭をぶつけ、スプーンが耳に刺さりかける(※マジシーの新兵器の名残)。
その瞬間――
船長、トイレから登場。
「……フィーリング舵だ」
「だからそれなんなのぉぉぉ!?」
「いや、今回は本当に“直感”しかない。思考リソースが……船酔いにより停止中……」
「それ、バグ!!思考が嘔吐に上書きされてるだけですからぁぁ!!」
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だが、船長は迷わず舵を取った。
目を閉じ、空気を読み、風の流れを感じ――
「進行方向、……左手に3.14ラジアン、右手に第2ビスケット配置ライン。よし、“あえて逆”だ」
「逆!?」
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ぐぐぐ――ッ!
その瞬間、船は嵐の中心へと突っ込んでいった。
叫び、叫び、また叫び。
風が吠え、波が唸り、空が割れ――
――そして。
急に、静寂が降りた。
「……?」
「え……?」
「いま……嵐の“目”に……?」
「ど、どゆこと?え、船長の“フィーリング”って当たったの!?」
「バカな……まさかの……必中直感舵!?」
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誰もが沈黙したその時。
船長、ぽつりと呟く。
「……いや。あれは“直感”ではなかった。あの波の流れの中に、“問いの重なり”を感じたんだ」
「やめて!美しくまとめようとしてるけど、トイレから出てきた直後だから!!」
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こうして、嵐は収まった。
爆発は収まり(※主にマジシー関連)、
歌はフェードアウトし、
ビスケットは水に溶け、
プリンは……たぶん誰かがこっそり食べていた。
そして、甲板に立つ船長は、遠くを見て言う。
「これが、“問いの海”か……」
「違います。さっきまで物理的にただの嵐でした」
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だが――不思議と、皆の顔には達成感があった。
混乱し、揉めて、転び、叫んだその先に。
確かに、何かが芽生えた気がする。
それが“仲間意識”なのか、“共通のストレス耐性”なのか、あるいは“プリンへの飢餓感”なのかは定かでないが。
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そして船長は、地図にぽつりと記す。
> 『第一の嵐。無軌道な問いの荒波。突破。』
「……記録完了。では、次の“問い”へ進もう」