問いを積んで、海に出る ~あるいはトイレットペーパーを求めて~
船は、静かに出航した。
名は「シー・チキン号」。由緒ある王家の実験用航海船である。
……が、今やその中身は、“問い”と“無駄に高性能な分析能力”を抱えた王子(通称:船長)と、トランフォードの胃薬ストックである。
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出航当日の朝。王宮の見送りは盛大だった。
「殿下……ご武運を……!」
「どうか、世界の理を……!」
「あと、帰ってきたら西棟のトイレ問題、ちゃんと報告してくださいね!!」
最後の叫びは、掃除係長によるものだった。
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その頃、船内では。
トランフォードが、手に手帳を持って慌てていた。
「殿下、いよいよご出発でございます!ご自身の装備品リストを最終確認くだ――」
「持参データ:ビスケットの賞味期限変動表。副装備:プリン鑑定キット、及び“うっかり買った羽ペンコレクション”」
「違います、そっちは“精神安定グッズ”の一覧です!!」
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「航路は任せた」
船長はそう言って、舵を指差した。
「“フィーリング舵”で頼む」
「殿下、それ、正式な航法用語じゃないです!」
「……そうか。“高次直感アルゴリズム対応型可変意思決定装置”と呼ぼう」
「長い!そしてわかりにくさが増してる!!」
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だが、旅は始まったのだ。
目的地は未定。だが、「問い」はある。
そう、トイレットペーパーの謎という、どうでもよすぎる問いが。
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その夜。甲板。
船長は、星空を見上げていた。
「この大海原のどこかに……答えがあると仮定しよう」
「仮定せんでいい!絶対ないです!それ、王宮の掃除係のサボりだから!!」
「しかし、偶然にしては、あのタイミング、あの消費速度……ロジック的に矛盾がある」
「いや、そもそも“芯になったトイレットペーパー”をここまで哲学的に捉える人、初めて見ましたよ!?」
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トランフォードは、深くため息をついた。
「殿下……なぜそこまで“くだらない問い”に執着されるのです?」
船長は、ふと笑った。静かな、けれどどこか遠くを見つめるような表情で。
「……“くだらない問い”こそ、誰もが見過ごす。それが盲点だ」
「……はあ」
「そして、すべての“大いなる問い”は、“どうでもいい疑問”から始まる。プリンもしかり」
「……最後の一言で全部台無しです!!」
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その後、船長は書き始めた。
> 『航海記録:第一問』
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> 『なぜ芯だけになるのか。その問いにこそ、“真理”が隠れている可能性がある。いや、むしろ芯こそ真理では?』
トランフォードはそっと筆を止めさせ、記録紙をプリンの箱に差し替えた。
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船は揺れる。
波が音を立てる。
だが、その中で、船長の目だけは澄んでいた。
問いを抱え、進む者の目であった。
……ただし、その内容が“芯”にまつわる時点で、だいたいすべてが脱力系である。
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それでも。
この航海が、後に“世界の理”へと至る第一歩になろうとは――
誰が予想しただろうか。
いや、たぶん誰もしてない。
でも船長は、今日も問いを積んで、舵を取る。
“フィーリング”という名の運命を握って。