アトラス浮遊?いや、ただの島ですけど何か?~残念観光案内~
ここは空に浮かぶ幻想の王国――アトラス浮遊王国。
……などというと響きは良いが、実態はだいたい「でかくてそこそこ高度のある巨大島」である。だいたい同じ位置にふわふわ停滞している。
船長いわく、
「流体力学的に説明可能な気流バランスと浮力制御構造体による浮遊。異世界の魔力とは無関係」
ロマンを一瞬で破壊するこの発言により、地元の観光業者はしばらく寝込んだ。
------
そんなアトラス王国の紹介を担っているのが、王室公式観光局(兼 広報課 兼 物産販売部 兼 トランフォードの趣味)の出版物『ようこそ!空飛ぶ理の国アトラスへ☆』である。
そこにはこうある。
> 「空から降る虹と、空中庭園の光が、あなたの心を洗います」
> 「神秘の浮遊構造は“先人の知恵”と“精霊の囁き”によるものです」
……というわりに、王国の技術部は
「だいたい蒸気と浮石と計算です」とあっさり言ってしまう。
観光パンフレットと技術書の間には、マリアナ海溝よりも深い乖離があった。
------
船長自身は、そのギャップすら分析対象として扱っていた。
「“虹の降る時間”の発生頻度は気象アルゴリズムで再現可能。“精霊の囁き”についてはサンプリング済みの風音と一致。よって観光文言の80%は……まあ、広告としての構造を考えれば許容範囲か」
「つまり……詐欺では……?」
「“期待値制御による文化的エンタメ効果”だ」
「言い換えただけじゃん!!」
------
そして、その浮遊王国の中心にあるのが、王都“アトラストゥス”。
中央広場には、「アトラスⅠ世の偉業を讃える記念碑」が建っている。
曰く:
> 「この場所こそ、王の問いが始まった原点である――」
なお、記念碑の裏には落書きで、
> 「トイレットペーパー問題もここから始まった」とある。
たぶん本人の手による。
------
王国各地には、こうした「偉人の記録と、その裏にある(ややどうでもいい)真相」が多数点在している。
王子たちの通う学舎には「不朽の叡智ホール」と呼ばれる講堂があるが、実際はただの旧倉庫であり、以前はプリンの冷蔵保管庫だった。
高名な王家の書庫“理の殿”も、かつては王妃のポエム保管場所であり、今もなお一部の棚に「きみのまつげがビッグバン」などの巻物が残されている。
------
だが――
そんな「真面目な顔しておかしな国」が、なぜか成立しているのは、おそらく住民たちが“ボケに対してツッコミを諦めた”結果である。
それを象徴するのが、アトラス王家に伝わる古の格言。
> 「突っ込まず、黙して受け入れよ。すなわち、それが理なり」
(出典:アトラスⅠ世の付き人の手書きメモより)
------
そして、我らが船長も――
今日もまた、空を見上げて言う。
「この国は、浮いている。しかし、どこにも向かっていない」
トランフォードは顔を引きつらせて言った。
「お、おっしゃる通りにございます……が、それ、観光スローガンには使えませんぞ!」
------
こうして、浮かびはするが進まない王国アトラス。
だが、その日――ついに“動く時”が来た。
王の命により、船長は海へ旅立つことになったのだ。
曰く、「問いの旅路に出るべし」
……まあ、実際のきっかけは「トイレットペーパーの芯問題」だったのだが。