第二十五話 金糸の服、鉛の風
翌日、帰り支度をして部屋を出たとき、いつもと違いすぎる姿に驚いた。
「……エミール?」
「ああ、ルーシュ。おはよう」
振り向いて笑う笑顔には懐かしさが滲んでいたが、佇まいは全く違っていた。彼がヴェルツ正教の黒衣以外を身に纏っているのを初めて見た。
白いシャツの上に、深緑を基調としたウエストコートとブリーチズ。その縁にはふんだんに金の装飾がなされ、ボタンには見慣れた『R』の模様。
最近やっと見慣れてきたアウグストの貴族の装い、それに酷似していた。多少刺繍や装飾が多い気はしたが、あのRの模様はやはり──
「……やっぱり、兄弟だったんですね」
「なんだ、知らなかったのか?」
そう言って笑った顔は少し寂しそうに見えた。
どういう話の流れかは知らないが、エミールも王都に一緒に行くことになったらしい。
馬車が王都に向けて出発した。帰りも同じルートを辿って帰るという。
ルーシュは懐かしい景色をしっかりと目に焼き付けるよう、窓から外を眺めた。エミールとアウグストは少し距離を取り、何かを考えているのか、どちらも言葉を発することなく座っていた。
馬車が出発して少ししてから、ルーシュは気になっていたことをアウグストに尋ねた。
「……護衛の数、減ってない?」
「ああ、兄上が使った」
「使った?」
「早馬を出したらしい」
理由はわからなかったが、口ぶりから追求すべきでないこと、ということはわかった。
エミールは変わらず、静かに端の方に座っていた。幼い頃から、歳が近く兄のように慕い、長い間共に過ごしてきたエミールだが、こんな顔は見たことがなかった。
行きと同じく、カスパール領に入った。ここに入ると明らかに空気が変わる。銀の装飾が目立つ建物が増え、輝きを放っている。
「やっぱりすごいな……」
窓から外を眺めて呟くと、ずっと黙っていたエミールの口から漏れた。
「ふっ、見栄と欲望を絵に描いたようだな」
その低い声にルーシュは振り返る。
「この地域の領主は大抵、宮廷貴族だ。わかるか、この意味?」
ルーシュはエミールの顔を見たまま続きを待った。エミールはルーシュから視線を外し、外を見ながら誰に伝えるでもないように口を開いた。
「銀鉱山近くの空気は鉱粉を含んでいる。長く住めば健康を害する。だから、ここの領主は、銀の恩恵だけ受けて、現地には住まない。俺たちはそういう種類の人間だってことだよ」
最後は自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
行きと同じく、ディーター・カスパール伯爵の邸宅の離れに案内される。ルーシュは何となく気不味い雰囲気の兄弟と距離を取りつつ、通された部屋の椅子に腰をかけた。ルーシュが村で見てきた『兄弟』とは違うことは何となく察するが、いまいち関係性がわからず、どちらにも声がかけづらい。
そんなことを考えていると、護衛の一人が部屋に入ってきた。
「エミール様、参りました」
「ああ」
エミールは軽く息を吐いてから立ち上がった。
「ルーシュとアウグストは先に夕食でも食べてな」
そう軽く声をかけて、部屋を出て行った。
「エミールはどこに?」
「さあ?挨拶とかじゃないか?先に夕食にしよう」
どことなく張り付いた雰囲気に、ルーシュは頷くしかなかった。




