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第二十四話 白紙の設計図

 二人で教会を出たルーシュとエルザは、教会と小領主邸宅の間にある丘の上に来ていた。丘からは村全体を見渡すことができ、変わらぬ景色に安堵する。

 二人は丘の上の開けた場所に腰を下ろした。


「で、なんでアウグストを置いてきたの?」


 ルーシュは気になっていたことを問いた。王都で何度か会ったこともあり、ラインベルク邸宅で見つけた書類を受け取った際も一緒にいたのに。


「ロイエンタールの人には知られたくなかったの」


 エルザが足元を見ながら呟く。


「ロイエンタールの人は、何かあれば国王陛下に報告するでしょ?これ以上、ラインベルクの立場を悪くしたくないから」


 ルーシュは納得すると共に、諭した。


「でも、アウグストは大丈夫だよ。悪いようにはしない」

「うん。でも、私は信用できるほど彼を知らないから。大丈夫だと思ったらルーシュから話して」

「わかった」


 ルーシュはエルザが話し始めるまで、静かに眼下に広がる村を眺めた。緑が煌めく夏の香りを感じる。目を瞑り、しばらくの間、全身で村の空気を吸い込む。

 すると、エルザが懐から数枚の羊皮紙を差し出した。折り目が沢山つきだいぶ傷んでいた。


「これ。仲良かったメイドの子がディートリヒ伯爵の執務室で見つけたみたい」


 ルーシュは紙を受け取り一枚ずつゆっくり確認していく。使い古された感じはあるが、特に何も書かれていない。


(なぜ、こんな紙を……?)


 そう思いながら三枚目の紙をめくったとき、驚きの文字が目に飛び込んできた。 『時告げ歯車』──その四文字を見た瞬間、胸の奥が一瞬だけ凍りついた気がした。

 喉が渇く。紙を持つ指先に、汗が滲む。再びこの名前を、こんな形で見ることになるとは。ルーシュは焦る気持ちを落ち着かせる。


「ラインベルク家の邸宅は二年前に役人が調べにきたんじゃなかった?」

「そう。紙類は全部持っていかれた」

「じゃあなんで今頃?」


 エルザは少し遠慮がちに答える。


「これ、ディートリヒ伯爵が机の脚の下に挟んでた紙なの」

「脚の下?」

「そう。なんかガタつくからって。修理をお願いするのも面倒だったみたいで、いらない紙を挟んでたの。私の記憶では白紙だったはずなんだけど……」


 ルーシュは紙の表面をなぞってみたり、裏返してみたりしながら慎重に観察する。薄ら何か書いてありそうな跡はあるけれど、内容が判別できるような部分は他になかった。


「これ、借りていい?何か方法があるんだと思う」

「もちろん、お願いね」


 羊皮紙から顔を上げ、ルーシュは再び村の景色を眺めた。

 エルザも横で遠くの山を眺めながら風に吹かれていた。幼い頃、何度も一緒にきた丘の上。懐かしい思い出に自然と口元が綻んだ。


「あ、そうだ。もう一つあって……」


 エルザは何かを思い出し、また自分の懐を探る。再度出されたエルザの手には懐かしく、どこか気恥ずかしい懐中時計が乗っていた。忘れもしない。ルーシュが王立神学校に進学することを決めた際にエルザに渡した、人生で初めて作った懐中時計。

 それを今、目の前に差し出された。


「……もう、いらないってこと?」


 ルーシュが複雑な表情で尋ねる。それを見て、エルザがふっと軽く笑った。


「ごめん、違う違う。遅れるようになっちゃったから直せないかと思って」

「……ああ、ゼンマイがヘタってきてるのかも。明日までに直しておくよ」


 ルーシュは久々に手にした自身の初めての作品を眺める。


「今見ると稚拙だよな〜。ああ、作り直したい」

「余計なとこ直さないでよ」

「でも、この辺の細工も今ならもっと綺麗にできるよ?」


 ルーシュはそう言いながら文字盤の縁に刻まれた模様を指でなぞる。


「いい。これでいい。気に入ってるから」

「……そっか」


 沈黙をかき消すように、二人の間に風が流れる。


「これを私に渡したとき、ルーシュなんて言ったか覚えてる?」


 少し不満を含んだような口調で聞いてくる。


「えっと……何だったかな……」


 エルザの表情がみるみるうちに呆れ顔に変わる。


「『僕の知らないところで生きていても、君の中に僕の作った時間があってほしい』って言ったのよ。自分が勝手に王都に行くって決めたのに」


 エルザは引き続きジトっとした目でルーシュを見る。


「その時は嬉しかったけど……よく考えたら、なんて自分勝手って思っちゃったわよ」


 エルザがわかりやすく頬を膨らます。


「ごめんて……割り切れなかったんだよ。まだ、子供だったから」

「じゃあ……」


 エルザは一度目を伏せた。頬のあたりに、ほんのわずかに赤みが差す。やがて、迷いのない視線でルーシュを見つめた。


「今は? 今はもう、そう思わない?」

「いや……」


 ルーシュは咄嗟にエルザの手を握っていた。


「今もそう思ってる。君の時を刻むのは僕の時計であってほしい」


 目が合い、どちらともなく笑い合う。


「結局変わってないじゃない」

「諦めは悪いんだよ」


 その言葉にエルザは少し困ったように笑った。


「ねえ、そろそろ戻らなくていいの?ロイエンタールの彼、待ってるんじゃない?」

「……ああ」


 ルーシュは握ったままの手を一瞥してから答えた。


「まだ、大丈夫だと思う。もう少し一緒にいたい」

「……私はいいけど」


 ルーシュは咄嗟に握った手をしっかりと握り直し、遠くを眺めた。

 振り解かれない間はまだ、この懐かしい空気を感じていたかった。

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