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第十八話 再び、村へ

 日の暮れかかった頃、ルーシュが教員寮に戻ると、入口で自分宛の手紙を渡された。差出人の名前を見ると、『エルザ』となっていた。


(わざわざなんだろ?)


 そう思いながら部屋に向かう。

 使い慣れた椅子に腰を下ろし、封を開ける。懐かしい文字に心躍るが、内容はとても簡素なものだった。

 要は、『直接渡したいものがあるから、近々都合のいいときに村に来てほしい』ということだった。

 要件だけを書いた不躾な文面。


(……なんか、らしくないな)


 そう思いながら、しばし手紙を眺める。すると——

 トントン。扉が叩かれた。

 先日のことからしっかりと鍵を閉めるようになった扉を開けると、友の笑顔があった。


「また来たのか」

「連れないな〜」

「ロイエンタールの事業って暇なの?」


 室内に案内しつつ尋ねる。


「優秀なんだよ」


 アウグストは慣れた仕草で勝手に椅子に座る。


「今、お茶とかないよ」

「お、それはちょうどいい」


 そういうとアウグストは手にしていた革袋から銀製の筒を取り出した。蓋を開けると、微かにスパイスの風味が混じった幽玄な香りが漂ってくる。


「家にあったから持ってきた」

「……そんな高級なものを」


 ルーシュは呆れた顔で筒の中を覗いてみる。


「こういうのって、普通のポットで淹れていいものなのか?」

「さあ?いいんじゃないか?」


 きっと自分で淹れたことなんてないんだろう。神学校では同じ寮で暮らし、同じ食堂で食事をしていたためあまり感じることはなかったが、大貴族の子弟であることを改めて実感する。


「……淹れてみるけど、家で飲むほど美味しくないと思うぞ」

「ああ、ありがとう」


 席を立ち、ポットを温め始める。

 紅茶を淹れていると後ろから声をかけられた。


「この手紙、誰から?」

「エルザから。幼馴染の」

「ああ、おまえの長年の想い人ね」


 ルーシュはため息をついて、用意した二つのカップを机に並べる。


「……別に否定はしないけど」


 もはや否定はしないけど、このニヤニヤした顔を向けられるのは少し腹が立つ。


「で、恋文かなにか?」

「いや、どちらかというと、状?」

「どういうこと?」


 ルーシュは手紙を開いてアウグストに渡す。


「読んでみたらわかる」


 アウグストは渡された手紙に目を通すとルーシュに返した。


「確かに、要件だけだな。『渡したいもの』ってなんか心当たりあるの?」


 ルーシュは頭を捻る。最初にこの手紙を読んだときも考えた。わざわざ急いで呼び出してまで渡したいもの、なんて特に思いつかない。

 でも、いつものように時候の挨拶や近況報告もなく、要件だけを書くということは、何かしら切羽詰まった状態なのかもしれない。


「心当たりはないけど、来週から長期休みがあるから、村に行こうと思ってる」


 アウグストは紅茶を一口飲んでから口を開いた。


「それさ、俺も一緒に行っていい?」


 その予想外の提案にルーシュは顔を上げた。


「……知ってると思うけど、かなり遠いぞ?」

「わかってる。現地視察って言えば何とかなるだろ。馬車もこっちで用意するから」

「それは助かるけど……」


 いくら今、ラインベルク領がロイエンタール家の管理下だと言っても、公爵家の者がわざわざ現地に行く必要なんてない。仕事も忙しいだろうに——


「どうして急に?」

「……その急を要する内容、気にならない方がおかしいだろ?あの村は例の歯車が見つかった場所だし」


 ルーシュはアウグストの目を見てから、表情を緩めた。


「わかった。足があるのは助かるよ。五日後の出発でも大丈夫?」

「了解。準備しておく。当日は下まで迎えに来るよ」


 そういうと、アウグストは立ち上がった。扉に向かうアウグストにルーシュは声をかけた。


「結局、おまえ、今日は何しにきたの?」

「ああ……前に俺の学生時代の研究を引き継いでくれてるって言ってたからその進捗でも聞けるかなって思って」

「生憎、当分は教職と自分の研究で手一杯だよ」


 ルーシュは両手をあげて肩をすくめる。


「そのようだね」


 アウグストは軽く微笑んで帰っていった。


***


 アウグストが執務室に戻る頃には、とっくに日が沈んでいた。

 部屋に入るなり、アウグストは護衛の一人・ヘルムートに声をかける。


「以前言っていた知人から何か反応はあったか?」

「申し訳ございません。返信自体はあったのですが、特に情報はなく……」

「そうか」


 アウグストは椅子についてから執事に声をかける。


「五日後にグリュンヴァルト村に行くことになった」

「はあ、目的は?」

「現地視察とか何とか適当に言っといてくれ」

「……ですが」

「グリュンヴァルト村まで東の大通りを使えばカスパール領を通るな?」


 皆、理解したようだった。


「かしこまりました。手配しておきます」


 各貴族の治める領地は独立国家のようなもの。他の貴族が容易に立ち寄り、何かできるようなものではない。しかし、目的地に行くための移動経路として他の領地を通ることは許容される。

 領主に事前に領地を通る旨を伝えておけば、問題なく通過できるし、宿泊する旨を伝えておけば、安全な宿も手配してくれる。自領で問題が起きるのは領主にとっても避けたいもの。そうやってそれぞれが、ある程度の距離感を保った関係を築いている。

 そして、今回は道中の休憩という体でカスパール領に宿泊し、その際に何か調べられないか、と画策したわけである。


「……利用させてもらって悪いけど」


 アウグストはルーシュの顔を思い浮かべる。彼に会うたび、自分の狡猾さが映し出されるようで嫌気がさす。まるで澄んだ鏡のように。


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