第十五話 面影に宿る希望2
村への再度の確認は数か月後となった。
はやる気持ちはあったが、鐘が損傷されたことで警戒されている可能性があるということ、そして一番の問題は雪。この北側の山間部は冬場の降雪が多く、通常の移動も困難になるため、潜むなんてもってのほかである。
こればかりは仕方がない。冬場は歯車作製の進捗も落ちてしまう。今に始まったことではない。
革命から二十五年。開発を始めてから十年。耐えることにも慣れてきた。
久しぶりの定例会議。だいぶ春も近づいてきて、雪解けも間近と思われた。本日は村へ訪れる前、最後の確認を行うことになっていた。
皆が席につくとウルリヒが口を開いた。
「当日の確認の前に、皆に知らせたいことがあります」
全員が顔を上げ注目する。
「ここの洞窟を貸していただいているルプレヒト・ヴァイスリント伯爵からの情報です」
ウルリヒが皆の顔を見渡してから続ける。
「先日、貴族の集まりがあり、その時にグリュンヴァルト村について、さりげなく現領主であるハルトムート・ラインベルク伯爵に尋ねたそうです……ですが、あの村の教会にはロイエンタール家のご子息がいるという話で、ハルトムート伯爵も手出しはできないようです」
「……ロイエンタール家?何か特別な配慮を頼まれたと?」
「いえ、ただ公爵殿から息子がいるから、と一報入れられただけ、と。しかし、ラインベルク領もロメル川が流れておりますから、下手なこともできず。最低限の管理しか行っていないようです」
皆が考えているからか、しばし沈黙が流れる。
「なぜロイエンタール家なんて大貴族のご子息が?」
「ハルトムート伯爵もご存じないようだったと」
ウルリヒは一息つく。断定していいものか、ぬか喜びにならないか、慎重に考えた上で口を開く。
「……ですが、例の彼がレオント家の末裔である可能性が高くなったのでは、と私は考えています。あの家が無意味に息子を自領でもない田舎の村に置いておくとは考えられません」
皆の目に光が宿った気がした。
元宮廷貴族のここにいる者がロイエンタールの名を知らないわけがない。歴史のある商業貴族。表面上は国王に忠誠を示すが、水面下ではいつでも牙を剥いているような虎視眈々とした家。
「そうですな……あの家が無駄な選択をするとは思えない」
皆が同意を示す。
ウルリヒは深く頷いてから、話題を変えた。
「それでは、村への侵入について確認しましょう」
*
村へは四人で確認しに行くことになった。
目的は例の少年を見ること。そして、教会ではなく、役場の台帳を確認すること。教会は以前の侵入の際に警戒されている可能性があるため変更された。
例の少年には、接触して親について聞きたい気持ちもあるが、近くにロイエンタールの子息がいることを考慮すると慎重な判断が要される。ロイエンタールの思惑がわからない以上、下手な接触は命取りになる。今回は、容姿を確認するだけ、ということになった。
村には前日のうちに到着し、夜は使われていない古い蔵に身を潜めた。そして、日が明ける前に村の要とも言える水車小屋に細工を施した。徐々に動かなくなるように。
農村にとって水車は非常に重要な役割を持つ。調子が悪ければ、教会や役場からも人が出てくるだろう。
そうすれば、教会にいる例の彼も姿を現すだろうし、役場も手薄になる。
二手に分かれ、一組は水車小屋の近くに、もう一組は役場の近くに潜んでその時を待った。
朝、農作業が始まってしばらくすると、水車小屋近くに人が集まり始めた。
ユリスとリーヴィは森の中に身を潜めながら役場を監視していた。少しすると、畑の方から人がやってきて、役場の者を数人連れて出ていった。
「異変に気づいたか?」
「おそらく。手にしていた紙は図面でしょう。さあ、今のうちに」
「ですね」
二人は足音を忍ばせて役場に近づく。
「二手に別れましょう」
ユリスの提案にリーヴィは静かに頷く。
役場は東西に伸びた建物だった。ユリスは東に、リーヴィは西に息を潜めながら、しかし速やかに部屋を確認していく。
緊張感で吹き出す汗を拭いながら、リーヴィは最後の扉を開けた。そこには机と数個の棚が並んでおり、誰かの執務室と思われた。
(こちら側ではなかったか……)
そう思ったとき──
ガタン!
大きな音が、建物の廊下に響いた。それと同時に、数人の男たちの声。
(……バレたか?!とりあえず、ここから離れよう)
リーヴィは周囲を見渡し、窓から飛び出した。
(残念だが、助けに行くのは無理だろう……)
リーヴィは森の中に姿を隠して、前日身を潜めた古い蔵へと向かった。
蔵へ着くと水車小屋の方に待機していた二人がもう戻ってきていた。
「ユリスは?」
リーヴィは首を軽く振り答える。
「捕まった。悪い……助けられなかった」
「そうか」
自分たちが危ない橋を渡っていることは理解している。しかし、目の前で仲間が捕まるのは、耐え難いものがある。
蔵の中に重い空気が流れる。一人が呟いた。
「とりあえず、戻ろう」
三人は重い腰を持ち上げ、帰路についた。
*
数か月後の定例の会議。
皆、この報告を待ち侘びていた。
「それでは、報告を頼みます」
「はい。まず初めに、台帳ですが確認した者が捕まってしまい、情報は持ち出せませんでした。申し訳ございません」
ウルリヒは一度目を見開いてから、視線を下ろした。
「そうか……それは、残念だったな」
ここにいる者は皆、一人の王に忠義を誓った元貴族であるが、元々はそんなに親交が深かったわけではない。表向きは友好的に接していても、王の寵愛を一番に受けたいのは皆同じである。紙一重で敵味方が入れ替わる間柄であった。
だが、現在、このように同じ目的のために集まるようになり、強い仲間意識を持つようになっていた。一歩間違えれば、命を奪われかねない不安定な環境。自ずと絆は深くなる。
仲間が捕まったと言う報告に皆が悲痛な顔を浮かべた。
沈黙の中、報告者がゆっくりと口を開いた。
「例の少年ですが、我々、若き日の陛下についておりました二人で確認を行いました」
視線を上げ、一息ついてから続けた。
「……彼は、レオント家の末裔である可能性が高いと見ました。髪色だけでなく、顔立ちも──若き日の陛下によく似ておりました。父親がシュタルク家のご子息ではないか、ということも考慮すると、容姿も納得いきます」
ウルリヒはしばし考えてから口を開いた。
「……祈灰は流石に無理だったか?」
「はい、接触はできなかったので」
「まあ、そうだな」
ウルリヒは腕を組み、再度考え込んだ。
周りも言葉を発してはいけない重い雰囲気に口を閉ざす。
早合点は禁物。期待をしていた目で見たことで、自分たちにいい方向に判断してしまった可能性はある。
だが、ようやく掴めた僅かな糸口──
「報告ありがとう。まだ、確定ではありませんが、例の少年がレオント家の末裔である可能性が高い、と考えて今後も監視を続けましょう。どこかで接触する機会があるかもしれません」
僅かではあるが、皆の顔に希望という光が宿った気がした。
先が見えないまま前に進み続けることはできない。
彼が我らの希望であれば──そう願わずにはいられなかった。




