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第十話 第三銀鉱区の影1

 アウグストはうんざりしていた。

 机に積まれた書類の束、定期的に訪れる来訪者、そして、この広すぎる執務室に常駐している執事と護衛たち。


「ずっとここにいなくてもいいですよ?」

「いえいえ、とんでもない。お側にてお仕えするのが務めですので」


 昔からロイエンタール家に仕える執事をそう簡単に諦めてはくれない。

 仕方なくアウグストは積まれた書類に手を伸ばす。

 神学校卒業後、次男という肩書きも虚しく、王都南部に広がる領地を治めるロイエンタール家の仕事を任されるようになった。

 ロイエンタール家は、南に流れる大河を通じた貿易と流通網を掌握する古参の商業貴族。

 国内外の交易を自在に操れる一族であり、王家・クロイツ家とすら対等に渡り合える数少ない勢力でもある。

 事業の規模も大きく、山積みの書類がなくなる兆しは一向にない。


(あーあ、神学校時代は楽しかったなぁ。こんな缶詰生活になるとは……)


 アウグストは腕を上に伸ばし、分かりやすく疲れを主張する。

 しかし、昔ながらの執事は思ったことを言ってはくれない。


「お疲れでしたら、果実水でもお持ちしましょうか?」


 その言葉にため息をつく。


(……そんなことより自由時間をくれ)


 それが許されない立場であることも理解はしている。しかし、納得はしていない。

 先日、グリュンヴァルト村で発見された歯車についてせっかくルーシュから話を聞けたのに、正直動く時間がない。


(……しかし、ルーシュの言ったとおり、俺には一切情報が降りてこなかったな……)


 アウグストは手に持った羽根ペンを回しながら一点を見つめる。


(本当に、この件にロイエンタールが関わっているなんてことがあるだろうか……)



 アウグストは次の書類に手を伸ばした。


(国外との銀の取引記録か……)


 そこには、第三銀鉱区で精錬された銀の出荷記録が整然と記されていた。採取日、出荷日、重量、関所の通過記録、運河港での積載記録、ヴァルデン河港への到着と換金記録──そして、国外の受領印まで。

 アウグストは換金記録と出荷重量を確認する。

 貴重な銀は前王朝時代から国家管理資源として王権が管理してきた。

 国内外の物流網を管理するロイエンタール家は、精錬地から目的地までの輸送過程を担うことで、輸送手数料という形で収益を得ていた。


(出荷重量と換金時の計量値、結構差が出るんだな)


 出荷時は銀鉱山麓の精錬所にある秤で計量する。一方、河港にある換金所では、ヴェルツ正教の精密計量機を用いる。そこにはどうしても数パーセントの差が生じてしまう。


(まあ……このくらいは許容範囲内……なのかな。一応、過去のものと比較してみるか)

「この資料の過去の記録は?」

「少々、お待ちください」


 執事はそういうと、まとめられた紙の束を持ってきた。

 アウグストはお礼を言い、過去に遡って記録を確認する。


(まあ、そうだよね。数パーセントのズレはあるよね)


 そう思いながら捲っていくと、明らかに他の月より差が大きい月があった。


(……何でだろ?)


 アウグストはもう一枚捲る。

 三月分だけ明らかに出荷量と河港での計量値に乖離が見られた。他の月と比べて不自然なほどに。


「この月の差が大きい理由、心当たりある?」


 執事が資料に目を近づける。


「申し訳ございません。多少の誤差は常ですので……」

「それは理解してる。でも……」

(──このまま見逃すには、ちょっと気になる)

「気になりますか?」

「……そうだね……気のせいならいいけど、ロイエンタールが不正をしてると誤解されたら面倒だ」


 国家管理である銀は、もちろん、出荷量と利益が国に報告される。そこに不信感を持たれては信用問題につながる。


「ですが、第三銀鉱区は、ディーター・カスパール伯爵の領地にございます。調査となると……」

「だよね」


 ディーター・カスパール伯爵は先の革命時に功績を残して爵位をもらい、第三銀鉱区のある領地を治めているが、国王へ直接的に忠義を誓う宮廷貴族である。彼の耳に入れれば、国に報告したのと同じ。


「調べる前に国に情報は入れたくないな……」

「まずはロイエンタール領地内から確認しましょう。ヴァルデン河港で何か特別なことがなかったか」


 執事は慣れた仕草で壁際に控える護衛の一人・ヘルムートを呼んだ。

 アウグストが生まれる前からロイエンタール家に仕える騎士で、腕は相当のものと聞く。


「この調査を」

「は、かしこまりました」

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