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第六話 過去の残響

「で、どうだった?」


 ルーシュの教員寮の部屋。

 簡素な机を挟んで、アウグストとルーシュは向かい合っていた。

 何も出さないのもな、と思い用意した紅茶が机の上に並んでいた。高級品に囲まれているアウグストの口にはきっと合わないだろう。

 先日の村での調査結果についてアウグストが聞きに訪れていた。


「ってか、こんな頻繁に王都に来てていいのか?」

「ああ、今は王都の邸宅にいるから」

「ああ、なるほど」


 ロイエンタール領は王都南方に広がり、ロイエンタールの本邸はもちろん領地内にあるが、公爵クラスの貴族は王都にも立派な別邸を構えているのが通常である。


「で、どうだったの?」

「……確信はない。でも――似てた。歯車の構造が。例の『時告げ歯車』に」

「本当か?」


 アウグストが机に身を乗り出す。


「うん……ただ、旧校舎で一瞬見ただけだから。歯車の一部、それも構成の断片だけ。でも、感覚的に似ていた気がして……妙な既視感があった」


 ルーシュはそう言いながら、わずかに肩をすくめた。信じきれていない自分への戸惑いも混ざる。


「……そうか」


 アウグストは乗り出した身体を椅子に戻し、腕を組んだまま黙り込む。


「まだ、もう一つ気になることがある」

「なに?」

「その歯車――ヴェルツ正教の徽章の横に、レオント家の紋章が彫ってあった」

「レオント家……?」


 アウグストが眉を顰める。


「変だよな?前王朝ってヴェルツ正教を弾圧したって話だったよな?」

「……そう、それがきっかけで革命が起きた。それ以前もヴェルツ正教はクロイツ家が庇護していて、当時の王権とは直接的な関わりはなかったはず……」


 二人の間に、ひやりとした沈黙が流れた。


「そういえばさ」


 ルーシュが先に沈黙を破った。


「昔、村で名簿とか家屋台帳が盗まれそうになる事件が起きたことがあって」

「うん、それで?」

「その時捕まった男が、前王朝の紋章が入った懐中時計を持ってたんだ」


 アウグストは黙る。

 ルーシュは少し声を落として続けた。


「誰かを探しているんだとは思っていたんだけど、もしかして、前王朝の末裔を探していたのかもしれない」


 アウグストは目を伏せ、指先で紅茶のカップの縁をなぞるようにしてから、静かに顔を上げる。


「なぜそう思う?」

「想像だけどさ」と言って、ルーシュはアウグストの方に向き直る。

「あの歯車の紋章を見る限り、かつてレオント家とヴェルツ正教は何かしら協力関係にあった、ということだろう?」

「そうかもね」

「だけど、仲違いしたのか、前王朝がヴェルツ正教を弾圧し始め、それに反発した正教がクロイツ家を唆して謀反を起こした」

「うん」

「ふっ」ルーシュはアウグストの真剣な表情につい吹き出した。

「なんだよ?」


 アウグストが少し眉を顰める。


「いや、こんな話、政治に詳しい君ならとっくに考えついてるだろ」


 アウグストは息を吐いて頭をかき、後を続ける。


「まあ、宗教弾圧からの革命なんて、大なり小なり、歴史上数々起きてきた」

「だろ?だからそのあとは――」

「前王朝の臣下たちが蜂起すると?」

「そうなのかなと思って。それなら前王朝の末裔を探す理由も納得がいく。徒党を組むには象徴がいた方がいい」


 アウグストは静かにルーシュを見つめる。


「でも、本当に末裔かなんて確認しようがないだろ」

「そうだけどさ」


 ルーシュはそう言いながら、湯気のなくなった紅茶に視線を落とした。


「もしかしたら何かしらの方法があるのかもしれないし。もしくは、そんな確実性なんてどうでもいいのかもしれない」


 下を向くルーシュにアウグストが声をかける。いつもより低く聞こえたのは気のせいではないはず。


「ルーシュ、おまえならどうする?」


 ルーシュが視線を上げる。


「そうなったらおまえは遺臣側につくのか?」


 ルーシュは表情を緩めて答える。


「まさか。僕は時を奪うんではなくて、作りたいんだから」


 アウグストはその答えをじっくりと受け止めて、自分の中で咀嚼しているようだった。


「もう一つ……アウグストが言いたくないのなら言わなくていいんだけど……」


 ルーシュが紅茶に口をつけてから、そっと口を開く。


「何の話?」

「この前の調査団、やたら南部出身者が多かっただろ?」


 アウグストの指が、ぴたりと止まる。


「ああ。まあ、うちが手配したからある程度融通効く人にしたんだろ」

「……で、アウグストにはこの調査報告きてるの?」

「……何が言いたい?」


 アウグストがルーシュを睨む。ルーシュも目を逸らさずに口を開く。


「別に君を疑ってるわけじゃない……けど、この件にロイエンタールが関わっていないのか、それは気になる」


 不審な歯車について報告を受けたのはロイエンタール家。それに対して調査団を出したのも。日程が急だったため、ロイエンタールの息がかかった研究員を選んだのもわからなくはない。

 しかし、おそらくこの報告は国王には上がらない。だからアウグストにも情報が来ない。


(一体、父上は何をしようと……?)

「……アウグスト」


 ルーシュに呼ばれ、アウグストは顔を上げる。


「また、争いが起きるなんてこと、ないよね?」


 現在、この国で最も力のある貴族はロイエンタール公爵家。そのロイエンタールと前王朝遺臣が結託して蜂起したらどうなる?


「まさか」


 アウグストはそう言って笑うことしかできなかった。


***


 アウグストが教員寮の入口を出ると、護衛の一人が声をかけてきた。


「もうよろしいのですか?」

「ああ。邸宅に戻る」

「かしこまりました。馬車を着けますので少々お待ちを」


 アウグストは教員寮の前に立ったまま考え込む。


(ロイエンタールが――父上が、前王朝側に関わっていることなんてないとは思うけど……)


 だが、現状それを否定できる材料はない。むしろ、国王に報告しないということは、何かしらやましいことがあると思われても仕方がない。

 ルーシュの言葉を思い浮かべる。

 本来なら、あそこで肯定すべきだった。「起きるわけがない」と。

 だが口から出たのは、曖昧な笑みだけだった。肯定も否定もできるだけロイエンタールの内情を知らされていない。

 まだ父の信用足り得ないのか、はたまたそもそも使い捨ての駒としか思われていないのか。

 自嘲気味の笑みが溢れる。


(それならそうで、この立場を利用すればいいだけか……)


 月に隠れながら、それでも確かに輝く星々を、アウグストは見上げた。

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