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第三話 刻まれた二つの紋章1

 日々教職と研究に追われ辟易していたある日。

 やっと教員寮の自室に戻り一息ついた頃——


「ルーシュ!」


 突然、懐かしい声と共にドアが勢いよく開けられた。

 ルーシュが驚いてドアの方を見ると、予想通りの笑顔が見えた。


「おい……ノックくらいしろよ」

「ああ、ごめん」


 全く申し訳なく思ってない顔で、すでに開いたドアをノックする。


「流石に鍵は閉めた方がいいぞ?」

「そうだな、勝手にドア開ける奴もいるしな」


 そんな軽いやり取りの後、二人は久しぶりの再会に笑顔した。


「それで?」


 ルーシュはアウグストに椅子を勧めながら口を開いた。


「何しに来たの?」

「久しぶりの再会に冷たいな〜。おまえに会いに来たんだろ?」


 ルーシュは眉を顰めてアウグストの顔をジーッと見つめる。


「わかったわかった」


 そう言ってアウグストは懐から紙を一枚取り出した。


「これ、見てみろよ」


 そこには、《学術技術院調査依頼、グリュンヴァルト村にて、希少な金属製歯車の発見》と記載されていた。

 ルーシュがその紙面をまじまじと確認した後にアウグストに目を向けると、再びアウグストの口元が綻ぶ。


「おまえの村だろ?」

「うん。この調査っていつ?」

「明後日出発する。学校休みだろ。同行するか?」


 ルーシュは静かに頷く。


「了解。一緒に行けるようにしとく」

「ふふ、相変わらず顔がきくな」

「面倒なことも多いんだ。利用もしないと」


 軽く微笑んだ後、アウグストは真剣な顔を上げた。


「それでさ……なんかわかったことがあったら、俺に直接教えてくれる?」

「……もちろんいいけど……今、あの村は実質ロイエンタール領みたいなもんだろ?情報は上がってくるんじゃ?」

「まあ……そのはずなんだけどね」


 アウグストは煮え切らない顔で頬を掻く。ルーシュはその何とも言えない表情に少し胸が痛くなった。


 王権の統制下となった学術技術院は、良くも悪くも非常にシンプルになった。物事の是非は国王直属の倫理管理委員会が判断してくれる。正しさの追求なんていう、答えのない問いに頭を悩ませなくていい。すでに与えられた解を、その善良を気にせず受け入れればいいだけである。それがあるべき姿かどうかは別として。

 そして、研究員はその解に合うように研究目的を決めて、後は研究開発に没頭すればいい。そういう面では、この再編は研究員にとっては責任が軽くなる利益のあるものとも言える。逆に、このすべての研究に対して責任を負わされる王権側は重い枷を背負わされたようなものである。

 今や、政務に関わり、王権側の仕事も請け負うアウグストには、きっとそれ相応の複雑さと葛藤があるのだろう。政治は明るい面だけを見ているわけにはいかない。時には、自ら悪役に転じなければいけないこともある。


 ルーシュは割り切れない顔の、根が真面目な友の顔を見つめた。

 そして軽く微笑んでから、特に追求せず了承した。


「ありがとう、よろしく頼むよ」


 アウグストはそう言って、ルーシュの肩を軽く叩くと立ち上がる。


「もう行くのか?」

「ああ。下に護衛待たせてるから」

「流石、公爵家は違うね」


 アウグストがうんざりした顔で答える。


「護衛と言えば聞こえはいいが、あれはただの監視。俺が逃げないように見張ってんのよ」

「ふ、お互いもう学生気分じゃいられないってことね」


 アウグストはその言葉に同意するように微笑みながら手を挙げ、部屋を後にした。


(『希少な金属製歯車』か……)


 ルーシュは神学校時代に旧校舎で見た光景を思い出していた。

 ヴェルツ正教の元上層部が秘密裏に開発していたあの巨大な円形の装置。確か『時告げ歯車』と言われてたっけか。


(まさか、ね…)


***


 当日、ルーシュは学術技術院の調査団とともに、久々にグリュンヴァルト村を訪れていた。

 木々の生い茂った懐かしい空気に深呼吸をする。

 例の歯車が見つけられたのは村外れの古い蔵だという。

 ルーシュを自身の記憶を探る。この蔵はルーシュが村で収穫などを手伝うようになった五、六歳の頃にはもう使われていなかったはず。これより綺麗で大型の蔵が作られたからである。それ以降、危ないからと子供もあまり近づくことはなかった。

 まず役所の若者がその蔵まで案内してくれた。

 ルーシュは今回、特別に連れてきてもらった身なので、一番後方をついて歩く。

 記憶のとおり、村の外れ。迷いの森も近いため基本的に近づく者はいない。

 ルーシュもエルザを誘ってきて怒られたことがある。そんなことを思い出して口元が緩む。

 茂みの中に、葉が覆いかぶさるように蔵があった。壁や屋根にも苔が生え緑がかっており、パッと見ではその存在に気付きづらい。

 案内され、調査団が蔵の周辺や中を確認する。調査団の一人が代表して役場職員に尋ねた。


「ここはずっと使われてなかったと聞きましたが?」

「そうです。役場の記録では十年以上使われていません」

「その割には綺麗ですね?」

「……そうですね」


 役場職員は気まずそうに目を伏せた。管理責任を問われたと思ったのだろう。確かに、住居管理は役場の仕事で、空き家も役場と教会は把握しているが、こんな小さな蔵までその管理責任を問うのは酷である。

 例の歯車が回収された蔵の中には、他には特に何もなかった。しかし、確かに十年以上未管理だった割にはホコリや土などもあまりなく綺麗な状態だった。

 物を保管するどころか、人が潜むこともできそうである。

 調査団の一人が窓枠を確認し、顔を曇らせた。

 ルーシュもさりげなく近づき確認してみる。


(なるほどね……)


 窓枠の隙間を草や小石で塞いだ跡があった。


(ってことは、誰かがここにいたってことか……)


 一通り蔵を見終わると教会に向かう。見つかった歯車は教会に保管されていた。

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