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第一話 静穏の輪郭

 初夏の風が、王都の喧騒をかすかに撫でていた。

 蒸気機関の吐き出す白煙と、舗石の上を行き交う人々の足音が、朝の陽射しの中に交じり合っている。

 ルーシュは中央広場の時計塔を見上げた。長針と短針が、ちょうど午後三時を指している。

 村の教会の時計塔とは比べものにならないほど巨大で、整然としていた。けれどその規則的な音には、あの頃のような温もりはもう感じなかった。


「相変わらず、時は正確ですね。僕が何を考えていようと、容赦なく前に進む」


 そう独りごちて、広場を後にした。

 ルーシュは紙の束を机に置き、一息ついて腰を下ろした。

 神学校を卒業した後、ルーシュは学術技術院に籍を移し、現在は研究員兼神学校の教員を務めていた。

 机の上に積まれた紙束――学生に提出させた報告書を見て、深いため息をつく。

 学術技術院に移籍する際、本当は研究だけに専念できる環境を望んでいた。しかし現実は甘くなかった。下っ端にそんな贅沢は許されず、神学校一回生の技術部門の講義を受け持ち、その合間に研究を進めるという、二重生活が始まったのだ。

 仕方ないとは思っていたが、予想以上に講義以外で時間を取られる教員職には、内心うんざりしていた。

 

 二年前の粛清以降、ヴェルツ正教の上層部は一新されたが、体制自体は今までのものが踏襲された。

 しかし、新たな上層部には国王寄りの人材が多く、研究内容のみならず、教育や啓典の内容にまで王権の意向が反映されるようになった。

 一宗教がここまで国政に委ねられてしまう現状に、あの粛清のきっかけを作った自分も責任を感じていた。そして同時に、あの時の国王の、あまりに迅速で的確すぎた対応にも、未だに一抹の疑念を抱いていた。

 

 神学校の四年間、長い時間を共に過ごしたアウグストの姿は、今はもうここにない。卒業後は家の事業の一部を任され、自宅へ戻ったと聞いている。

 いくら次男とはいえ、公爵家の息子がいつまでも家を空けるわけにはいかない。本人は学術技術院に残りたがっていたが、根が真面目な彼は、特に抵抗もせず帰っていった。

 元気にしているだろうか――ふと、そんなことを考える。


 例の粛清の後、変わったこともあった。

 国王の驚くほどの対応の早さにより、ヴェルツ正教に対する民の反発はそれほど大きくならなかった。

 しかし一方で、『ヴェルツ正教に騙されて謀反を起こした』現王朝への批判の声が、前王朝を慕う東部を中心に、じわじわと膨らんでいた。

 まだ何かが起きたわけではないが、着実に火種は灯され続けている。

 ルーシュは椅子の背にもたれ、ぐっと腕を伸ばしてから、報告書の束に向き直った。


「とりあえず、今はこれを片付けないと研究すらできないからな……」


 もう一度、ため息をついて一枚目に手を伸ばす。

 窓から吹き込む風が、微かなざわめきを運んでいた。


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