プロローグ
──十五年前。
「失礼します。どなたか来ていただけませんか?」
護衛の男がノックの後ドアを開けた。窓のない部屋。蝋燭の光を頼りにした薄暗い部屋に集まる数十人の男たちが振り向く。
「どうした?」
一人の男が答える。一際豪華な椅子に座るこの男が最も位が高いのだろう。
「どこで耳にしたのか、ここの集まりのことを知っているようで……テオドール・シュタルクと名乗っております」
その名前には聞き覚えがあった。
「私が対応しよう」
そう豪華な椅子に座る男が口にすると、「ウルリヒ様が行かなくても」と周りの男たちが引き留めた。
「皆もこの名には聞き覚えがあろう」
「ですが、罠かも知れませぬ」
「その時はその時だ」
そう言うと、ウルリヒと呼ばれたその男は部屋を後にした。
「テオドール・シュタルクと名乗るのはお主か?」
レオンハルトは来訪者が通された小部屋のドアを開けた。
そこには『シュタルク』の名で思い浮かべた精悍な貴族の顔ではなく、汚れた衣服を纏ったやつれた男がいた。
テオドール・シュタルクと名乗る男はゆっくりと顔を上げ、ウルリヒのことを見た。
「あなたは?」
「ウルリヒ・エーベルトと申します」
「……エーベルト」
その男は少し上に目線を上げ何かを考えた後、再びウルリヒの顔を見た。
「陛下の近衛兵の方ですね」
「やはり、ヴァルター・シュタルク公爵の……」
「はい、ヴァルター・シュタルクの息子です」
ヴァルター・シュタルク公爵は前王朝時代に国王の侍従を務めた男で、シュタルク家は代々王家の侍従兼護衛を務めてきた。当時、息子であるテオドール・シュタルクは王太子の、その弟であるレオン・シュタルクは王女の護衛を務めていた。
「父も弟も先の革命で行方がわからなくなり、私は領地も財産も奪われ、西部遠方の地に幽閉されておりました」
「皆、似たようなものですな……」
革命の後、前王朝臣下たちは、命こそ奪われなかったが、反乱を起こさぬよう領地や財産を奪われ、国内のさまざまな地域に隔離された。邸宅と暮らせるだけの資金はあてがわれたが、常に監視のあるほぼ幽閉に近い扱いだった。
「どうしてここに?西部から来るには遠い地です。遠出は得策ではないかと」
「そうですね、監視に気づかれたら終わりかも知れません」
そう呟いてからテオドールは顔を上げた。そこには強い意志を秘めた目があった。
「……私の命など、もうあの時亡くなったも同然です。ただ、あの方の志が風化することだけは、どうしても耐えられなかった。それが、今の私を動かしているのです」
「……と言うと?」
「太子殿下のご意志です」
そう言うと、テオドールは懐から数枚の羊皮紙を取り出した。
「これを……あなたたちに託したい……どうか、太子殿下の理想とした世を」
ウルリヒは震えるテオドールの手から羊皮紙を受け取った。
そこには、描かれた複雑な円環が、蝋燭の揺らめきに浮かび上がっていた。




