エピローグ
空が群青色に変わる頃、やっと一息ついたフリードリヒ・クロイツ国王は外に目をやり腕を伸ばした。
ヴェルツ正教の粛清以降、市井の混乱は治りつつあったが、様々な制度や体制を整えねばならず、休む暇などなかった。
フリードリヒは手を額に乗せ、背もたれに体を預けて目を閉じた。
先日捕らえた旧ヴェルツ正教上層部の姿が頭に浮かぶ。
***
「おまえらが神聖化した『時』を、おまえら自身が道具にしようとするとはな」
国王の声が冷たく響く。
目の前に膝を折るのは、ヴェルツ正教技術院の元筆頭補佐、クラウス・リヒター。
俯いたまま鋭い眼光を国王に向け、口元を緩める。
「無礼な──!」
護衛の一人が剣に手をかけるが、国王が手で制した。
「何か言いたいことでも?」
「……あなた様は、何もわかっていない」
クラウスは静かに言った。
「我らは、ただ望まれたままに技術を提供したまで。それを政治に持ち込んだのは、一体誰なのでしょう」
目を逸らさず、ゆっくりと続ける。
「我々を悪者にするのは容易いでしょうね。知っています。元々そのようにして生まれたのですから」
そういうと、立ち上がり自ら独房へと続く階段を降りていった。
***
フリードリヒの頭にはその背中が焼き付いていた。
「新しさを求め、それを利用したのは……我々か……」
薄目を開け、天井を見つめる。
「しかし、何らかの形で統制を取らないわけにはいかない……この手には国の未来がかかっているのだから」
自分に言い聞かせるように呟いた。
その時、扉をノックする音がした。
「誰だ?」
もう政務で訪れてくる者はいない時間だった。
「ご報告に」
見知った声がした。
「ああ。入れ」
報告主は静かに入室し、フリードリヒの前で一礼した。
「報告なら紙面で適宜受けているが?」
「本日は一点確認したく」
フリードリヒはその顔に視線を向け、次の言葉を促す。
報告主は少し躊躇いを見せた後、意を決して口を開いた。
「……『王胤抹殺令』は廃止しないのでしょうか?確か、あれはヴェルツ正教側の意向で制定されたと記憶しております。制度を整えている今なら廃止も可能かと……」
フリードリヒは机に肘をつき、細い顎を手で触れた。そして、黙って報告者の心中を推し量る。
どれだけこうしていただろうか。フリードリヒはゆっくりと沈黙を破った。
「王胤抹殺令はそのまま残す」
「しかし…」
「まだ、静寂とは言いがたい」
そう言うと、冷たい声で続けた。
「おまえはおまえの仕事をすればいい」
報告者はしばしその場に留まったが、納得したのか、諦めたのか、一礼して部屋を後にした。
ドアが静かに閉じる音を背に、フリードリヒは小さく笑みを浮かべた。
そして、ほとんど誰にも聞こえないような声で呟く。
「さあ、本番はこれからだよな?」




